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トランプ、ハリスのどちらが勝とうと、アメリカ「白人優位社会」は終焉を迎える!

山田順作家、ジャーナリスト
たった1回だけだった大統領候補討論会(写真:ロイター/アフロ)

■アメリカ分断の背景にあるのは人種問題

 投票日まで残りわずかとなった米大統領選挙。世論調査は、相変わらずほとんどイーブンで、トランプ(78)、ハリス(59)のどちらが勝つのか皆目わからない。“オクトーバーサプライズ”かと思われたボブ・ウッドワードの新刊『War』も波紋を呼ばず、このままいけば「激戦州」の結果次第となる。

 ただし、はっきりしていることが一つある。

 

 それは、今回の選挙を境にして、長い間続いてきた白人優位社会が終焉を迎え、アメリカが新しいフェイズに入ることだ。これは、カラードであるハリスが勝てば、よりはっきりする。

 

 トランプ登場以来、アメリカの最大の政治テーマは「分断」だった。その分断を象徴する映画『シビル・ウォー(Civil War)』が話題になっているが、その背景にあるのは、やはり人種問題である。

■「中西部父さん」が副大統領候補の決め手

 アメリカの白人優位社会が終焉を迎えつつあるのは、ハリスがランニングメイトに、ミネソタ州知事のティム・ウォルズ(60)を指名したことではっきりした。副大統領候補には何人かの名前が挙がったが、ハリスはそのなかでもっとも無難、かつ適切な人間を選んだと言える。

 ウォルズ選考のポイントは、彼がなんと言っても、ドイツ、スウエーデン系のルーツを持つ白人男性であることだ。これによりインド人と黒人の混血でカラードであるというハリスが、白人の有権者を引きつけることが可能になった。

 

 また、ウォルズが、「中西部父さん」(Midwestern Dad)「農家のバックヤードでのバーベキューで出会うようなオヤジ」などと形容されるような庶民派だったことも、大きなポイントだった。実際、彼の経歴は、州兵、高校教師と、まったくの非エリートである。

 さらに、彼がルテアン(ルーテル派教徒)で、自分を常に「ミネソタ・ルテール派教徒」(Minnesota Lutheran)と言ってきたことも大きい。

■「BLM」の共感者が『フリーダム』とともに登場

 ミネソタ州ミネアポリスは、2020年5月、全米に衝撃を与えた白人警官による黒人男性圧迫死事件(通称「ジョージ・フロイド事件」)の発生地である。この事件を契機に、「ブラック・ライブズ・マター運動」(BLM)は一気に広まり、大きな政治問題になった。

 このとき、ウォルズは州の各宗教の指導者たちに協力を呼びかけ、正義・安全のためのコミュニティづくりを提唱した。「BLM」に対して、限りない共感を示したのだ。

 ハリスは、ビヨンセの『Freedom(フリーダム)』を選挙運動のキャンペーンソングに使っている。この曲は「BLM」の象徴となった曲である。

 『フリーダム』のメロディとともに、「有色エリート女性」と「白人オヤジ」が登場する効果は計り知れない。

ミネソタは『大草原の小さな家』の舞台

 ミネソタ州の中部には、日本でも大ヒットしたテレビドラマ『大草原の小さな家』(Little House on the Prairie)の舞台となったウォルナットグローブという村がある。原作者ローラ・インガルス・ワイルダーが少女時代を過ごした小さな村だ。

 私は、この物語を何度も繰り返し読み、テレビドラマを見続けた。この物語には、アメリカ中西部に移住した欧州白人家族の歴史が集約されており、本当のアメリカを知る格好のテキストだからだ。というより、開拓時代の中西部に生きるローラという少女のキャラクターに限りなく惹かれた。

 ローラ一家もそうだが、ミネソタの住民の大半のルーツは、北欧、ドイツである。つまり、白人である。これはいまもあまり変わらず、ミネソタ州の人種構成は、白人83.1%、黒人5.2%、ヒスパニック4.7%、アジア系4.0%、インディアン1.1%、混血2.4%となっている。

■「インド人だったのに、突然、黒人になった」

 トランプは、どこからどう見ても、白人以外の人種を見下している。これまでの言動がそれを示しており、むしろ、そのことを売りにして、ラストベルトの忘れられた白人労働者を取り込んできた。

 トランプの典型的な戦術の一つは、相手にあだ名を付け、それによってこき下ろすことだ。ラストベルトの町で、朝からダイナーでクアーズを飲み、ステーキを食べている白人労働者たちがよくやることだ。

 まずトランプは、ハリスを“crazy”(頭がおかしい)“nuts”(いかれてる)と呼んだうえ、“dumb as a rock”(岩盤バカ)と揶揄。そして、口を大きく開けて笑うことをバカにして、“Laffin' Kamala”(笑うカマラ)というあだ名を付けた。

 そして、人種についても槍玉に挙げた。「カマラはずっとインド人だったのに、突然、黒人になった」と言い始めた。

■「DEI採用で副大統領になった」と揶揄

 「何年か前まで、カマラが黒人だとは知らなかった。彼女はなぜか黒人になって、そしていま、黒人として知られたいと思っている」と、トランプは言った。

 トランプは、ハリスが黒人という属性を利用して大統領になろうとしていると揶揄したかったのだろう。それまで彼女を「DEI vice president」と呼んできたのだから、これはトランプにとって当然の成り行きと言えた。

 「DEI」(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包括性)は人を雇ったり、登用したりするときの「ワク」で、「DEI採用」と言われると、それは能力と関係なく採用されたことを示唆する。

 つまり、ハリスは「DEI採用」で副大統領になったわけで、これは「無能」と言っているのと同じだ。

■トランプは生粋の「白人優位主義者」  

 今回の大統領選の争点は、「移民問題」「中絶問題」(プロライフかプロチョイスか)などにあると言われてきたが、これまでの経緯を見てくると、本当の問題は「人種」ではないかと思う。つまり、「白人vs.非白人」である。

 トランプのこれまでの言動を見てくると、彼は明らかに「人種差別主義者」(racist)であり、「女性差別主義者」(misogynist)でもあって、そのうえ生粋の「白人優位主義者」(white supremacist)である。

 トランプは、人種差別というよりも、白人以外は人間ではないと思っている。前々回の大統領選挙時、トランプは、メキシカンは「麻薬中毒患者でレイプ魔」と言い放った。

■「肥溜(shithole)のような(汚い)国の連中」

 もうかなり過去のことになったが、2018年1月の超党派の議員との移民問題ミーティングで、トランプ大統領(当時)は、大問題になった発言を繰り返した。

 このときは、民主党議員の1人が人道的受け入れの一時的な在留資格(TPS:Temporary Protected Status)でハイチにふれたとき、「なぜハイチ人がもっと必要なんだ。追い出せよ!」と切り出し、ハイチのほか、エルサルバドル、ニカラグアなどの中米・カリブ諸国やアフリカ諸国の人々を指して「肥溜(shithole)のような(汚い)国の連中」と言ってのけたのである。

 さらにトランプは、続けて「ノルウエーのような国からもっと連れてくるべきだ」と言った。中南米人はノーで、欧州の白人はOKなのである。

 このことで、トランプが「白人優位主義者」であることがはっきりした。

■非白人人口の増加に白人が抱く恐怖心

 トランプが、人種差別発言をくり返すのは、それによって、有色人種の移民を毛嫌いする岩盤支持層が喜ぶという狙いもあるが、じつは白人たちが非白人の増加によって、「白人優位社会」が壊れてしまうという恐怖心を抱いているからでもある。

 2020年の国勢調査によると、ヒスパニック(中南米系)を除く白人の人口は、前回の2010年調査から2.6%減少した。これを伝える米メディアは白人人口が減少したのは1790年の調査開始以来初めてのことと、大々的に報道した。また、全人口に占める割合も57.8%となり、初めて6割を割り込んだ。

■「WASP」を頂点とする白人社会が崩れる

 アメリカの国勢調査は10年に1度実施される。

 それなので、次回は2030年になるが、そのときは、白人の割合は5割を切っている可能性がある。

 白人人口の減少は、出生率の低下が主な原因だ。それに対して、ヒスパニックなどの非白人の出生率は高い。すでにカリフォルニア州では、ヒスパニックの割合は39.4%となり、白人の34.7%を抜いている。

 アメリカを建設したのは、欧州から渡った新教徒たちである。彼らに続いて英国から「WASP」(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)が続々と移住し、白人社会をつくっていった。

 「WASP」に続いて移民してきた欧州系白人、スコットランド系、ウェールズ系、ケルト系から、オランダ系、ドイツ系、北欧系、ラテン系などは、みな「WASP」を手本とし、その文化と社会に溶け込むことで、アメリカ白人社会が形成された。

 黒人は奴隷として白人が連れてきたので、この社会の枠外。中南米からのヒスパニック系、中国、インドなどのアジア系は新移民なので、やはり枠外に置かれてきた。

 アメリカには1965年に廃止されるまで「移民制限法」(Johnson–Reed Act)があったので、この白人優位社会はずっと続いてきた。しかし、いま、それが崩れつつある。

■「白人57.8%」対「非白人42.2%」という構図

 2020年の国勢調査を詳しく見ると、前記したように、アメリカの総人口に占める人種・民族グループの構成は、「白人」(White alone)の割合が57.8%と最大だが、続くのが「ヒスパニック系またはラテン系」(Hispanic or Latino)で18.7%、3番目が「黒人またはアフリカ系アメリカ人」(Black or African American alone)で12.1%である。

 これに続いて「アジア系」(Asian alone)が5.9%、「アメリカ原住民」(American Indian and Alaska Native alone)が0.7%、「ハワイ系または他の太平洋島嶼系」(Hawaiian and Other Pacific Islander alone)が0.2%、「そのほか」(Other Race alone)が0.5%、「2人種かそれ以上の混血」(Population of two or more races)が4.1%となっている。

 以上を単純化すると、「白人57.8%」対「非白人42.2%」となる。つまり、アメリカでは人種・民族の多様化が進んでいて、いずれ、白人もほかのマイノリティと同じとなって、過半数を占めるマジョリティがいなくなる。

 

 どの民族・人種も単一ではマジョリティになれない社会。完全に多様化した社会。これが人類社会のユートピアなのか、それともディストピアなのかはわからない。

 ただ、少なくともトランプは、そうした社会になることを阻止しようと、移民を敵視している。しかし、それは、異なる民族・人種が互いにいがみ合う殺伐とした未来だ。

■インド人と黒人の混血であるという意味

 白人優位社会が崩れるという文脈で、今回の大統領選挙を見ると、ハリスの存在は、本当に大きな時代的な意味がある。彼女が大統領になれば、初の女性大統領誕生ということで、まず「ガラスの天井」(glass ceiling)が崩れる。そして、インド人と黒人の混血(国勢調査では「2人種かそれ以上の混血」)ということで、アメリカ社会の多様化を象徴することになる。

 いまさら世界史を持ち出して語るのもどうかと思うが、ハリス大統領の誕生は画期的なことである。中世以降の世界史は、欧州の白人による他地域の有色人種の土地への侵入(植民地化)と、資産の収奪、奴隷化で成り立ってきたからだ。

 この構造はすでに壊れたが、いまだに続いているのが、欧州の白人を頂点とした人種ピラミッドで、これがまだ人々の心の中に存在することだ。

■人種ピラミッドでは混血は黒人側に押しやられる

 ピラミッドの最上位にいるのは、言うまでもなく白い肌を持つ人々(White)で、その祖先はヨーロッパ人である(European descendants)。

 続いて、褐色の肌の人々(Hispanic or Latino)、赤色系の肌の人々(Native Americans)、そして、黄色い肌の人々(Yellow:Asians)、黒い肌の人々(Black:African Americans)となる。

 ハリスはインド人の母親とジャマイカ出身の黒人の父親との間に生まれた混血だが、肌の色から言えば、「黒人」にされてしまう。つまり、最下層だ。

 これは、白人優位社会では、これまで混血をすべて黒人側に押しやり、そうすることで、白人の優位性を保ってきたからだ。黒人側に回された混血の人たちは、白人の血の割合の多い順に白人から優遇され、奴隷の反抗を抑えるのに利用されてきた。

 しかし、ハリスには白人の血は入っていない。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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