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『ぽかぽか』を成り立たせる神田愛花の絶妙な「奇妙さ」 ハライチが浮き彫りにするその不思議な存在感

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

『ぽかぽか』には情報がない

お昼になると『ぽかぽか』を見ている。

フジテレビのお昼のバラエティ番組だ。

毎日、昼下がりにぼんやり見ているのにちょうどいい。

まあ「笑っていいとも」を見てきた世代だからかもしれない。

ほぼ何も意味がないところがいい。

何もないものが受け入れられていく世の中になるといいとおもう。

「いいとも」が始まった1980年代がそうだった。

1980年代という時代

1980年代というのは、バイトしていると時給が年々上がっていく時代であった。

1980年には時給500円がいいバイトだったのに、1990年にはいいバイトは時給1000円になっていた。

10年かけて倍になった。

そのあと30年同じ値段だった。

80年代にもう少しゆっくり値上がっていけば平穏な世界だったのかもしれないが、いまさらどうしようもない。

景気のいい時代は、いわば調子に乗っている時代であり、意味のないものが許容されるようにおもう。

ナンセンスが受ける時代である。

『ぽかぽか』を見てるとそういうことをおもいだす。

かなり意識して「笑っていいとも」スタイルを真似ているところもあるようだ。なにかを呼び戻すおまじないなのかもしれない。

『ヒルナンデス』を見なかったわけ

どうも私には『ヒルナンデス』を見る習慣がつかなかった。

『ヒルナンデス』もお昼のバラエティ番組で、お笑い要素もたくさんあるのだが、基本は生活情報番組に見える。

ほんのちょっとしたお役立ち情報が満載の番組、という印象が強い。

お昼にそういうのを喜ぶ人たちが多いのだろう。

あきらかに私は視聴対象外層である。

つけっぱなしにして流しておけばいい、というふうにはおもえなかった。

まあ「バイキング」も似たようなものだったのだけどね。

『ぽかぽか』は見るともなく流している。

トークコーナー「ぽいぽいトーク」

『ぽかぽか』ではタレントや俳優が日替わりで出演して「ぽいぽいトーク」を繰り広げ、そのあと、いろんなコーナーがある。

毎日ゲストを迎えてトークを繰り広げるところが、きわめて「いいとも」的である。

ドラマ主演の波瑠&高杉真宙が出てくることもあれば、具志堅用高や梅沢富美男などのベテラン単体や、板野友美&柏木由紀や、石田純一&いしだ壱成親子という「ちょっと珍しいコンビ」の登場もあった。

「牛肉ぴったんこチャレンジ」が気になる

登場したゲストは、途中で、大きな肉塊から「300グラム(ときに200グラム)ちょうどの肉を切り取れるか」、という「牛肉ぴったんこチャレンジ」に挑戦する。

毎回ゲストが、(2人ゲストのときはどちらかが)2キロほどの肉塊から切り取る。

第1回からやっている。

あまり意味のないコーナーであり、だからこそ毎回気になっている。

見逃すと、今日はどうだったのだろう、とそこだけ録画で見返したりする。

何だろう。

ものすごく気になっているコーナーだ。

無意味だけれど気になる、というのが、とてもバラエティらしくていい。

大雑把なコーナーを見ていると落ち着く

トークコーナーが終わると日替わりコーナーになる。

あまり統一性はない。

素人さんが何組か出たり、売れてない芸人がかたまって出てくる日もある。

何でもないことを競ったり、争ったりしている。

だからぼんやり見てしまう。

かなり大雑把なコーナーだなあ、とかおもいながら見ているのだ。

たぶん、そういうのが見ていて落ち着くのだ。

ハライチ岩井と澤部と神田愛花

司会は三人である。

ハライチの岩井勇気と澤部佑、それにフリーアナウンサーの神田愛花。

「ぽいぽいトーク」のコーナーは、この三人で話す。

神田愛花はもとNHKのアナウンサーではあるが、このときに司会進行をしない。

進行はハライチの澤部の役割である。

神田愛花はあくまでタレントの立ち位置にある。かなり不思議な立ち位置だとおもう。

おそらく彼女の存在が、この番組のポイントなのだ。

岩井勇気は穿った質問をしようとする

ゲストへの質問は、事前に一般人に聞いたものを印刷したボードがあって、澤部はそれを読み上げる係である。

ハライチの岩井勇気と、神田愛花は、その場でおもいついた質問を、フリップに書いて読み上げる。

この展開が、いつも何だか気になる。

ハライチの岩井は辛口キャラだから、なるべく穿った質問をしようとする。

「何となくおもっていたが、言葉にされてなかった細かい部分」を聞きだそうとしている。

鋭い、とおもってもらいつつ、細かい部分を突いて笑ってもらおうという意図なのだろう。もちろんうまく行くこともあれば、さほど反応がないこともある。

でもまあ、岩井のキャラらしい質問をしている。

神田愛花の奇妙さ

神田愛花は、いつも微妙に「変」である。

彼女はどの瞬間も愛敬に満ち溢れているが、でも、質問はときどき奇妙である。

たとえば、すごくふつうのことを(聞くまでもないようなことを)聞いたりする。

ないしは穿った質問をしようとして頓珍漢な質問になる。

見たままのことをそのまま質問にする。

素直な子供を見ているようだが、よく見ていると「変」である。

またフリップで書き間違えると、その文字を消して、その消した線を毛虫にしたりして(書いてる時間がとても短いのにだ)その振るまいはとても変だ。

よくよくおもいかえすとかなり不思議な存在だが、見ているときは何となくこういうものだろうとおもって見ている。

神田愛花の自然なオトボケ

『ぽかぽか』はおそらく神田愛花でバランスを取っているのだろう。

司会三人のなかで、彼女の存在がかなり大きいとおもう。

元アナウンサーとお笑いコンビという組み合わせながら、元アナが場を仕切らない、というところがいろんなことを示唆している。

三人並んだときの進行は、すべてハライチ澤部がやるばかりで、岩井と神田愛花が掻き混ぜる役なのだ。

ただ、神田愛花は強く前に出てこない。

目立ってボケようとしているわけではない。

芸人ではない。

結果として、ふつうの発言がときどきボケになってしまうばかりで、ときにはボケにさえいたっていない。

澤部の判断で、ふつうに流されていくボケ(未満)がたくさん存在しているのだ。意識したボケではなく、自然と出てきた「オトボケ」というところだ。

神田愛花の大喜利の奇妙な回答

月曜日には、タレントトークのあとに大喜利のコーナーがあり、紺野ぶるまの横で神田愛花は奇妙な回答を出している。

ここではたぶん、神田愛花は狙って「ボケ」に行っている。

そして、見事なくらいにボケられていない。

ちょっとおもしろい。いや、かなりおもしろい。

いちおう本人としては鋭くおもしろい回答をしているつもりらしく、自信満々に見えるのだが、答えは何というか、何でもないんである。

申し訳ないが、小学生が一生懸命考えた冗談というようなレベルで、なかなか変である。

司会の澤部が明確に指名を避けていることもある。その風景がおもしろい。

たぶん何気なくふつうに、不思議なことをやってしまう人なのだろう。

澤部がうけもつ常識の部分

ときどき見せる神田愛花の奇妙さは、連続する日常に突然あらわれた裂け目のようである。

見過ごせば何でもないが、もしそこで立ち止まってその奥をのぞいたなら、そこには「狂気」が宿っていそうだ。そこまで深掘りはしたくないけど。

日常を連続させているかぎりは溢れてこない。

だからスルーすれば気がつかない。

『ぽかぽか』ではハライチの澤部がその役を担っている。

常識人として、なるべく何でもないように進行していく役であり、彼が止まらないかぎり神田愛花の不思議なところ、奥を掘ると何かとんでもないものが出てきそうな部分は、気づかないようになっている。

おそらくこの組み合わせが『ぽかぽか』の強いところだろう。

大喜利で回答するとき、神田愛花は「とても面白いのを考えたのですが、どうでしょう」という表情できらきらしている。

たぶん、本当にそう信じているんだろう。

それを見ていると、それでいいような気がしてしまう。

そしていつも神田愛花が気になっている

ハライチと組むことによって、神田愛花のある種のズレが、いい味わいになっている。

そして、それが『ぽかぽか』を何となく毎日見ている理由のような気がする。

穏やかさのなかに、ときどき剣呑(けんのん)さがあらわれ、そこがおもしろい。

剣呑さというのは、出ている人たちの奇妙さであったり、ときどき垣間見える狂気じみたこだわりだったりのことである。

ゲストがかなり珍妙な場合は、司会陣はその珍妙さを引き出すばかりであるが、ゲストがふつうの人だったら、司会の側から不思議な雰囲気を出すことができるのだ。

そこを「ハライチの岩井と神田愛花」が受け持っている。

澤部をふくめて3人で構成されている味わいのようだ。

私はここのところ、ずっと神田愛花が気になっている。

毎日、彼女のフリップの質問にいつも注目するばかりである。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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