毒母の存在が頭から消えない少女を全力で演じて。「虐待は他人事でもどこか遠くの話でもない」
今回が長編デビューとなる新鋭、北口ユースケ監督が作り上げた「彼岸のふたり」。
室町時代の大阪府堺市に実在したと伝わる伝説の遊女「地獄太夫」をモチーフにしたという物語は、家族の愛を知らない少女と彼女につきまといつづける母親の愛憎入り混じる関係に焦点を当てる。
簡単に言えば、囚われの娘VS毒母。
児童養護施設から出て新生活をスタートさせた主人公・西園オトセの前に、彼女を育児放棄し夫による虐待も見過ごしてきた母が現れたことから、壮絶な母娘物語が展開していく。
その中で、オトセを演じているのが、アイドルとして活動する朝比奈めいり。
「彼岸のふたり」が本格的に演技に取り組むのが初めてだったという中、難役といっていいオトセを演じ切った。
心に深い傷を負い、複雑な感情を抱えたオトセを演じてどのようなことを感じたのか?
朝比奈本人に訊く。(全四回)
最初、『わたしがオトセちゃんを演じて大丈夫?』と思いました(苦笑)
朝比奈は今月6日、21歳になったばかり。まだ若い彼女だが、児童虐待や育児放棄といった社会問題が反映された本作の脚本をまずどう受けとめたのだろうか?
「はじめに台本を開いて読んだ第一印象としては、オトセちゃんとわたし自身の境遇があまりにかけ離れているというか。
正直なことを言うと、共通点や共有できるところを見つけることができなくて、『わたしがオトセちゃんを演じていい?大丈夫?』と思いました(苦笑)。
ただ、改めてじっくり読むと少し印象がかわって。
『虐待』ということが大きなテーマとしてはあるんですけど、まずオトセとお母さんの陽子の関係性がすごく深く描かれているな、と思いました。
オトセは幼いころ父からひどい暴力を受けていて、それを母親の陽子は見て見ぬふりをしてきた。
このことにある意味、絶望してオトセは幼くして自らの意思で家から飛び出て、児童養護施設に保護され、そこで過ごすことになる。
そこから成長して施設を出て働きだしたところでオトセの前に、どこからききつけたのか母親が現れ、これまでなにもなかったようにすり寄ってくる。
そのとき、オトセは母を突き放すことも、邪険にすることもできない。何となく受け入れてしまう方向に流れていく。
はっきり言うと、オトセは母とどう距離をとっていいかわからなくなる。
まず、この母との距離感が少し『わかるな』と思ったんです。
オトセと母親とは違って、わたしと母の関係は良好で仲良しなんですけど、それでも意見が合わないときなどはある。
母もわたしもある意味、似た者同士で素直じゃないところがあって、お互いに甘えていいところで甘えられなかったりする(笑)。
こういう感じで、仲が良くても関係の距離やズレはどこか生じてしまう。
通常はそれをどこかでリセットするのだけれど、そういうズレや距離がどんどん積み重なってしまっていくところまでにいってしまうと、オトセと母のような大きな隔たりまでいってしまうのかなぁと。
そう想像すると他人事ではないというか。虐待はどこか遠くの話ではなく、自分の身の回りで起きても不思議ではないかもしれないと、すごくそばにあるもののように思えたんです」
普段道ですれ違った人にも、オトセと同じような人がいるかもしれない
さらにこんなことも想像したという。
「オトセの肉体そのものにも思いを寄せるといろいろと想像してしまったといいますか。
オトセが虐待を受けていたのは幼少期で。
児童養護施設に入って以降は、虐待は受けていない。
ですから、大人になったオトセは見た目としては無傷で、虐待を受けているような跡はパッと見たときには見当たらない。
ただ、実際は、心の傷はまったく癒えていないし、洋服の下に隠されていますけど押し付けられたタバコの痕もあれば、トラウマからの自傷の痕も手首にある。
でも、その心の傷や服で隠された傷は外からだと見えないし、(他者が)気づくことも難しい。
彼女のこの状況を前にしたとき、もしかしたら、わたしが気づかなかっただけで、学校で出会ってきた中にも、そういう苦しい境遇にいた子がいたかもしれない。
実は何気なく普段道ですれ違った人にも、同じような人がいるかもしれない。
そういったことが想像されて、脚本を読むほどに、『虐待』というものが自分のすぐそばにも実はあるかもしれない、起きているかもしれないもので、『関係ないもの』とは思えないものになっていきました」
(※第二回に続く)
「彼岸のふたり」
監督・脚本・編集:北口ユースケ
脚本:前田有貴
出演:朝比奈めいり 並木愛枝 ドヰタイジ
寺浦麻貴 井之上チャル 平田理 眞砂享子 エレン・フローレンス 永瀬かこ
星加莉佐 徳綱ゆうな 清水胡桃 吉田龍一 おおうえくにひろ
公式サイト higannofutari.com
全国順次公開中
場面写真は(C)2022「彼岸のふたり」製作委員会