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「うたごえ」に潜む高齢社会を豊かにする可能性

斉藤徹超高齢未来観測所
「歌声コンサート」の風景(撮影筆者、以下同)

復活するシニアの「うたごえ」

「うたごえ喫茶」という喫茶店の存在を知っている人はどのくらいいるでしょうか。うたごえ喫茶とは、客全員が歌うこと(合唱)を想定した喫茶店で、「1955年前後の東京など日本の都市部で流行し、1970年代までに衰退した。」とウィキペディアには記されています。

「伴奏はピアノやアコーディオンのほか、大きな店では生バンドも入っていた。歌われる歌はロシア民謡、唱歌、童謡、労働歌、反戦歌、歌謡曲など。店が独自に編纂した歌集を見ながら歌うこともできる。」(同)カラオケもなく、娯楽やスポーツなども乏しかったむかし、上京した若者たちにとって、うたごえ喫茶は、同世代が集い、一体感が確認できる施設だったのかもしれません。しかしその後、「うたごえ喫茶」は、高度経済成長の波に押される形で、使命を終えたのでした。

すでになくなって久しい「うたごえ喫茶」ですが、実はシニアたちの間では、しずかに皆で一緒に歌うことが、復活しています。各地域で結成されているシニア合唱団もそうですし、今回ご紹介する「歌声コンサート」も、かつての「うたごえ喫茶」の現代版と言えるものです。

その「歌声コンサート」とは、一体どんなものなのか、3月中旬のある日、コンサート会場におじゃましました。

「歌声コンサート」の会場風景

会場は、千葉駅から歩いて10分ほどの千葉市民会館。14時開演の少し前に到着すると、すでにお客様で会場は満杯でした。

平日の昼間でも数多く集客できるのが高齢者向けのコンサートや公演の特徴です。最近の音楽コンサートは、平日ではなく土日に行われるのが一般的ですが、ことシニア向けのコンサートはむしろその逆。平日の昼間、あまり遅くない時間に終わるのがポイントです。

開演とともに登場したのは、このコンサートの進行をつとめる杉山公章さん。

キーボードの前に陣取り、皆で軽い発声練習をしたあと、すぐにコンサートの始まりです。最初の曲はロシア民謡の「トロイカ」。会場に来ている60代70代の方々は誰でも知っている曲です。歌詞を忘れてしまっても、ステージのスクリーンに大きく歌詞が映し出されているので、心配はありません。ロシア民謡「カチューシャ」「ともしび」に続き、「涙そうそう」、「あざみの歌」「上を向いて歩こう」「恋の季節」と続きます。若い人たちは知らない曲かもしれませんが、60代以上であれば誰もが知っている歌ばかりです。

曲の進行にも、いろいろと工夫がなされています。杉山公章さんの進行はシニアの機微をよく分かっており、とにかく上手いの一言。適度なユーモアを交えながら曲の紹介を行い、場合によっては手拍子を促し、ハイタッチコーナーがあったり、単純に歌い続けるのではなく、演出に緩急をつけ、お客様が飽きることのないように創意工夫がなされています。

途中の休憩をはさんで、全2時間、30曲を皆で歌う「歌声コンサート」はあっという間に終わりました。

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コンサートの中には、会場での一体感が得られると感じられた場面がいくつかありました。私がそれを感じたのは、皆で「川の流れのように」を歌っている途中。会場にいらっしゃるおよそ300人の方々が、それぞれに川の流れのような人生を歩んでこられたのだと実感できる瞬間がありました。それは少しだけですが、この会場に集うシニアの方々、それぞれの人生を慈しむことの大切さを感じさせてくれたひとときでもありました。

会場は市民会館の小ホール。この小ホールというのも人気の秘訣でしょう。この規模のこぢんまりしたホールでは、皆が歌うことで、ある種の一体感が醸成されます。その心地良さも人気の秘密でしょう。

コンサートは、2009年6月から回を重ね、昨年の9月6日で2000回を迎えたそうです。最近では、公共ホールに加え、イオンシネマなどの映画館の午前中の集客イベントとしても行われているそうです。

このコンサートを長年企画、主催しているリーダーの杉山公章さんにお話をお伺いしました。

Q:「歌声コンサート」をスタートされたキッカケは?

杉山公章:僕のこの業界のスタートは、研ナオ子さんのバックバンドのキーボードでした。そこでエンターテインメントのイロハを一からたたき込まれました。その後、プロデューサー修業を何年か行った後、なにか新しいことを始めたいと色々試みたうちのひとつが、流山でスタートしたうたごえ教室だったんです。

もちろん、僕自身は「うたごえ喫茶」に行ったこともなければ、どんなものかも全く知りませんでした。なので最初は、お客様に怒られてばかりだったんですが、リクエストをいただきながら曲を学び、お客様との交流の仕方を教えていただき、徐々に規模が大きくなりました。開催会場も教室からホールになり、現在に至るという感じでしょうか。最初のスタートが2009年だったので、約10年近くかかったことになりますね。

Q:「歌声コンサート」で工夫されているポイントは?

杉山公章:とにかく、この10年間お客様には教わることばかりでしたが、僕もお客様に楽しんでいただくためには、どうするべきか、ずっと考え続けていました。皆で歌うコンサートなので、ある曲を演奏するにも皆が歌いやすくする工夫が必要になるんです。曲の並び方によって、キーの高さやテンポも工夫する必要があります。

レパートリーはだいたい2000曲くらい。「歌声コンサート」と言っても懐メロばかりやっているわけじゃありません。会場によって、いらっしゃるお客様の年代や嗜好も異なりますので、演奏曲のバラエティにはとても気を使っています。ゆずの「逢いたい」やKiroroの「生きてこそ」といった新しい曲もレパートリーに加えるようにしています。お客様も最初は歌えなくても、2回目、3回目にはだんだん歌えるようになってくるんです。

加えて、必ずお客様にはリクエストをいただき、当日のコンサートの後半に反映させるようにしています。開催される時期の季節感を意識した曲の構成を基本として、そこにリクエストを加えるようにしているんです。

Q:杉山さんにとっての「歌声コンサート」とは?

杉山公章:会場に来てくださる方たちは、人生の大先輩です。でも皆さんは、僕のことを先生と思ってくれている。だからと言って背伸びすることはしません。

等身大の自分を出すようにしています。なにしろ、皆さんは人生の先輩ですから、僕がどんな人間かはすぐにばれてします。

会場にいらっしゃるお客様の中には、いろんなお客様がいらっしゃいます。ご主人を亡くされた悲しみに沈んでいたけど、コンサートに来て笑顔を取り戻せた、とおっしゃってくれるお客様。これから入院するのだけれども頑張ってリハビリしてまたコンサートにくるからね、と言って手術を受けられるお客様。

よくよく考えてみれば、どんな人にとっても、60代は初めての60代であり、70代は初めての70代ですよね。だから、老いとともに自分の身体に起こることや、家族に降りかかることが不安だったり、恐怖に感じられることもあります。

僕は、「歌声コンサート」とともに、そんなお客様の人生に寄り添っていければいいな、と考えています。歌は直接人の心に訴えかけて、人に寄り添うものです。とりわけ、自分が元気で若かった頃の歌は、思い出とともに、その人を元気にさせます。

喜んで歌っていただき、適度に笑っていただいて、満足して帰っていただきたい。それが、僕の喜びであり使命と思っています。

求められるシニアにとってのプチ・エンターテインメント

杉山さんのお話は、長年シニアマーケットに向き合っている私にとっても、すごく腑に落ちるお話でした。さすが長年高齢者の方たちと向かい合っているだけの知見と見識を身につけておられると推察いたしました。

おそらく多くの高齢者の方々にとって必要なエンターテインメントは、このような日常のごく身近に存在するプチ・エンターテインメントでしょう。大枚をはたいて訪れる歌舞伎ではなく、大衆演劇や剣劇、寄席のタイプです。「歌声コンサート」は明らかに後者の現代版ともいうべき存在ですが、このジャンルは高齢化がますます進む中でさらにその需要は高まっていくのではないでしょうか。その意味では杉山公章さんは現代版の下町の玉三郎的な存在とも言えるでしょう。

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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