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アイコスの「フィリップ・モリス」はなぜ「嘘」を繰り返すのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
写真撮影筆者

 加熱式タバコのアイコス(IQOS)の販売手法が法令違反(有利誤認)として、消費者庁は同製品を国内で販売しているフィリップ・モリス・ジャパン合同会社(PMJ)に対し、合計5億5274万円の課徴金の納付を命じた。景品表示法違反としては過去最高額の課徴金となったが、PMJに限らずタバコ会社は嘘と欺瞞の固まりだ。

タバコ会社の違法な広告宣伝

 2019年6月に同社は消費者庁から行政処分を受け、その課徴金として今回、命令が下されたことになる。消費者庁が違反を指摘したのは、アイコスに関する2016年1月から2018年3月の値下げキャンペーン広告の内容で、コンビニエンスストアのレジ横などにポップ広告を掲示し、値下げ期限を過ぎても繰り返し、これが消費者に急いで買わせるための煽るような広告表示と判断した。

 これに対し、同社ホームページには、2020年6月25日の時点で謝罪を含めて何のアナウンスもない。もっとも、2019年6月7日には「お詫びとお知らせ」が出ており、そこには「このようなことが二度と起こることがないよう〜努める所存でございます」とある。謝罪は1回でいいというわけだ。

 しかし、実際には2018年3月以後もPMJは、競合他社と足並みをそろえるような値下げキャンペーンを続けてきた。つまり、日本たばこ産業(JT)のプルーム・テック(Ploom TECH)やブリティッシュ・アメリカン・タバコのグロー(glo)なども値下げ競争を仕掛けており、今回の課徴金の納付命令は加熱式タバコ市場で最もシェアの大きいアイコスに対する懲罰的な行政処分ともいえるだろう。

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消費者庁が指摘したPMJが犯した景品表示法違反の広告。Via:消費者庁「フィリップ・モリス・ジャパン合同会社に対する景品表示法に基づく課徴金納付命令について(令和2年6月24日)」

 アイコスを製造販売しているのはフィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)だ。PMIは社内規定で18歳以下を対象にしたソーシャル・メディア・サイト(Social Media Sites、FacebookやTwitterなど)を運用しないことにしており、18歳以下の投稿も認めていない。また同社には、若い世代に影響力のあるセレブ(インフルエンサー)を使ったり、25歳以下のモデルを使った広告をしないというルールもある。

 だが、実際にはロシア人の21歳の女性モデルが、インスタグラムでアイコスの広告投稿をしていた。この投稿は「#IQOSambassador」というハッシュタグが付き、多くの「イイネ」を集めていたが、批判を受けた同社は2019年5月に謝罪し、グローバルで展開していたSNSでのキャンペーンを中止すると発表した。

 日本も批准するタバコ規制を取り決めた国際条約(WHO FCTC、2005年発効)でタバコ会社の広告宣伝行為は禁じられている(第13条2項)。もちろん、コンビニエンスストアなどでの店頭広告も規制され、イメージ広告のようなテレビコマーシャルも規制対象であり、当然ながら条約批准国の多くはこれを守っている。

 だが、消費者庁が指摘するように日本のコンビニエンスストアでは依然としてタバコ会社の広告が堂々と展開され、日本たばこ産業(JT)の「人のときを、想おう」のようなコマーシャルが夜のニュース番組などで頻繁にみられる。ようするに、日本は自国が批准した国際条約も守れない無法な国ということだ。

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未成年者も立ち寄るコンビニエンスストアのレジ横には、堂々と加熱式タバコの広告宣伝用のボックスが置かれている。このようにアイコスはまだ性懲りなく割引キャンペーンを継続中だ。2020年6月、写真撮影筆者

アイコスの成分は本当か

 タバコ会社は過去にも多くの嘘をつき、タバコの害をごまかそうとしてきた

 例えば、PMIは2016年、米国FDAにアイコスから出る物質の資料を提出している。だが、この中にFDAが定める有害物質(Harmful and Potentially Harmful Constituents、HPHCs)の全ての調査結果を出さず、また改めて分析してみるとアイコスから未知の有害物質が多く検出されていたという(※1)。

 FDAが策定した有害物質(HPHCs)は発がん性など特に悪影響が出ることがわかっている物質に限定されているが、PMIはリストにある93物質のうち53物質の結果を報告していなかった。この53物質のうち50物質には、呼吸器や粘膜に対して毒性を持つエチルベンゼン(Ethylbenzene)、呼吸器や神経への悪影響と発がん性の疑いがあるフラン(Furan)、急性毒性と発がん性、環境への悪影響のある2,6-ジメチルアニリン(2,6-Dimethylaniline)が含まれていた。

 また、FDAに報告されなかったアイコスからのHPHCs以外の56物質は、従来の紙巻きタバコより多く出ていたという。これら56物質には、生体への影響が不明のシクロアルケン(Cycloalkene)類、急性毒性と皮膚刺激性がある無水性リナロールオキシド(Dehydro Linalool Oxide)、皮膚炎や神経障害を引き起こす危険性があるシクロヘキサン(Cyclohexane)、DNA損傷を引き起こすことが疑われる2(5H)フラノン(2(5H)-Furanone)、皮膚や喉など粘膜へ刺激を与え、神経系に影響を及ぼす2-フランメタノール(2-Furanmethanol)などが含まれていた。

 PMIはアイコスに関し、成分分析などこれまでも多くの研究を発表しているが、FDAに提出した資料にこれらの有害物質が抜けていたとしたら、それは意図的なものだったのだろうか。タバコ会社による過去の行状から、その疑いは濃厚と言わざるを得ない。

 サウジアラビアのキング・アブドゥルアズィーズ大学などの研究グループが行ったアイコスに関する最近の研究によれば、これまでの研究に加えて多種類の揮発性有機化合物が検出されたという(※2)。既存の研究によって検出された物質を含めれば、紙巻きタバコより少ないニコチン、放出煙の約半分を占めるグリセロール、各種カルボニル化合物(プロパナール、アクロレイン、3-メチルブタナール、ジアセチル、2,3-ペンタンジオン)、フラン類、フタル酸エステルといった合計62種類の物質だが、分析した6種類のアイコス・ヒートスティック全てから特定された。

 この研究グループが検出した62種類の揮発性有機化合物の中で、これまでPMIが提出した物質と共通するのは10種類しかない(※3)。PMIの研究グループも99種類の有機化合物のリストを出しているが、なぜこれほどまで共通する物質が少ないのだろうか。

嘘をつき続けなければ成立しないビジネス

 PMIの研究グループが分析に使った方法では、アイコスのヒートスティック全体をケンブリッジフィルターパッドというタバコ煙の捕集用フィルターで集め、溶媒中に溶かし入れて分析する。キング・アブドゥルアズィーズ大学の研究グループによれば、この方法では溶媒や空気によって影響を受け、アイコスから出た揮発性の高い物質をリアルタイムに検出することが難しいという。

 同研究グループが使ったガスクロマトグラフィーでもサンプリングに限界があり、今後、アイコスなどの低温度でタバコ葉を熱して成分を揮発させるニコチン伝送システムの発生物質を調べる場合、リアルタイム分析ができるガスクロマトグラフィーの方法を使うべきと主張している。

 このケンブリッジフィルターパッドを使ったタバコ成分の実験方法では、PMIは過去に何度も正しい数値を出さなかったり物質の数値を操作したりしてきたが(※4)、こうした測定装置によるタバコ煙の捕集分析では、喫煙者による実際の喫煙行動を反映しないという指摘は多い(※5)。

 タバコ会社による過去の事例や今回のようなキング・アブドゥルアズィーズ大学などの研究グループによる主張から考えると、PMIはやはり意図的にアイコスのデータを出さなかったり、正確に成分が出にくい検出方法で研究している可能性が高い。一方で、紙巻きタバコを分析してきた既存の手法では加熱式タバコの評価が難しいということで、新たな技術を開発しなければならないのだろう。

 では、PMIやJTのようなタバコ会社は、なぜ嘘をつき続けるのだろうか。

 単にタバコ葉を燃やしただけで出る煙、あるいはニコチンだけを揮発させたエアロゾルなど、苦くてまずい上に火もすぐ消え、ニコチン成分もうまく摂取できない。タバコがニコチン依存という喫煙者の習慣性によって成立する製品であり、まず最初に子どもを含めた未成年者らにタバコ葉やニコチン・リキッドを摂取させ、ニコチン依存にさせるためには、どうしてもタバコに有害物質を添加しなければならない。

 タバコの有害性を低く見せかけるためには、嘘をつかなければならない。

 タバコ会社による広告宣伝もまたこうした有害物質の一種であり、ニコチン依存の喫煙者を少しでも増やすために違法な広告宣伝行為を続けることになる。タバコの製造販売というのは、嘘をつき続けなければ成立できないビジネスモデルなのだ。

※1:Gideon St.Helen, et al., "IQOS: examination of Philip Morris International’s claim of reduced exposure." Tobacco Control, Vol.27, s30-s36, 2018

※2:Bogdan Dragos Ilkes, et al., "Identification of volatile constituents released from IQOS heat-not-burn tobacco HeatSticks using a direct sampling method." Tobacco Control, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2019-055521, May, 26, 2020

※3:Jean-Pierre Schaller, et al., "Evaluation of the Tobacco Heating System 2.2. Part 2: Chemical composition, genotoxicity, cytotoxicity, and physical properties of the aerosol." Regulatory Toxicology and Pharmacology, Vol.81, S27-S47, 2016

※4-1:T R. Schori, W L. Dunn Jr., "Tar, Nicotine, and Cigarette Consumption,” January, 1972

※4-2:R Fagan, "Moral Issue on FTC Tar." March, 1974

※5:L T. Kozlowski, R J. O'Connor, "Cigarette filter ventilation is a defective design because of misleading taste, bigger puffs, and blocked vents." Tobacco Control, Vol.11, Issue1, 2002

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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