なぜ人類は「大人」になるのが遅くなったのか
池田満寿夫は「若さ」を蜃気楼にたとえ、サミュエル・ウルマンは「青春」を人生のある時期ではなく「心の持ち方、心のありよう」といった。
思春期はいつからいつまでか
厚生労働省は「健康日本21」で人間の人生を6つに区切っている。いわく「幼年期・少年期・青年期・壮年期・中年期・高年期」だ。健康日本21の資料ではそれぞれの世代の年齢は明示していないが、資料中の他の項目から当てはめれば、幼年期0〜5歳、少年期6〜15歳、青年期16〜25歳、壮年期26〜45歳、中年期46〜65歳、高年期66歳〜となる。
こうした年齢層の区分けをまたぐ、あいまいな表現として「思春期(Adolescence)」という年代がある。よく「難しい」年代ともいわれる思春期だが、その定義は意外にはっきりとしていない。
思春期というのは、身体生理的にいえば、第二次性徴の発現から長骨骨端線の閉鎖で終わる時期とされる。つまり、男性では精巣が、女性では卵巣がそれぞれ発育し、精巣からはテストステロンやアンドロゲンが、卵巣からはエストロゲンが分泌され始める時期から、大腿骨などの骨の成長が終わるまでの時期(puberty)のことだ。
WHO(世界保健機関)は思春期について、心理的・社会的な側面から総合的に捉え、以下の3つの方向から定義している。
1)二次性徴の出現から性成熟までの段階。
2)子どもから大人に向かって発達する心理的な過程、ならびに自己認識パターンの確立段階。
3)社会経済上の相対的な依存状態から完全独立するまでの過渡期。
年齢で思春期を区分けすることは難しく、身体的心理的な発達状態、行政や法律など社会制度、通過儀礼などの文化的な許容といった多種多様な定義がある。また、思春期を過ぎれば、厚労省やユングの定義における壮年期、つまり大人になるかといえば、必ずしもそうではない。
思春期を無理に年齢に当てはめるとすれば、これまでそれは14〜19歳までとされてきた。20歳になれば日本では飲酒喫煙もでき、社会的にも責任が生じる。日本の民法や少年法では20歳に満たない者を少年(未成年)といい、満20歳以上を成人としている。
ただ、未成年と成人の区別は国によって違う。日本では公職選挙法改正により2016年6月から18歳以上に選挙権があり、さらに成人年齢を20歳から18歳に引き下げる民法の改正案も国会に出されている。
高齢化と晩婚化の影響
一方、少なくとも先進諸国では、医薬の進歩で病気にかかるリスクや治癒できる可能性が高まって寿命が伸び、栄養摂取の環境も良くなって経済的な理由による飢餓も減ってきている。発展途上国でもこの傾向は加速し、世界的な格差は今後どんどん縮まっていくだろう。
社会の中では様々な矛盾や阻害が生じ、豊かさの裏側で経済格差や健康格差が進んでいるのも確かだ。グローバルな視点では一見、格差が縮まっているように見えるが、それはそれぞれの国に矛盾や阻害を内包させているだけかもしれない。
不健康でも長寿という状態でもいいのなら、世界全体としてその傾向はある。だが、たとえ長寿でも寝たきりの老人が増えれば、それは社会的なコストへとつながり、若い世代への負担が増える。日本で健康寿命の延伸が求められているのはそのせいだ。
一方、日本では1980年代あたりから登校拒否が教育現場で問題化し始めた。彼らはすでに中高年にさしかかり、その年代のひきこもりについて議論が起きている。これは敗戦後から高度成長期へと続く世代間の問題なのではないかという指摘(※1)もあるが、各社報道によれば政府(内閣府)はひきこもりの高齢化問題について2018年度に初めての全国調査(40〜59歳)を実施するようだ。
ひきこもりは若い世代に特有の問題ととらえ、政府はこれまで39歳までのひきこもりを調査してきた。だが、ひきこもりの長期化が進み、いわゆる「8050問題(80代の親と50代の子)」は今後、大きな社会問題になっていく可能性がある。また、ひきこもり問題は日本で最初に報告されたが、先進諸国で普遍的にみられ、これから顕在化していくのではないかと考えられている(※2)。
さらに、栄養状態が良くなったために先進諸国では総じて女性の初潮の年齢が下がってきている一方、晩婚化によって親子の年齢はそれぞれ上がってもいる。これにともない、年齢層の区切り方についての議論が起きている。
24歳までが思春期か
オーストラリアのメルボルン大学などの研究者が米国の医学雑誌『The LANCET Child & Adolescent Health』オンライン版に出した論文(※3)によれば、思春期(Adolescence)が24歳まで続くと考え、人生で不安定なこの時期を10〜24歳までと定義すべき、と述べている。こうした意見が出る背景にあるのは、世界的に多数派であるこの世代(※4)が将来、健康や福祉などに大きな影響を与えていくだろうという予測だ。
2013年における世界の10〜24歳の国別人口を色分けした。15%以下は日本、ドイツ、スペイン、イタリアなど。中東やアフリカ諸国でこの世代の人口が多いことがわかる。Via:Susan M. Sawyer, et al., "Our future: a Lancet commission on adolescent health and wellbeing." The LANCET, Vol.387(10036), 2423-2478, 2016
多くの国や社会では、法的に責任が生じるのは18〜20歳だが、実質的に大人と認識され、受け入れられるのはそれ以降となる傾向がある。さらに、寿命が伸び、乳幼児の死亡率が下がり、教育や結婚、出産などの時期、親子関係などが高齢化し、交通や通信がグローバルに発達進化し続ける中、10〜19歳が終われば成人して大人という従来の定義では対処しきれなくなっていくのではないかと研究者はいう。
一般的に、我々は大人になる前の結婚や育児、経済的な自立といった段階に進む際に「半依存的な状態」に置かれることがある。それが以降も継続してしまうのがひきこもり状態だが、この世代に対するケアが必要なのは日本に限ったことではない。
思春期を終え、スムーズに大人になるために、社会の認識も変えなければならないと研究者はいう。世界中に半依存の中高年が増えていく未来など誰も見たくはない。
※1:Ellen Rubinstein, "Emplotting Hikikomori: Japanese Parents’ Narratives of Social Withdrawal." Culture, Medicine, and Psychiatry, Vol.40, Issue4, 641-663, 2016
※2:Alan R. Teo, et al., "Identification of the hikikomori syndrome of social withdrawal: Psychosocial features and treatment preferences in four countries." International Journal of Social Psychiatry, Vol.61, Issue1, 2015
※2:Takahiro A. Kato, et al., "Boundless syndromes in modern society: An interconnected world producing novel psychopathology in the 21st century." Psychiatry and Clinical Neurosciences, Vol.70, Issue1, 1-2, 2016
※3:Susan M. Sawyer, et al., "The age of adolescence." THE LANCET, Child & Adolescent Health, .doi.org/10.1016/S2352-4642(18)30022-1, 2018
※4:10〜24歳の世界の人口は約18億人で全人口の約1/4