都市の企業・働き手は地方から何を得て、与えるのか〜〜サテライトオフィスや副業がつなぐ未来〜〜
「都会へ出ていかず、地元で進学・就職したい若者が増えている」
「働き盛りの世代で地方移住に興味を持つ人が増えている」
最近、こんな話を聞いたり、身近な人の動向から実感したりすることはないだろうか?
マクロで見れば、東京圏に人口が一極集中している状況は相変わらずだが、一部では仕事を通じて地方と関係を結ぶ人や企業の動きが生まれ、それが地方活性化に挑む地域の活力にもなっている。四国の山間地域にサテライトオフィスを置く都市部の企業、副業として地方の企業の仕事をする首都圏在住の社会人を取材した。
都会の企業が視察に集まる過疎の町
3月某日、東京や大阪の企業の幹部らが徳島県三好市を訪れた。
三好市は四国の中央に位置する山あいの町で、2万7千人弱が暮らす。1955年(市町村合併前)の約7万8千人が人口のピークで、それ以降減少し続け、高齢化の進展も著しい。そんな過疎の町に企業の幹部達が集まる目的は、サテライトオフィスの視察だ。
「サテライトオフィス」とは、企業や団体の本部とは離れた場所に設置されたオフィスのこと。三好市では閉館した老舗旅館や廃校を改装し、2018年3月現在6つの企業がサテライトオフィスとして利用している。最も早かったのが2013年に進出した「株式会社あしたのチーム」(本社:東京)で、視察ツアーは同社が市と提携して行うサテライトオフィス誘致活動の一環だ。今回参加したのは5社ほどで、業務の一部を三好市で実施することを検討中だという。
都会の仕事を田舎で。地方サテライトオフィスで企業と働き手が得るもの
通常、支社や支店を出すとなれば、大口の取引先に近いなどのビジネス上の利点がある場所を選ぶか、そうでなければ複数の候補地をピックアップし、それぞれの条件を比較して検討するといった進め方が一般的だ。しかし三好市のサテライトオフィス開設企業の場合、他の場所と比較検討をしたケースはほとんどなく、「あしたのチーム」社との縁をきっかけに、自治体によるサポートの手厚さや土地柄に魅力を感じて同地への進出を決めている。それぞれのオフィスの現状について、3社の担当者に聞いた。
高卒の事務職希望者を積極採用。他地域にも同じモデルを展開
三好市に最初にサテライトオフィスを開設した「あしたのチーム」は、クラウド型の人事評価システムの提供やコンサルティングを行う会社だ。サテライトオフィスで行う業務は、システムを導入した顧客向けのサポートやデータ入力、営業資料の作成に始まり、最近ではテレビ会議システムを使った操作のレクチャーや見込み顧客に対するシステムのデモ、四国の企業への訪問営業など、その幅が広がってきている。
電話、メール、インターネットを駆使し、場所を問わずにできる業務を一手に引き受けることで全社の生産性向上に寄与しつつ、地域の雇用を増やす――そんな成果を評価し、同社は2017年に福井県鯖江市、今年2月に島根県松江市にもサテライトオフィスを開設した。
3ヶ所のサテライトオフィスを統括するのが西村耕世さんだ。元々は大阪の広告・出版関連の会社で働いていたが、亡くなった祖父母の家を守るために三好市へのIターンを決意、「あしたのチーム」に転職したという。「ここにいると、個人として地域に貢献できているという実感がある。東京や大阪では得られにくい充実感で、働き盛りの若いうちにこちらに来ることができて良かった」と語る。
三好市のサテライトオフィスには西村さんの他に5人おり、2人はUターン転職、3人は地元の高校を卒業した新卒採用のメンバーだ(2018年3月現在。4月にはさらに2人、新卒採用者が入社)。
同社が高卒採用をしたのはこのサテライトオフィスが初めて。小さな町では、人づての紹介やハローワーク、学校を通じて求人を行うことになるが、市内には大学がない。直接接点を持てる高校に求人を出してみようと考えたのが、最初のきっかけだった。2015年4月に2名の高卒女子が入社し、彼女らの期待以上の働きぶりと成長を見て、毎年高卒採用を行うことになったそうだ。
高卒採用初年度に入社した谷澪さんは、高校で求人票を見て、地元で事務職の募集をしている会社は全て見学に行った。中でも雰囲気が良いと感じたのが「あしたのチーム」だったことから、同社に就職を決めた。東京と同水準の給料や、地元就職の希望を叶えつつ、全国の社員やお客さんと接する機会が多く刺激があることなどに満足しているという。同じく高卒で2017年入社の槙山千沙さんも、地元にいながら東京のスピード感で仕事を覚えられることや成長の機会が豊富なことを実感するそうだ。
なお、同社のサテライトオフィスで採用された社員が、本人の希望のもと東京の本社や別の支社などに異動するケースもある。地元で就職する若者に、これまではなかったキャリアの可能性を提供しているともいえる。
他社サテライトオフィスとの交流も盛ん。地元の雇用の受け皿として根づいていきたい
「あしたのチーム」は閉館した老舗旅館の数部屋を事務所や会議室として使っているが、同じ館内に他の企業も複数入居している。そのひとつが、家事代行サービスの株式会社ベアーズ(本社:東京)だ。ここでは、家事代行のスタッフ向けのコールセンター業務を社員2名とパート7名が担っている。
マネージャーの小野寺さん以外は地元採用で、パート従業員は全員が子育て中の女性だ。小野寺さんによれば、東京のコールセンターで働く人達と比べてこちらのパート従業員は非常に定着率が高いそう。市内の自宅から車で15分もあれば通える距離で、午前6時から午後8時の間のシフト制というのが、「働きやすい」と喜ばれているという。
小野寺さんは東京でコールセンターのマネジメントをしていたが、希望してサテライトオフィスに異動したIターン移住者。長野の自然豊かな場所で育ったため、田舎で暮らしたいという思いがあったのだという。
こちらではサテライトオフィス同士が近しい関係で、彼らと飲みに行ったり情報交換をしたりすることがストレス発散になっているそうだ。「あしたのチーム」などと共同で中学や高校で出前授業を行いサテライトオフィスでの働き方を紹介する活動も行っており、小野寺さんは「地元の人達とのコミュニケーションを深め、企業としての信頼を得ていきたい」と語った。
廃校を物流センターに。北海道の食材を振る舞うバーベキューで地域交流
廃校になった小学校をサテライトオフィスとして活用するのが、札幌に本社のある「風の株式会社」だ。
同社はスポーツ用品やウェアの製造や販売を行う会社で、特にウィンタースポーツ関連用品に強みを持つ。以前は物流会社の倉庫を借りていたが、自社で倉庫を持ちたいと考えていた時にサテライトオフィス視察に参加し、この校舎を紹介された。市から無料で借りられるという破格の条件に加え、1万着もの在庫が保管できる体育館があり、かつ目の前に国道が走っていてトラックの出入りがしやすいという立地も魅力的で、すぐに進出を決めたという。
校庭では年に1回地域住民の運動会が行われる。その日は同社の社長もやってきて、北海道の海産物をふんだんにつかったバーベキューを振る舞う。バーベキューを目当てにやってくる人が年々増え、地域交流に一役買っているそうだ。
職員室だった部屋では、インターネットショップの商品登録や受注、カスタマーサポートなどの業務を行っている。隣町出身の高田佳代さん始め、事務スタッフ4名全員が地元雇用。内ふたりは姉妹だ。
物流倉庫では常時3名、繁忙期の秋から冬にかけてはプラス3名ほどが働いている。臨時雇用のスタッフの中には、昨年三好市で開催されたラフティングの世界大会に日本代表で出場し、優勝した女子チームのメンバーもいる。夏場はラフティングツアーのスタッフとして働いているため、それ以外の時期にできる倉庫での仕事が好都合なのだ。これは市役所の職員の紹介で雇用が成立したケース。ここでの雇用は人のつながりが大きな役割を果たしていることがわかる。
企業の社会貢献の仕組みにもなっている地方サテライトオフィス
取材では、各社に「御社にとってサテライトオフィスとは?」という質問も投げかけた。支社支店とは何が違うのか、その定義は各社それぞれだが、共通しているのは過疎地の雇用の受け皿や地域交流など、社会貢献の仕組みとしての役割を果たしているという点だ。現地で働く人達はそのことに意義を感じているからこそ、会社の事業に対する成果も出すことで、サテライトオフィスを持続可能なものにしていこうという意志が感じられた。
副業で地方とつながる東京のビジネスパーソン
個人として地方に目を向け、副業で地方と関わる人達もいる。株式会社groovesが2017年12月にスタートした「Skill Shift」は、地方企業が必要とするノウハウやスキルを、都会のビジネスパーソンが副業という形で提供するためのマッチングプラットフォームだ。
クラウド会計ソフトのfreee株式会社でマーケティングに従事している水野剛さん(35歳)は、この3月から岩手県八幡平市の温泉旅館「いこいの村岩手」の仕事を始めた。週末を利用して月に2回通い、集客や売上を向上させるための営業企画の策定と、それを実行するための従業員の指導を行う。仕事の内容や現地に赴く頻度、報酬などは、経営者との面談を経て合意した。
本業の勤め先であるfreeeは副業が可能で、既に実践している人が身近にいたため、水野さんも何かやりたいと考えていた。また、郷里の岩手県盛岡市では父親が会社を経営しており、近い将来に後を継ぐ意思もある。「いこいの村岩手」の仕事はマーケティングの知見が活かせることに加え、地元の先輩経営者とのつながりを作ったり中小企業経営の経験を得たりするのにぴったりだと感じたそうだ。
都内のビジネススクールで広報を担当しながら自分の会社も経営する吉田直樹さん(35歳)は、「Skill Shift」を通じて北海道石狩市の総合型地域スポーツクラブ「アクト・スポーツプロジェクト」の仕事を始めた。現地に行くのは月に1回だが、普段から「アクト・スポーツプロジェクト」や自治体担当者とメールなどでやり取りしつつ、行政を巻き込む中長期のビジネスプランを策定中で、4月には市長に提案をする予定だ。
吉田さんは東京出身で、これまで地方とのつながりはなかった。だが、ひとつの企業に縛られずに力を発揮していきたいという思いがあり、その機会を求めて情報収集をしているときに「Skill Shift」を知った。今回、初めて地方の仕事をしてみて、「行政の担当者は固いというイメージがあったが、意外と柔軟」という発見もあり、面白みを感じているという。
実は吉田さん、かつてはアメリカンフットボールの選手だった。社会人トップリーグでも活躍したが、怪我で引退。その後MBAを取得し、物流企業で経営に携わった後に起業した。副業先の「アクト・スポーツプロジェクト」は地域のスポーツクラブとして補助金に頼らない自立した経営を模索しているというから、吉田さんの経験やスキルが大いに活かされそうだ。
「Skill Shift」を運営するgroovesの鈴木秀逸さんによると、募集を出した企業の多くが「こんなに短期間で東京から複数の応募があるとは!」といった驚きの反応をするそうだ。これらの企業は、地元のハローワークに求人を出しても求める人材を得るのは難しく、かといって都会で豊富なスキルと経験を身に着けた人材を引っ張ってくるほど魅力ある報酬を提示できない、という悩みを持っていた。しかし副業なら、パートタイムで力を貸してくれる人材がいることが分かったのだ。
個人の側から見ると、「Skill Shift」の仕事の報酬は月数万円というものが多く、副業でガッツリ稼ぎたいという向きには物足りないかもしれない。本業の合間をぬって、わざわざ遠方の会社の仕事をするのも、その地域に興味を持てなければ負担が大きいだろう。
鈴木さんは「例えば週末に伊豆に釣りに行くのが好きという東京の人が、伊豆で副業先を見つけ、その地域に貢献しながら釣りに行く交通費を賄えたらハッピーですよね」と語る。遊びに行くだけでなく、地域との関わりを持ちたい、何か貢献したいという人に向いていそうだ。前述の水野さんのように、近い将来地元で本格的に仕事をすることを念頭に、その足がかりを作るのにも良いだろう。
地方活性化のカギを握る地域の主体性、それを盛り上げる都会の企業と人
従来、地方が企業を誘致するとなると、大企業が工場や本社機能などを設置し、一度に大量の転勤者を呼び込んだり新規雇用を生むことが期待された。一方、今回取材したような事例は短期的、数値的なインパクトは小さいが、長い目で見た地域の活性化に寄与するものだと思う。
例えば、三好市にサテライトオフィスを開設した企業の経営者やマネージャーは、一様に「地元人材の質の高さに驚いた」と語る。真面目で素直に働き、スキルやノウハウの吸収力も優れているというのだ。これはおそらく、三好市の人達の資質が突出しているというよりも、仕事に対する思いが影響していると思われる。これまで地元にはなかった種類の仕事や都会並みの待遇などを提供してくれる会社への感謝や愛着、サテライトオフィスを盛り上げようという上司への共感などが、彼らのやる気やパフォーマンスを引き出しているのだろう。
「Skill Shift」も、経済的な成功を第一の目的としているのではない人達を引き寄せることで、地域や企業との長期的な関係に発展する可能性がある。そのことは、その地方や企業にいる人達の気持ちを盛り上げることにもつながるだろう。
政府の地方創生推進の影響もあり、各地で様々な取り組みが行われているが、税金の無駄遣いに終わっているという声もよく聞く。意味のある施策を息長く続けていくためには、そこに住む人達が主体となって、「この地域は良くなる」という希望をもって取り組むことが最も重要ではないだろうか。そのためにも、それを支援する都会の企業や人の存在は非常に大きい。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを一部負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】