兵庫県PR会社炎上問題 どこで何を間違ってしまったか
兵庫県PR会社の知事選へのかかわり方について議論が沸騰し、刑事告発される事態となりました。PR業界に約30年身を置き、不祥事研究を20年以上携わってきた者として、これまでの経緯と現時点での状況を整理しながら、一体どこで何を間違ってしまったのか問題点を考察します。
リスクコミュニケーションとPRの誤解
この問題を1か月以上ずっと考え続けて筆者が出した結論は2つです。プロジェクトマネジメントの観点からすると、デザイン発注であれボランティアであれ、最初の時点で公職選挙法(以下、公選法)のリスクについて斎藤元彦氏とPR会社社長が共有していなかった、リスクコミュニケーションの問題ではないかとみえます。リスクコミュニケーションとは、将来リスクに対して事前に利害関係者が共有して信頼関係を深める考え方です。食品の成分表示や薬の副作用の説明が典型的な例です。この場合は公選法となります。公選法は複雑でわかりにくくリスクの高さは広く知られており、政治家なら詳細は別としてそのリスクの高さだけは知っていなければならないでしょう。よって、斎藤氏と折田氏(PR会社社長)は、選挙関連リスクについて互いに確認しておく必要がありました。その際、責任がより重いのはどちらかというと、ボランティアとして応援される側、立候補者である斎藤氏といえるのではないでしょうか。
もう一つの問題は、PR会社社長の折田楓氏がPRについてその歴史や本来の意味を理解していなかったことあるのではないか、と思い至りました。PRとは、Public Relations(パブリック・リレーションズ)の略で「利害関係者との間に継続的に信頼関係を構築する」といった意味ですが、PRをプロパガンダ(自らの主張に都合のよいことのみ主張し特定の思想や行動へ意図的に誘導すること)やプロモーション(商品やサービスを宣伝して購入してもらうマーケティング手法)と誤解している人がいます。筆者も最初はよくわからないままPRの実務をしていました。37歳になって日本広報学会でPRの歴史を紐解きながら議論するというプロセスを経て、パブリック・リレーションズは民主主義社会で重要な役割と機能があるのだと理解しました。折田氏がPRについて歴史的観点から本来の意味を理解していれば、当選直後に自己の存在と活躍を顕示する投稿は誤解の原因や誇大になり利害関係者との信頼を損なうと気づけたでしょう。舞台裏を明かすなら、自らではなく、主体者へのインタビューを通じて紹介するといった客観的視点を盛り込めば価値が高められるとする基本原則を用いればいいからです。それが会社としてのリスクマネジメントになったのではないでしょうか。
■リスクマネジメント・ジャーナル(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会提供)
SNS活用の勝利とデマ被害の禍根を残した選挙
詳しく見ていきましょう。まずざっと振り返ります。斎藤知事は今年3月に発覚した文書問題への対応を巡り県政の混乱を招いたとして9月19日に不信任決議案が可決され失職。有力候補である稲村和美氏がリードと予測されていましたが、111万票を獲得して11月17日に再選。投票率は55.65%で2021年の前回を14.55ポイント上回り高い関心が寄せられた選挙でもありました。「斎藤氏は既得権益集団と闘っている」という対立構図を主張するSNS投稿の広がりが勝利に貢献した一方、デマやレッテル貼りといった課題を残したとする分析が報道されました。そして開票3日後の11月20日、突如として兵庫県のPR会社社長がnoteでSNS活用を含む「広報全般を任せていただいた」と斎藤陣営の舞台裏を明かしました。この投稿が、運動員の買収にあたる公選法違反ではないかと指摘され、一気に批判が広がりました。
総務省の「選挙・政治資金」解説ページより
インターネットを利用した選挙運動を行った者に、その選挙運動の対価として報酬を支払った場合には買収罪の適用があります。
<買収罪>
当選を得又は得しめる目的をもって選挙運動者に対して金銭等の供与をした者等は、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処することとされています(公職選挙法第221条第1項)
<連座制>
買収罪の刑に処せられた者が、総括主宰者、出納責任者、地域主宰者、親族、秘書又は組織的選挙運動管理者等に当たることが連座裁判等により確定した場合(親族、秘書及び組織的選挙運動管理者等については禁錮刑以上の場合のみ)には、公職の候補者本人に連座制が適用され、当選無効や立候補制限が課せられることとなります(公職選挙法第251条の2及び第251条の3)。
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo10_4.html
それに対して11月27日、斎藤氏の代理人弁護士が「発注と支払いはデザイン料で法的に問題ない」「社長はボランティアでSNS運用した」とする説明をしました。その後、12月1日、郷原信郎弁護士と上脇博之教授が斎藤知事とPR会社代表について神戸地検と兵庫県警に刑事告発。12月16日に異例の早さで受理される事態へと展開しています。
note発信で注目されたのがこの内容です。
これに対して11月27日、斎藤知事の代理人弁護士が記者会見を開きました。ボランティアしてくれる方がいるとして折田氏を紹介された。会社として何ができるのかといった話はあった。その後、SNSの提案があったが、支払ったのは、ポスター、政策チラシのデザイン、YouTube用動画撮影の代金であり、約71万円。広報全般を会社に依頼していない。note投稿内容は盛っている、といった説明でした。(下記に全文掲載)
投稿までのプロセスは不明
会見で筆者が着目したやりとりを2か所解説します。
note発信の前に折田氏は斎藤氏に確認をとったかどうか。ボランティアであったとしても折田氏個人だけの判断であれだけのボリュームある内容を発信すると判断したとは思えないからです。
弁護士は、斎藤氏はアップ前に確認していないが、他のスタッフについては「確認したわけではない」「確認しておりません」と明言を避けています。事務所のスタッフが「いいんじゃない」といったノリで許可を出した可能性があるといえます。中心メンバーは4名とのことでしたから、4人ならすぐに確認できそうなものです。そうすると、事務局スタッフにも公選法リスクが共有されていなかったことになります。ここにも事務所スタッフ間のリスクコミュニケーション上の課題があるように見えます。
特定の個人を支援する意図なし社長がボランティア?
もう1つのやりとりはボランティアかどうかの核心部分。会社には仕事を依頼し、社長はボランティアだったと主張していますが、note全体はあくまでも会社の仕事として行ったと書いている部分があり、そこが矛盾してしまいます。会見では最後に指摘されました。
「考えていなかった」は正直すぎる余計な言葉でしたが、「少なくとも」といった言葉でぎりぎり切り返しています。困った場合には、自己主張をするしかありません。ここはこらえて記者の誘導には乗らず、斎藤氏の代理人としては、ボランティア活動を再度強調で終わりました。この切り返しそのものは悪くない。折田氏と連絡がとれていない状況では、斎藤氏の認識を主張するしかないからです。いずれにせよ、二人のずれている状況は明らかであり、この認識のずれは事前に公選法リスクが共有されていなかったといえます。
立候補者は公選法リスクを関係者と共有すべき
会見で不足していると感じたのは、「事前に公選法の注意点についてPR会社の社長に説明しましたか」といった質問がされなかったことです。立候補者はボランティアが公選法に違反しないよう注意点を説明する責任があるのではないでしょうか。筆者は事前のリスク共有こそこの問題の教訓だと考えます。現役弁護士は「公選法はプロじゃないとわからない。本を読むだけでは理解できない」と言うほど。だからこそ、選挙に関わる人達は公選法を確認してからプロジェクトを進めることがリスクマネジメントになります。
なお、公選法のややこしさの一例を紹介しておきます。
質問:印刷物の作成に際し、写真撮影、デザイン、印刷をそれぞれ別の業者で行いました。各業者からどのように請求すればよいですか。
回答:ビラ及びポスターの公費請求額は、「作成枚数×作成単価」で算出することになっています。写真撮影やデザインのみを担当した業者は、作成枚数が0枚ですので、町に直接に請求することができません。 なお、印刷物の作成業者が写真撮影やデザインを外注した場合には、その費用を含んで町に請求することができます。 契約届出書と併せて費用の内訳がわかる書類の写しを提出してください。(埼玉県伊奈町)
*伊奈町では印刷会社が一括請求だが、栃木県上三川町では「デザイン委託事業者と印刷事業者のどちらかに契約先を統合して請求せよ」と規定。自治体によって規定が若干異なるといえるので、各自治体で請求ルールを確認するしかない。
今後を予測すると、SNS運用をボランティアで行いたい、という若者らが増え、SNS活用選挙が活気を帯びる可能性があります。ただ、善意での応援活動が知らないうちに公選法違反で逮捕されるといった事態にならないよう、公選法の基礎知識は全国民が持つ必要があるでしょう。むしろ公選法の教育を受ける権利を主張すべきかもしれません。
パブリック・リレーションズの本来の意味を知って活動を
今回の折田氏の投稿動機は、マスメディアによる400人のSNS投稿スタッフがいたというデマへの反論*1だったと記載しています。デマ発生時には、当事者が公式発信して打ち消す行動は危機管理の観点からは正しい行動です。では、選挙期間中に告発者(故人、兵庫県職員)の間違ったプライバシー情報が政見放送やネットで流布されたことについてはどう考えるのでしょうか。故人は反論すらできないのです。マスメディアのデマは許されないことであり、街頭やネットのデマは許されるのでしょうか。根拠のない発信をするデマリスクのある人に便乗した活動はしていなかったといえるでしょうか。
PR会社は東京と大阪など首都圏に集中していますので、各地方でPR会社が育っていくのは歓迎すべきことではあります。しかしながら、PRをプロパガンダ(自らの主張に都合のよいことのみ主張し特定の思想や行動へ意図的に誘導する)やプロモーション(商品やサービスを宣伝して購入してもらうマーケティング手法)と誤解をしたまま活動していると今後も同じようなトラブルが発生してまうのではないかと危惧してしまいます。
PR会社が集まる業界団体である、公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会(略称PRSJ)の倫理綱領には、「パブリックリレーションズは、ステークホルダーおよび社会との間で健全な価値観を形成し、継続的に信頼関係を築くための活動である」とする方針が掲げられ、「虚偽の情報や誤解を招くような情報は流布しない」と行動規範も示されています。今回のPR会社(メルチュ社)は登録されていませんでしたが、登録あるなしにかかわらず、PR会社と名乗る人には、パブリック・リレーションズの本来の意味を理解して発信や活動をしてほしい。
■11月27日の記者会見全文を2回に分けて掲載
(協力:株式会社クロスメディアコミュニケーションズ株式会社)
斎藤元彦代理人 奥見司弁護士による会見での冒頭説明全文 11月27日16時半~
PR会社メルチュとその社長がnoteに挙げられた記載内容は、仮に事実であれば公職選挙法等に違反するのではないかと指摘されています。代理人弁護士として、本日までに判明している事実をお答えいたします。代理人から説明する方法を取らせていただいたのは、本件については先週末以降調査を始め、各関係者から断片的な情報を集めているため、現時点で私が最も詳しく説明できる立場にあるからです。
斎藤氏とPR会社及び社長との関係を時系列で説明し、その後個別の問題点について説明します。斎藤氏は本年9月末頃、支援者から社長夫妻に会うよう勧められました。正確な日付は不明ですが、斎藤氏によると失職後、知事選挙に立候補することを考えていた時期とのことです。斎藤氏は支援者から、ボランティアとして協力してくれる方を探しているという説明を受け、社長夫妻が賛同したと聞いています。社長は兵庫県の委員を務めており、以前から斎藤氏と面識がありました。
斎藤氏がPR会社を訪れたのは9月29日で、滞在時間は17時30分から約1時間です。訪問前に斎藤氏からPR会社に事前準備を依頼した事実はありません。この席で、斎藤氏は選挙に出馬した場合にPR会社が協力しうる内容の説明を受けました。説明には、後に実際に依頼することになったポスター、チラシのデザインの他、SNSの利用についても話がありました。29日の話し合いは、斎藤氏が説明を聞いただけで終了しています。翌日以降、PR会社からいくつかのプランとその見積もりが提示されたと聞いています。見積書には、実際に注文するに至ったポスター、政策チラシ等の他に、YouTube用動画撮影等の項目があったとのことです。しかし、ノートに記載されているような「広報全般を会社に依頼する」「SNS戦略の策定」等の項目はなく、いずれも制作物の提案であったとのことです。
PR会社からの提案に対し、斎藤氏が依頼したのは請求書記載の5項目です。5項目に絞った理由について、斎藤氏は県民に伝えたかった公約をスライド、選挙に最低限必要と考えられたポスター、チラシのデザインに絞って依頼することにしたとのことです。当時は選挙運動を行う資金の目処も立っていなかったことも理由の一つです。社長がnoteに記載しているような「SNS戦略を依頼した」「広報全般を任せた」という事実はありません。個別に依頼をしましたので、契約書という書面は作成していません。注文は10月3日から10月9日頃にかけて、個別で行いました。
PR会社からの請求は、発行日が10月31日のもので、一通のみです。内容を確認後、11月4日に支払いを済ませました。以上がPR会社と斎藤氏の契約関係の説明です。
社長ご夫妻は、斎藤氏がPR会社を訪れた日以降、斎藤氏の考えに賛同し、応援活動をしてくれています。社長の活動として確認できているのは、公式応援アカウントの取得、記載事項のチェック、演説会場における動画撮影・アップロードなどです。これらは社長の夫、斎藤氏の同級生、その他選挙スタッフと話し合って行われています。社長はSNSに詳しいので、他のスタッフからの質問に答えたり、助言などもありました。これらはPR会社としての活動ではなく、選挙ボランティアの一員としてなされたものです。また、社長が主体的に裁量的に行ったものでもありません。当然、社長個人とは何の契約もありませんので、報酬の支払いもありません。
続きまして、社長のnoteの記載を受けて、一連の行為が公職選挙法・政治資金規制法に違反するのではないかという指摘についてです。斎藤氏はこれまで法に抵触するものではないと認識していると説明していますが、詳細を説明します。
まず、運動員買収に当たらないと考える理由です。斎藤氏とPR会社の契約内容は、メインビジュアル、政策チラシデザイン、ポスターデザイン、公約スライド、選挙広報デザインであり、いずれも政治活動及び立候補の準備行為として、法で対価を支払うことが認められている内容です。
選挙中における社長の活動は全てを確認できたわけではありませんが、仮に選挙運動に該当する行為があったとしても、選挙ボランティアまたは選挙運動員としての行動であり、報酬の支払いも約束もありません。よって、運動員買収には当たりません。
次に、特定寄付に当たらないと考える理由です。公職選挙法第199条は、地方公共団体と特別な利益を伴う契約の当事者が寄付を行うことを禁止しています。PR会社と兵庫県の間には、現在、選挙期間中ですが、特別な利益を伴う契約はないとの報告を受けています。社長個人は兵庫県の委員を務めていますが、県と委員の関係は委任契約であり、請負契約ではありません。委員としての活動に対する兵庫県からの支払いは、3年間で約15万円とのことです。公職選挙法第199条における「特別な利益」とは、契約規模が大きい、利益率が高い契約を指します。社長と県との委任契約が特別な利益を伴う契約と評価することはできないと考えます。以上から、PR会社、社長共に該当しないと判断します。
最後に、政治資金規制法に当たらないと考える理由です。斎藤氏とPR会社の契約内容は先に述べた5項目であり、支払いは完了しています。選挙期間中に社長が活動している点は、個人的に斎藤氏の選挙を手伝ってくれたものであり、PR会社から労務の無償提供を受けたものではありません。よって、政治資金規制法第21条が禁止する政治活動に関する寄付をしたという事実はありません。個人からの労務の無償提供は、政治資金規制法で禁止されていません。以上から、政治資金規制法上の問題もないと考えております。私からの説明は以上です。
質疑応答の全文は出来上がり次第アップ予定
*1 折田氏の動機となった日経新聞記事(noteに自ら説明しリンク先も掲載)
「斎藤氏、若者票は稲村氏の3倍 兵庫知事選でSNS拡散」(2024年11月17日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF15D1O0V11C24A1000000/
日経新聞の「400人の投稿スタッフ」はデマというより「ミスリード」。正確には「400人の支持者LINEグループの投稿スタッフ」ではないか。下記参照記事
「YouTubeの拡散指示が…」“支持者LINEグループ”の登録者に聞く 斎藤元彦氏再選の舞台裏【報道特集】 | TBS NEWS DIG
<参考サイト>
・折田氏note(2024年11月20日)
https://note.com/kaede_merchu/n/n32f7194e67e0
・斎藤元彦氏代理人弁護士記者会見(ノーカット) THE PAGE(2024年11月27日)