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時代錯誤の愚策、「Go To キャンペーン」をやってはいけない本当の理由

山田順作家、ジャーナリスト
西村康稔経済再生担当相は15日の衆院予算委員会で「進めていく」と(写真:つのだよしお/アフロ)

「1度決めたら変えられない」というのが政府の姿勢と言われている「Go To キャンペーン」。すべての対策が後手後手なのに、これだけは超スピーディ、”スピード感”全開だ。その目的は、観光ビジネスを活性化することを通して、経済を回していくということらしい。

 しかし、「ウイズコロナ時代」になったいま、観光ビジネスを活性化させようということ自体、時代錯誤の“愚かな政策”だ。経済を回すことにつながらないばかりか、ポストコロナの日本経済をどん底に突き落としかねない。

 まず、なによりも感染拡大を加速させる。その意味で「Go Toトラベル」ではなく「Go To 感染トラベル」と言ったほうがいいかもしれない。そのうえ、本来の目的である経済回復も達成できない。

 なぜ、“愚かな政策”なのか?

 それは、そもそも観光ビジネス自体が、日本経済全体を見た場合、補完的な産業に過ぎないからだ。しかも、富を創出する産業ではなく、消費するだけである。さらに、労働集約型のサービス産業であり、資本収益率は高くない。交通産業にしてもホテル産業にしても固定的な設備投資が必要で、そこから上げられる収益は、他産業と比較すると低い。また、労働者側から見ると、労力も時間もかかり、平均賃金も低い。

 したがって、観光ビジネスは、先進国の主流な産業ではなく、「観光大国」と言われている国の多くは途上国だ。ただし、フランスやイタリアのように、文化遺産が数多くあるという「観光大国」は例外である。

 そもそも日本が観光ビジネスに力を入れ出したのは、主力産業が斜陽化するなか、中国人などのインバウンドが増えて、観光ビジネスが成長産業になったからだ。そのため、アベノミクスで「国策」となり、「2020年訪日外国人4000万人」などという、“絵に描いた餅”計画が促進された。

 この計画はたまたまうまくいき、2019年には訪日外国人の旅行消費額は4兆8113億円とGDPの約1%を占めるまでになった。しかし、コロナ禍でこのうちのほとんどすべてが失われた。そしてこの先も、日本が感染対策に失敗している限り戻ってはこない。

 

 とすると、「Go To キャンペーン」は、国内で人が動いて消費されるだけ。日本経済の成長には貢献しない。

 よく、経済効果ということが言われるが、観光地から見ればこれは確かにある。しかし、観光に行くほうの地域から見れば、逆にその分が失われるだけで、効果などない。つまり、日本全体から見れば消費がある地域から別の地域に移るだけでイーブンである。政府は、こんなことに税金をつぎ込もうとしているのだ。観光ビジネスを救いたいのなら、単に補助金を出すなど別の方法がある。

 次に、「ウイズコロナ時代」がどれほど続くかによるが、この時代を通して観光ビジネスは斜陽産業である。飲食産業、エンタメ産業、イベント産業などと同じく、これ以上の成長は望めない。

 「ウイズコロナ時代」は「マスク時代」と言い換えてもいい。人々は常にマスクを付け、ソーシャルディスタンスを保たねばならない。そうして、旅行に出かけなければならない。これでは、ただでさえ観光需要は激減する。

 すでに旅行業、航空業などは軒並み規模を縮小、リストラに入っている。ニューノーマル生活が続けば、その生活に合わない産業は淘汰される。

 

 そうならないための「Go Toキャンペーン」なのだろうが、こうしたある特定産業への支援策は、かえって状況を悪化させる。資本主義経済の原則に反しているからだ。政府が経済に手を突っ込めば突っ込むほど、経済は悪化する。

 これまでに政府は、補正予算を組み、飲食店などの休業補償、家賃補償を実行(まだもらっていないという声が多い)してきた。飲食店の場合、これがないと倒産するか、あるいは廃業せざるをえなくなる。だから、こうした経済対策には、メディアも経済専門家も賛成し、「休業要請と補償はセットだ」という意見が主流になった。

 しかし、感染拡大がこの先も続いて休業要請期間が延びる。あるいは、解除されても第2波が来て、再度休業要請が行われる。そうなったら、そのたびに、また補償できるだろうか?

「ウイズコロナ時代」が続けば、従来の産業をそのまま存続させることはできない。もう、政府はこれを視野に入れるべきだ。すると、補償、支援というのは、結局は、特定業界にニューノーマル対応を遅らせ、最終的に成長産業に切り替えるチャンスを奪うことになる。

 コロナ禍によって、資本主義の本質が忘れられようとしている。資本主義の本質は、ヨーゼフ・シュンペーターによって提唱された「創造的破壊」による経済発展である。資本主義においては、時代に適応できなくなった産業には、資本が投下されない。

 資本主義のダイナミズムは、停滞する産業・商品に代わって、絶えず新しい成長産業・商品が生まれることにある。これが、創造的破壊であり、この邪魔をするのが、補償、支援という政府の経済政策である。

 政府は、経済対策をすることによって、本来市場から退出すべき産業を生かし続ける。政府がやらなければいけないのは、旧産業の保護ではなく、新しい成長産業の成長を促進し、旧産業から新産業に経済の主軸と雇用を移すことだ。

 経済の自律性を無視して、市場に手を突っ込み、新しい規制をつくり、補償や支援を行うことによって景気をよくすることはできない。

 政府が、この先を見据えて経済を回していきたいなら、「ウイズコロナ時代」にふさわしい産業を支援すべきだ。IT、ネット、医療、介護、バイオなどの分野に、私たちの税金を回し、そこに、時代に合わなくなった産業からの雇用を移していくことだ。

 とくに医療に関しては、もっと支援が必要だろう。医療従事者、医療施設への補償はもとより、医療産業全体に投資すべきだ。

 ヘルステックの進展で、医療業務をサポートするかたちでAIが活用される場は増えていく。また、創薬に関してもAIの活用は進んでいる。こうしたことに、限りある税金を使うべきだ。

「Go To キャンペーン」を含めて、コロナ対策の補正予算の多くは国債でまかなっている。要するに、おカネを刷り続けて、それを定見なくバラまくというのが、政府のやり口だ。これを続けると、「ウイズコロナ時代」が長引けば長引くほど経済は悪化し、「ポストコロナ時代」が来たとき日本経済はどん底に沈んでいるだろう。

 世界では観光再開への模索が進んでいる。しかし、国をあげて観光業、それも国内観光業に1.7兆円もつぎ込むなどという国はありえない。本当に日本は“すごい国”“素晴らしい国”“誇るべき国”だ。

 安倍首相は、5月25日の記者会見で「GDPの4割にのぼる空前絶後の規模、世界最大の経済対策で100年に1度の危機から日本経済を守り抜く」と言った。ならば、それと同じ口で、「空前絶後の規模で日本の観光業を守り抜く」と、力を込めて言ってみたらどうか。「現下の感染状況を高い緊張感を持って注視しています」だけでは、なんにも起こらない。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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