石井裕也監督の新作『茜色に焼かれる』に抜擢の15歳・和田庵。理不尽に立ち向かう役を大人びた感性で好演
『舟を編む』、『バンクーバーの朝日』、『映画 夜空はいつでも最高密度の青空だ』など数々の秀逸な作品を送り出してきた石井裕也監督の新作『茜色に焼かれる』が公開される。尾野真千子が演じる主人公が、理不尽な交通事故で夫を亡くして苦難に見舞われ続けながら、中学生の息子を1人で育てて生きていく物語だ。
その息子役に抜擢されたのが、現在15歳の和田庵。8歳から芸歴を持つ子役出身だが、中学時代に1年半にわたりカナダ留学。帰国してすぐ受けたオーディションで、石井監督の目に留まった。母親と共に世の中の不条理に晒されつつ思春期に揺れる役を、瑞々しくも繊細に演じている。
中学生で“人間力”向上のために海外留学
和田庵は8歳から芸能活動を始めた。幼いながら自ら希望して、この世界に入ったという。
「テレビが好きで『天才てれびくん』とかを観ていて、『自分も出たい』と口グセのように言っていたらしいです。親もやらせたかった感じで、事務所のオーディションを受けました」
2017年に映画『ミックス。』で俳優デビュー。当時は小6で、瀬戸康史が演じた卓球のスター選手の子ども時代の役だった。翌年にはドラマ『隣の家族は青く見える』にも出演している。その後、中1の後半から1年半にわたり、カナダのバンクーバーに留学した。中学生の長期海外留学は珍しいが、語学力に加え“人間力”を高めるための選択だった。
「日本では毎日当たり前のように、親が食事の用意や洗濯をしてくれていましたけど、1人暮らしで自炊とかできる人はカッコイイなと思っていて。カナダではホームステイをして、日本ほど人に頼らない環境だったので、そういう人間力は身に付けられたかなと思います」
自立心が人一倍、旺盛だったのだろう。英語は元から得意だったわけでなく、ホストファミリーともコミュニケーションが取れず、「最初の1週間はすごいホームシックになって、暇さえあれば家族とビデオ通話をしていました」と振り返る。だが、1~2ヵ月で現地の生活に慣れて、英語と共に特技になるスケートボードにも出会った。
「向こうでは学校以外にやることがなくて、家で1人でずっと携帯をいじったりしていたんですけど、その時間がもったいないなと思って。兄が3年前にカナダの別の州で留学してスケボーをやっていたので、ボードを一式もらって、毎日1人で練習してました」
仲野太賀が目標と語り面接の帰り道に合格通知
留学中も俳優はまたやるつもりでいた。帰国してすぐ、石井裕也監督の『茜色に焼かれる』のメインキャストとなる、主人公の息子役のオーディションを受ける。
「自己PRの動画を送ってから面接があって、自分の演技に対する姿勢や今後どうしていきたいかを話したんですけど、『仲野太賀さんみたいな演技派になりたい』と言ったら、石井監督にすごく誉めていただきました」
確かに仲野太賀は数々の作品で味のある演技を見せて高く評価されているが、中学生俳優の目の付けどころとしては鋭い。
「仲野さんは最初、『今日から俺は!!』で面白いなと思って、その後に配信で観た『ゆとりですがなにか』ですごく好きになりました。メインキャストでなくて、ちょくちょく出てくる(“ゆとりモンスター”と呼ばれる問題児の)社員の役でしたけど、印象的な演技で何回も観直しました」
石井監督の作品では、母親が余命宣告を受けた一家を描いた『ぼくたちの家族』を、小学生のときに観ていた。『茜色に焼かれる』のオーディションでは、帰り道にすぐさま合格の連絡が届き、「うれしさ以上に驚きました」という。
母親役の尾野真千子さんは怖い人と思ってました(笑)
『茜色に焼かれる』で尾野真千子が演じる主人公の田中良子は、7年前にロックミュージシャンの夫を交通事故で亡くした。横断歩道で車にはねられたのだが、運転していた85歳の元官僚は痴呆症を患わっていたということで逮捕すらされなかった。賠償金を受け取らず、息子の純平を1人で育てて、義父の老人ホームの入居費も払っているが、経営していたカフェはコロナ禍で破綻。花屋のバイトと夜の仕事を掛け持ちしても、生活は苦しい。
和田が演じた13歳の純平は、元官僚の葬儀に参列しようとしたりする母親の本心を理解しかねていた。上級生のいじめを受けながら毅然と耐えて、父親の残した本を読み漁って思慮深いところも。良子の夜の仕事のピンクサロンの同僚・ケイ(片山友希)にほのかな恋心を抱き、同居するヒモ男から守りたいと思っている。
「すごく良い役をいただいて、プレッシャーも大きかったんですけど、燃える感じもありました。尾野真千子さんには最初、ちょっと前に(殺人鬼を演じた)『フジコ』を観ていたから、怖いイメージがあって(笑)。でも、現場でお会いしたら、すごくやさしくて明るい方で、僕が緊張しているときも笑わせてくれました」
出来上がってから、こんな重い話だったのかと
劇中では、純平は「母ちゃんの言ってる意味がよくわからないよ」などと言いながら、愛情をひしひしと受け止めているのが伝わる。そんな親子感は自然と醸し出されたようだ。
「休憩でごはんを食べるとき、キャストの方やヘアメイクさん、衣装さんたちとジャンケンをして、負けた人がみんなの飲み物を買ってくるのが恒例で、僕は毎回負けていたんです。でも、尾野さんがいつも『しょうがないわね』って代わりに買いに行ってくれたりしました」
母子に次から次へとやり切れないほどの苦難が降り掛かるのは、観ていて苦しくなったりもする。15歳として、この物語はどう受け止めたのだろう?
「この映画はR15指定で、自分もギリギリ観られるくらいで、大人な話だなと思いました。台本でイメージしていたより、出来上がって試写を観たら、純平が知らなかったところで起きていたこととか、こんな重い話だったのかと思いました。社会の理不尽に、何とも言えない感じがしました」
内に秘めた負けず嫌いは役と似てました
純平は中1の役ということもあり、和田自身より子どもな感じがする。一方、母と2人で世の中の荒波に晒されてきたせいか、時折り大人びたところも見せるのは、和田自身と通じるようにも思える。
「純平みたいな経験をしている中学生はあまりいないと思いますし、性格的にも僕とはかけ離れているところがありました。役作りでは、クラスメイトで純平っぽい人を意識して、そこから固めていった感じです。でも、純平にどこか自分自身と近いところもありました」
たとえば、どんなところが近いと?
「純平にはところどころ、負けず嫌いだなと思う面があって。そういう部分は自分と似ていると思いました。僕は内に秘めるタイプの負けず嫌いで、周りからはそう見えないかもしれませんけど、スケボーとかでは本当に負けたくありません。純平を演じるに当たっては、『こういうとき、自分だったらどうするか?』とよく考えました」
純平はいじめを受ける上級生に呼び出され、トイレで顔を洗ってからマスクをしないで出向いて、「お前らのコロナなんか怖くない」とタンカを切った。
「そこは僕だったら、そもそも呼ばれたからって、行くかわかりません。純平は正義感が強いですね」
間の取り方を初めて意識するように
石井監督からは、演技の“間(ま)”について指導された。
「今までの僕は、会話の中で間を取るのが苦手だったんです。わりとせっかちで、間が空くと不安になってしまって。台本をいただいて家で台詞を練習してきても、現場で相手役の方が言ってくることに対して、間を空けるのは全然意識してませんでした。今回も最初はそうだったんですけど、石井監督に『場の空気に合わせて必要な間がある』と教えていただきました。この作品で自分の演技が変わったと思います」
留学中の1年半は演技のブランクになっていて、『茜色に焼かれる』の撮影ではなかなかOKが出ないシーンもあったそう。
「公衆電話でケイさんと話すシーンは、僕のせいでだいぶ押してしまいました。走ってきたのに、僕自身があまりハァハァいわないタイプで、息づかいを忘れてしまいがちで。NGが出たのはだいたい息を忘れていたか、間を取らなかったところです」
逆に言えば、純平の心情的な部分の表現は石井裕也監督のイメージに応えて、尾野真千子との掛け合いにも過不足なかったことが、劇中からも見て取れる。
「でも、難しいところもありました。最後のほうで包丁を持った尾野さんを僕が止めるシーンで、逆に尾野さんの気迫に押されてしまったり。取り上げた包丁を投げるところも、何も考えないでやっていたら、さり気なくバレないように投げることを理解しないといけなくて、時間がかかってしまいました」
ひとつひとつ追求して心に来る演技ができたら
苦境に耐え続けながら、一縷の希望が残る作品。和田は「純平を演じて僕自身も精神的に成長できたと思います」という。本格的な俳優デビューを飾った15歳の前途は洋洋だ。将来的にはどんな俳優を目指すのだろうか?
「さっき言った『ゆとりですがなにか』は、作品としても大好きなんです。出演されている方が皆さん演技派で、松坂桃季さんもすごいなと思っていました。最近だと、尾野さんも出られていた『ヤクザと家族』を映画館に観に行って。主演の綾野剛さんは『新宿スワン』ではチンピラみたいな役でしたけど、あの映画ではヤンキーからヤクザになった芯の強い役で、すごく心に来ました。自分もそういうお芝居をできるようになれたらいいなと思います」
そのために差し当たって努力していることは?
「いろいろな作品を観て、自分に吸収できるものがあれば、どんどん取り入れていきたいです。『茜色に焼かれる』に出演させていただいたのは、計り知れないくらい大きい経験だったので、忘れないうちに今後の作品でも活かしたいなと思います。今までお芝居に関して、そこまで深く自分の中で考えなかったんですけど、これからは1コ1コ追求していきたいです」
Profile
和田庵(わだ・いおり)
2005年8月22日生まれ、東京都出身。
8歳から芸能活動をスタートさせ、2017年に映画『ミックス。』で俳優デビュー。ドラマ『隣の家族は青く見える』、『フォークロア:TATAMI』などに出演。
『茜色に焼かれる』
監督・脚本・編集/石井裕也 出演/尾野真千子、和田庵、片山友希、オダギリジョー、永瀬正敏ほか
5月21日よりTOHOシネマズ日比谷、ユーロスペースほか全国順次公開