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スカヨハ提訴、シネコン上映拒否、ディズニー配信戦略が起こす摩擦

境治コピーライター/メディアコンサルタント
某シネコンのタイムテーブルに公開されたばかりの「ジャングル・クルーズ」の名はない

ディズニーの実写映画「ジャングル・クルーズ」が7月29日(木)に公開された。この週末に子どもたちを連れて行こうと考えていた人も多いだろう。だがいつも行くシネコンで上映しているかは確認したほうがいい。TOHOシネマズなど一部のシネコンではこのディズニーらしい夏休みにうってつけの映画を上映していないのだ。

「ブラック・ウィドウ」同時配信が醸した物議

なぜなのか。それは昨日話題になったこのニュースと関連している。

ヨハンソンさんがディズニー提訴 『ブラック・ウィドウ』ネット配信で

「ブラック・ウィドウ」は劇場公開と同時にディズニープラスでの配信もスタートしていた。これまでは劇場公開から90日後に配信するのが常識だったので物議を醸した。さらに莫大な配信収入を稼ぎ出したことが報じられたのでいよいよ映画界はざわめいた。公開最初の週末で、劇場で1億5千万ドルを稼いだ上に、配信収入が6千万ドルにもなったというのだ。

これまで、配信での売上はあまり公表されなかった。噂だが今回はマーベル側が、作品がいかに待望されていたかを示したいと、ディズニーに強く要望しての発表だったらしい。

配信収入が興行収入の1/3を超えた!というのは映画界に強い刺激を与えた。ところが翌週の興行収入が大きく失速した。その原因が、配信にあるのではとハリウッドは騒然とした。

「ブラック・ウィドウ」北米公開2週目で興行失速 海賊版が影響か

配信が劇場から収入を奪ったばかりか、海賊版の横行も招いた、と解釈されているようだ。スカーレット・ヨハンソンの提訴もこの流れで捉えるとうなずけるだろう。たんに配信に文句を言っているのではなく、配信が戦略として大失敗だったと責めているのではないか。

「ジャングル・クルーズ」上映拒否というシネコンの対抗手段

「ブラック・ウィドウ」の話と冒頭の「ジャングル・クルーズ」の

件はどう関係するのか。7月16日付で私が書いたこの記事を読むとわかりやすいと思う。ディズニーの配信戦略は、日本でも物議を醸しているのだ。

「ブラック・ウィドウ」を上映しない大手シネコンの2つの誤り

ディズニーの「劇場と同時に配信」の公開方法に異論を唱えるシネコン(日本の大手配給会社系列のTOHOシネマズ、ピカデリー、Tジョイなど)が、その方式で公開する映画を上映しない方針を打ち出した。「ブラック・ウィドウ」に続いて「ジャングル・クルーズ」もそれを踏襲したというわけだ。

上記記事で書いたように、上映しないシネコン側は自らの機会損失をしてしまっている。対抗手段として誤ったやり方だと言わざるを得ないが、「そんなことはわかっている」のだろう。ただ、どう見ても意地になっているだけで、何よりいつも行くシネコンで上映されるものと思っていたお客さんに悲しい思いをさせてしまう。行ったことのない遠くのシネコンに時間をかけて向かう際の、子どもたちの気持ちを想像してもらいたいものだ。

劇場と配信のバランスを模索するハリウッド

この混乱はいつまで続くのか。情報収集すると、「ジャングル・クルーズ」までのようだ。ディズニー作品として次に待ち構えるのは「フリー・ガイ」。「ジャングル・クルーズ」を上映しないシネコンで、この映画の予告編はいま盛んに流れている。チラシも通常通り置かれているのだ。

冒頭のシネコンで「フリー・ガイ」のチラシは置かれていた
冒頭のシネコンで「フリー・ガイ」のチラシは置かれていた

実は、5月の時点で「フリー・ガイ」と次のマーベル作品「シャン・チー/テン・リングスの伝説」は、劇場公開から45日後に配信をスタートすると発表されている。日本でも同様なので、「ジャングル・クルーズ」を上映拒否したシネコンとしても「フリー・ガイ」の宣伝には力を入れているというわけだ。

ディズニー映画が北米の劇場に帰ってくる!マーベル最新作『シャン・チー』は45日間劇場で独占公開(MOVIE WALKER 5月17日)

つまり、劇場と同時に配信したのはあくまでコロナ禍での非常時戦略で、コロナが落ち着けば同時配信はしないということのようだ。この「45日間ルール」が今後のディズニー作品の公開ルールとして定着するのかもしれない。

以前は90日だったのが45日に早まるのは映画館としてどうなのだろう。上記記事にはこんなことも書かれている。

先日は、AMCに次ぐ規模のシネコン・チェーン、シネマークと大手スタジオ4社(ディズニー、ソニー、パラマウント、ワーナー)が、45日間の劇場独占公開期間を経てホーム・エンタテインメントに移行する契約を結んでいる。これらの契約には収益の一部を劇場に還元する条件が含まれている。

映画ビジネスにとって劇場は配信にとって替わられる存在ではなく、あくまで主戦場だ。だが今後、配信が人々のエンタメ鑑賞の一つの手段として普及していくのも間違いない。ディズニーは劇場に気を遣いながら、配信でもどう稼ぐかを模索していくのだろう。だとすれば、45日間ルールも現段階の結論で、今後また変わる可能性はある。「ブラック・ウィドウ」で劇場の1/3を稼いだことは、配信の大きな成長性が証明されたとも言えるのだから。

日本の映画界は配信の成長性を見ているだけ?

ことほどさように、配信はこれからのエンタメビジネスにとって重要な売場になる。Netflixの存在感は高まるばかりだし、ディズニーに続いてハリウッド各企業が自ら配信サービスを爆速でスタートして模索している。

日本の映画界は「上映拒否」などという誰も得しないことをやってる場合ではない。自らも配信という武器を持とうとするべきではないだろうか。そしてその場合、テレビ局のように各局で個別のサービスで小さな成功を喜んでいるようでは、Netflixに抜き去られてしまう。日本のエンタメがすべて堪能できる配信サービスを構想すべき時だ。ユーザーからすると、それでやっと加入を検討するレベルになる。配信という高い成長性の市場を、まったく海外事業者任せにしていいのか、よくよく考えるべきタイミングではないか。少なくとも、「上映拒否」という消極的な選択肢は捨ててもらいたい。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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