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ブルペンの極意 ヤンキースのエースに君臨する38歳の黒田博樹

一村順子フリーランス・スポーツライター
キャンプ初日を終えて、晴れやかな表情の黒田。

自主トレ、キャンプ、シーズン中。黒田が語る3種類のブルペン投球練習

先発投手の軸としてチームをプレーオフに導いた黒田が13日(日本時間14日)に、フロリダ州タンパでキャンプインした。オフにヤンキースと再契約。10日に38歳になった右腕はサバシア、リベラ、ペティートらと同組で溌溂とメニューをこなした。メジャーを代表する超豪華な顔ぶれに混じって、自然に振る舞っている姿をみていると、今更のように、38歳という年齢でヤンキースのエースに君臨している黒田の偉大さが感じられる。

ブルペンでは軽快に30球。「今日は投げただけ。これからですね。徐々に細かい作業に入っていくのは」と汗を拭った。

黒田はブルペン投球練習には3段階があるという。まずは、1月下旬に始まる自主トレでの1)『投げ込み期間』。「体を起こすというか、刺激を与えて、反応をみるんです」。今季もロスでの自主トレ中に5度ブルペンに入り、100球を超える投げ込みで、一旦肩をつくってキャンプに乗り込んできた。その後、キャンプで2)『仕上げ期間』に移行する。フォームを修正し、球の精度を高めていく。新しい試みを取り入れるのもこの時期だ。そして、開幕すると3)『調整期間』。メジャー移籍以来、黒田は登板間のブルペンの球数を「36球」に決め、コンディショニングを重視してきた。

ブルペンをアテにしない境地

黒田のブルペンに対する考え方に、強く印象づけられたことがある。プレーオフ進出への戦いが佳境に入った昨年9月。次回登板に備えて通常通りブルペンで36球を投げた後、メディアに対応した黒田が「今日の課題は何でしたか?」と問われた時だった。前回登板でシンカーの調子に不満そうだったこともあり、私も右腕がどう修正したのか興味があった。すると、意外な答えが返ってきた。黒田は真顔で「きょうは投げただけ。ブルペンでは、テーマとか課題を持たないようにしています」と言ったのだ。

テーマのないブルペン投球練習とは一体、どういうことなのか。一瞬耳を疑ったが、真意を問われた黒田は淡々と説明してくれた。

「いや、もうこの時期に来たら、大事なことは、次の登板にいい状態でマインドに上がることなんです。こうしよう、ああしようと、課題があれば、それが、出来るまで投げないといけなくなる。そうすると、必要以上に投げてしまう」

更に続けて、「大体、ブルペンをあんまり信じちゃダメなんです。ブルペンの調子が悪ければ、不安になるし、調子が良ければ良いで、実際の試合でそれが出来ないと、こんなはずじゃないのにと焦ってしまう。だから、最初からそんなに信用せんようにしてるんです」

「課題を持って練習しよう」とか「練習は嘘をつかない」というのは、常識的だが、右腕が語ったのは「課題を持つな、信用するな」と言う逆転の発想だ。練習の厳しさで定評ある広島カープ出身のベテランが言うからなお深みがある。過酷なペナントレースの終盤は、コンディショニングこそ命。黒田は、中4日の登板間は最大のパフォーマンスを引き出すための準備期間と捉え、今更、フォームや球筋、ボールの精度に必要以上に神経を使い過ぎて精神的にも肉体的にも消耗してしまう逆効果を説いた。そして、予測不可能なことが起こりうる実際の試合のマウンドで、その日の自分の状態に適応するためにも、ブルペンへの過信を戒めたのだ。

キャンプ初日はまだまだ試運転。これから徐々に仕上げていく
キャンプ初日はまだまだ試運転。これから徐々に仕上げていく

メジャーで成功するための変革、進化

「僕も若い時は投げました。キャンプ中は1日300球とか。シーズン中の登板間も50球位。ブルペンに2度入ることもありまし。先輩の大野さん、佐々岡さん、皆投げていたし、伝統だった。でも、メジャーでは、中4日で162試合投げ抜く調整をしないと先発ローテに残れない。だから、変えざるを得ないんです。完投することより、試合をつくって中4日で投げることが大事。だから、勝ち星より、200イニング登板にこだわるようになった。先発を2度飛ばせば、厳しいし、連続KO降板しても、難しくなる数字ですから」

広島時代よりシンカーを効果的に使うことで、メジャーで成功してきた黒田は、恐らく技術的には完成の域にいるのだろう。良い状態を保てば、自分のボールが投げられるという自信が、その根底にある。プレーオフが近づくと思い切って登板間のブルペンを回避し、休養を最優先させた。大リーグの先発投手として高評価されるのは、球数150球の炎の完投勝利より、クオリティスタート(6回3点以内)を重ねてシーズンを全うすることにある。黒田は、米国で求められる先発投手像を把握して、進化を遂げてきた。38歳という年齢と向き合いながら、162試合を投げ抜く道を模索し、その先に辿り着いたのが、敢えて「ブルペンを疎かに」することも厭わない独自の境地だった。

「200イニング登板も1シーズンだけなら沢山の人がやっているけれど、継続することが大事。この世界、怪我さえなければという選手は一杯いるが、継続して結果を出すのは大変。そういう意味で、去年イチローさんと一緒にやれたことは勉強になった」とも言った。

昨年2年連続200イニング登板を達成した黒田は、プレーオフも含めると235回2/3という驚異のイニングを投げ抜いて、自己最多16勝を挙げた。2010年もわずかに大台に届かない196回1/3を投げた。最終登板試合で七回1死で一旦降板した右腕は記録に気付いたコーチから「投げるか?」と続投を薦められたが、結局、投げずにシーズンを終えている。「1度気持ちを切ってしまったので。でも、今となれば、ちょっと後悔しています」と打ち明けた。ともあれ、実質、平均3年連続200イニング登板と言ってもいいだろう。

黒田は過去3年1度も故障者リストに入っていない。今季も背番号「18」は、黙々とマウンドに上がり続けることだろう。勝っても負けても登板間に「36球」のブルペン投球練習を挟みながら。ヤンキースのエースとしてチームをワールドシリーズに導く為にー。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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