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尹錫悦前検察総長は大統領になれるか? その可能性を検証する!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
大統領選挙への出馬が確実視されている尹錫悦前検察総長(韓国検察庁のHPから)

 来年3月に予定されている韓国大統領選挙への出馬が噂されている尹錫悦(ユン・ソッキョル)前検察総長が昨日(29日)、「文政権は権力を私有化しているだけでなく、執権を延長し、引き続き国民を略奪しようとしている。我々は腐敗した無能な勢力の延長と国民略奪を防がなくてはならない。政権交代しなければならない」と力説し、「私は国民と国家の未来に全てを捧げるつもりである」と事実上の出馬宣言を行った。

 記者会見ではなぜ大統領選に立つのかについての言及はなかったが、どの世論調査でも支持率でトップに立っていることが動機になっているのは間違いない。では、尹氏は大統領になれるだろうか?なれるとすれば、その根拠は何か?また、なれないとするならば、その理由は?それぞれ5つずつ挙げてみよう。

大統領になれる根拠としては以下5点が挙げられる。

 第一に、国民の間に待望論があることだ。

 先の野党第1党「国民の力」の代表(党首)選では国会議員の経験がない若干36歳の李俊錫(イ・ジュンソク)氏が選出され、韓国の政界に大きな衝撃を与えた。国民がいかに斬新な指導者を求めているかが窺い知れる。

(参考資料:「金大中」の再来か アッと驚く韓国の「政変」国会議員でない36歳の若者が最大保守野党の党首に!?)

 尹錫悦氏の支持率は昨年11月に与党「共に民主党」の候補である李洛淵(イ・ナギョン)代表と与党系の李在明(イ・ジェミョン)京畿道知事を抜いて初めて1位となった。国会議員でもない、政治キャリアのない検察総長が次期大統領最有力候補に躍り出たのは国民が既存の政治家に飽き飽きしていることへの裏返しでもある。

 尹錫悦氏は直近の世論調査会社「リアルメータ―」の調査(6月24日発表)でも32.3%の支持を得て、2位の李在明氏を約10ポイントも引き離し、1位をキープしている。保守の朴槿恵政権に対しても、進歩の文在寅政権に対してもおもねることなく、立ち向かってきたことに対する国民の期待の表れでもある。

(参考資料:韓国の次期大統領候補に尹錫悦検察総長が急浮上! 最新世論調査で判明!)

 第二に、大統領選では野党が与党よりも基礎票で上回っていることだ

 前回の大統領選挙では文在寅大統領が当選したが、得票率は50%を大きく下回り、41%だった。それでも当選できたのは保守陣営から3人の候補が出馬したからである。即ち、文大統領の勝利は漁夫の利による。

 保守票は洪準杓(ホン・ジュンピョ)候補(24.03%)、安哲秀(アン・チョルス)候補(21.41%)、そして兪承泯(ユ・スンミン)候補(6.76%)に分散されたが、仮に保守陣営が候補を一本化していたならば52.2%の得票率で保守大統領が誕生したはずだ。

 第三に、「反文在寅政権」の受け皿になっていることだ。

 尹氏は記者会見で「10のうち9まで考えが異なっても残り1つは、政権交代という一点で力を合わせなくてはならない」と「反文在寅」勢力の結集を呼び掛けていた。

 「反文在寅」は保守層だけでなく、与党支持層や進歩層にも顕在している。その与党支持層からは正義、公正に反した文政権への失望や不動産政策などへの不満から離反が起きている。また、与党支持層は「盧武鉉系列」と「金大中系列」が混在しているが、今の文在寅政権は盧武鉉政権の流れを汲んでいるため非主流に追いやられた「金大中系列」には不満がくすぶっているのも事実だ。

 尹氏自身はソウル出身だが、祖父も父もこれまで一人も大統領が輩出されていない忠清道出身である。当然、忠清道はこぞって尹氏を応援するだろう。仮に尹氏が保守の地盤である慶尚道に加え、金大中系の牙城である全羅道でも一定の支持が得られれば、圧倒的に有利となる。保守は朴槿恵政権時代の全羅道での支持率は10%に留まっていたが、尹氏は最近の世論調査では全羅道で30%に迫る支持を得ている。

 第四に、大統領選の前哨戦である4月のソウル市長選と釜山市長選で「国民の力」の候補が圧勝したことだ。

 首都・ソウルの市長選挙では「国民の力」の呉世勲(オ・セフン)候補が得票率57.5%の得票を得て、「共に民主党」の朴映宣(パク・ヨンソン)候補(39.2%)を大きく引き離し、当選しており、また、第二の都市・釜山でも朴亨ジュン候補が64%と、与党の金栄春(キム・ヨンチュン)候補が(33%)にダブルスコアに近い差を付けて当選している。

 最後に、時の大統領や政権に忖度せず、不正腐敗と権力型不正を暴く姿勢が評価されていることだ。

 尹前検察総長は進歩政権であれ、保守政権であれ、容赦することなく不正を徹底的に追及し、暴いてきたことで知られている。実際に、李明博(イ・ミョンパク)元大統領と朴槿恵(パク・クネ)前大統領の不正を暴く一方で、大統領選挙に介入した情報機関の国家情報院前院長や朴政権の指示により慰安婦問題の判決を遅らせた最高裁長官まで逮捕するなど「生きた権力」にメスを入れてきた。こうしたリーダシップや姿勢への国民の共感が尹氏を後押ししているようだ。

 では、大統領になれない根拠は何か?公平に5つずつ挙げてみる

 第一に、支持率が失速する可能性があることだ。

 大統領選挙は来年3月に予定されている。それまで支持率トップの座を維持できる保証はない。支持率は泡、バブルみたいなものである。現に、昨年8月まで支持率1位だった李洛淵前代表が今では3位に低迷している。

 尹氏の支持率上昇は土地価格の上昇を抑えられなかった不動産政策をはじめとする文政権のオウンゴール(失政)によるところが大きい。仮にワクチン接種が進み、新型コロナウイルスの感染を収束させ、4%の経済成長率を成し遂げ、さらには関係悪化していた北朝鮮との関係が改善されれば、与党候補の支持率が上がり、その反動で尹氏の支持率が急落することもあり得る。

 第二に、スキャンダルが発覚すれば、致命傷になることだ。

 韓国では政治家は誰でも叩けば、埃が出ると言われている。尹氏自身は金銭面を含めて清潔だとしても夫人や義母の疑惑が取り沙汰されているのが気になる。今、世間を騒がせている「尹錫悦Xファイル」(尹錫悦疑惑)の一つでも事実として発覚すれば、世間から指弾されるのは目に見えている。曹国氏が娘の不正入学で世間から袋叩きにされ、失脚したのも法相の立場にあったからに他ならない。

 不正を暴き、罰しなければならない法の番人の妻や義母の不正が発覚すれば、あるいはそうした不正を見逃していたことなどが明らかになれば、大統領レースから降りざるを得ないだろう。

 実際に、前回の大統領選挙でも最有力候補と目されていた潘基文(パン・ギムン)前国連事務総長は大統領選の前年の2016年(11月末)までは17.3%の支持を得て、1位の座にあったが、閣僚在任中の2005年と国連事務総長就任直後の2007年に韓国の実業家から計23万ドル(約2700万円)の裏金疑惑が取り沙汰されたこともあって年が明けると、2位に落ち、ついに2月には勝ち目がないと思ったのか、5月の本戦を待つことなく、出馬断念に追い込まれてしまっている。

 第三に、検察官という負のイメージを背負っていることだ。

 「共に民主党」の非常対策委員長として2016年の総選挙では党を国会第1党に導き、先のソウル市長選と釜山市長選では「国民の力」を勝利に導いた選挙の請負人である金鍾仁(キム・ジョンイン)前非常対策委員長は「古今東西、検察官が大統領になったことはない」とコメントしているが、韓国の検察は容疑者を捜査、起訴、そして裁判で有罪に持ち込む「アンタッチャブルな怪物」と言われるぐらい「泣く子も黙る」絶対的な権力を持っている。それがゆえに韓流ドラマや映画では善人よりも悪人、敵役として描写されるケースが多い。

 過去に朴正煕政権から全斗煥・盧泰愚政権にまたがる軍事独裁政権下で独裁者の僕となり、多くの冤罪事件を引き起こしたことへの抵抗感が今も国民の中にあれば、検察総長の経歴がマイナスに作用するかもしれない。

(参考資料:電撃辞任した韓国検察総長に関する世論調査 政界進出は「適切」と「不適切」が拮抗!)

 第四に、野党が国政選挙で4連敗していることだ。

 野党「国民の力」は「ハンナラ党」時代の2016年の国政選挙と2017年5月の大統領選挙、そして「未来統合党」時代の2020年4月の国政選挙で「共に民主党」に3連敗している。これに2018年の統一地方選挙を入れると、実に4連敗中である。

 国民の直接選挙による大統領選挙は組織力の勝負であるが、国会の議席数では「共に民主党」の180議席に対して「国民の力」は103議席。首都・ソウルの選出議員に限っては「共に民主党」の41人に対して8人である。広域自治体の首長も17人のうち14人までが「共に民主党」で、基礎自治体首長の226人のち151人が「共に民主党」に占められており、組織力としては劣勢である。尹氏自身も昨日の記者会見で「巨大な議席と利権カルテルの護衛を受けているこの政権は屈強である」と認めているからこそ「反文政権」による「政権交代」の一点で団結するよう訴えているわけである。

 最後に、李在明知事が手強いことだ

 仮に与党の候補が李在明・京畿道知事に一本化されれば、尹氏が勝利する可能性は遠のくかもしれない。尹氏よりも4歳若い李氏は上流階級出身の尹氏とは異なり、家が貧しく、小学校卒業後は中学に進学できず、工場で工員として働き、その後、独学で中央大学法学学士を取得し、25歳で司法試験に合格した苦労人である。選んだ道も検察官の尹氏とは正反対の弁護士である。

 「韓国のトランプ」と称されるぐらい歯に衣を着せぬ大胆な発言が持ち味で、「政経癒着し、労働を弾圧し、中小企業を苦しめる財閥を解体させなければならない」等の発言は溜飲を下げる「サイダー」のような感じで国民の受けが良い。そのうえ、経済政策は民主党大統領候補だったバーニー・サンダース上院議員に似ている。特に若者向けの年間5万円の商品券や中学に入学する生徒への制服の無料提供など福祉にも力を入れ、若者から絶大な支持を得ている。

 破綻寸前の市の財政を立て直すなどその行政手腕は市民からも高い評価を受けている。さらに、保守の牙城である慶尚北道・安東出身であることも利点となっている。加えて、京畿道の人口はソウル(980万人)よりも385万人も多い大票田であり、与党の国会議員は「国民の力」の7人に対して51人と、7倍以上も多い。

 世論調査でも支持率が拮抗していることからも明らかなように李氏は尹氏にとっては最大の強敵となっている。

(参考資料:来年の大統領選挙で与党の李在明・京畿道知事が当選したとしても文大統領の監獄行きは避けられない!?)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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