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タバコ会社の「悪辣ぶり」を歴史的におさらいしよう

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 タバコという不思議な商品がある。そのパッケージには「病気になるぞ」と使用注意が書かれている。なぜタバコ会社は、消費者を病気にさせるような商品を売り続けているのだろうか。

ニコチンの依存性を否定してきたタバコ会社

 受動喫煙防止を目的にした改正健康増進法が成立し、日本政府もタバコの煙による健康被害について少しは真剣に考え始めたようだ。だが、コンビニエンスストアに行けばレジの後方にタバコがズラりと陳列され、受動喫煙の害も完全になくなったわけではない。

 タバコは合法的に売られている商品だ。健康に害があり消費者を病気にするような商品が、受動喫煙以外に規制されないという実態をどう考えればいいのだろうか。

 タバコを止められず、有害な物質を毎日、吸い込み続け、その結果、肺がん、大腸がん、肝がん、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、気管支喘息、脳卒中などの循環器疾患、歯周病、2型糖尿病といったタバコ病になるのは、ニコチンの強い依存性のせいだ。

 ニコチンの依存性について今ではわかっているが、タバコ会社は長年、喫煙と病気の関係やタバコを止められない依存性について否定し続けてきた。

 実は、タバコに依存性があるかどうかは、タバコ会社にとってとても重要だ。依存性がなければ、喫煙行為は喫煙者の自己責任であり、タバコを自由に止められるのだから、仮にタバコで病気になったとしても喫煙者の責任であり、タバコ会社には責任はないと言い逃れができるからだ。

 だが、米国でタバコによって病気になったと訴える患者の訴訟が増え、州政府などの行政もタバコによる病気の医療費の請求をタバコ会社に起こすようになった1990年代後半から、少しずつタバコ会社の嘘が暴かれ始める。

 このように、米国では政府や州政府などの自治体が主導的にタバコ会社に対峙したが、日本のタバコ訴訟では原告の多くはタバコ病患者で、行政がタバコ会社を訴えた事例は一つもない。なぜなら、たばこ事業法によって政府(財務大臣)はタバコ会社(日本たばこ産業=JT)の株の1/3以上を保持しなければならないことになっており、政府が実質的にタバコ会社の経営に参加し、一体化しているからだ。

 米国などでは、政府や自治体がタバコ会社の経営に関わる事例はほとんどない。依然として行政とタバコ産業が深く結びついているのは、専売制を取っている中国と半官半民の日本だけだ。韓国もタバコ人参公社の株をIMF危機の際に全て売却し、専売制ではなくなった。

タバコ産業に課せられた巨額の和解金

 さて、米国で多発した州政府によるタバコ会社に対する民事訴訟では、まず1997年7月2日にミシシッピ州が裁判に勝ち、1998年にはフロリダ州、テキサス州、ミネソタ州が続き、タバコ産業から4州合計で350億ドル(現在のレートで約3兆7700億円)の和解金を勝ち取った(※1)。これらのタバコ会社は、当時のフィリップ・モリスUSA、RJレイノルズ、ブラウン&ウィリアムソン、ロリラードの4社である。

 その後も各州で和解が成立し、最終的にタバコ会社とタバコ産業は喫煙による健康被害のために25年にわたって総額3685億ドル(約39兆7500億円)を支払うことになった。当然この対象会社の中にはJTも入っている。

 なぜ、タバコ会社は裁判に完敗したのだろうか。

 それは米国の裁判所がタバコ会社の内部文書の全面開示を命じ、これらの資料からタバコ会社がニコチンの依存性やタバコによって病気になることを、ずっと前から知っていたことが明らかになったからだ(※2)。

 また、喫煙による健康被害が広がり始めた頃、タバコ会社が結託し、メディアや研究者を懐柔して真実を隠蔽しようとしたこともわかった。さらに、若年層や女性の喫煙者をさらに増やすように画策してきたことも内部文書によって明らかになる。

 つまり、タバコ会社は、自社製品を使えば消費者が死に至ることを知りつつ、長い間、隠し続け、消費者を騙し続けてきた。そして、ニコチン依存のビジネスモデルの延命を図り、先進諸国の市場に陰りがみえてくると発展途上国にタバコを売り込み、さらに多くの喫煙者を増やし続けようとしているというわけだ。

日本政府の不可解な態度

 残念ながらこれまで、日本の司法がタバコ会社に内部文書の開示を命じることはなかった。

 タバコ会社が日本と米国で違うとは言えないし、日本のタバコ会社が誠実で米国のタバコ会社が嘘つきだという証拠もない。そう考えるのが自然だが、JTは依然として受動喫煙による健康被害を認めていない(※3)。こうした態度は一種の訴訟対策なのかもしれないが、JTを所管する財務省は改正健康増進法という国の法律の主旨に反する行政機関ということになる。

 タバコに限らないが、消費者は依存で金儲けをするビジネスモデルについてよく知っておくべきだろう。日本ではタバコ会社のビジネスに政府が深く関与している。つまり、我が国は国民の健康より、金儲けのほうを大切にしていると言わざるを得ない。

※1:B Colombo, "Introduction: Tobacco regulation: the convergence of law, medicine & public health: a symposium in celebration of the inauguration of the William Mitchell College of Law’s Center for Health Law & Policy." William Mitchell Law Review, Vol.25, 1999

※2:Jack E. Henningfield, et al., "Tobacco industry litigation position on addiction: continued dependence on past views." Tobacco Control, Vol.15, Issue suppl4, 2005

※3:日本たばこ産業、「受動喫煙と肺がんに関わる国立がん研究センター発表に対するJTコメント」、2016年8月31日

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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