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米国「石炭との戦争」勝因は何か

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 地球の温暖化を少しでも押しとどめるため、二酸化炭素の排出量を抑制する政策が各国で採られているが、その点で石炭火力発電による二酸化炭素排出は頭痛の種だ。だが、米国では10年間で発電用の石炭使用量が激減しているらしい。その理由について新たな研究が出た。

日本の天然ガス輸入量は世界の約31%

 温暖化の抑制のため、各国は多種多様な環境政策を採っている。日本では、一定以上の温室効果ガスを排出する事業者などに対し、排出量の算定と報告を義務づけ、電力業界に対しても2030年度に設定した二酸化炭素の排出係数0.37(kg-CO2/kWh、※1)を達成するように要望している。

 これはエネルギー政策とのバランスが必要で、とりわけ電力の需給でどんな発電方法をするかが重要だ。日本では2011年の東日本大震災を契機に原子力発電量がほぼゼロになっているが、その分、増えたのが天然ガス(LNG)と石炭火力だ。

 日本では自然(再生可能)エネルギーの伸びは少なく、電事連の資料によれば2015年度で約15%(※2)だが、世界全体では同年すでに約19.3%を供給している(※3)。国の方針によるものだろうが、日本では自然エネルギーへの政策的な誘導が脆弱で投資額もまだまだ少ない。

 いずれにせよ、世界経済が成長し、エネルギー需要が増えているが、二酸化炭素排出量が比例して増えていない背景には世界的な自然エネルギーの利用増が大きく影響している。また、石油や石炭に比べ、発電時に二酸化炭素や窒素酸化物などの発生が少ない天然ガスの存在も見逃せない。

 天然ガスの一次エネルギーに占めるシェアは、世界と日本で約24%前後になっている。日本の天然ガスが割高ではないかという批判もあるが、これは日本の天然ガスの輸入価格が原油の輸入価格を指標とする長期契約方法と為替レートの変動のためだ。日本へ運ばれる天然ガス(液化天然ガス)の輸出元は、オーストラリア、マレーシア、アラブ首長国連邦がトップ3となり、日本の天然ガス輸入量は世界の約31%を占めている。

 万が一事故を起こしたときの影響と廃棄物処理の困難さを考えれば、経済原理から考えても原子力発電に基幹的な発電エネルギーとしての未来はない。新たな発電所の建設も不可能な状況であり、日本としても自然エネルギーや化石燃料発電方法のイノベーションに注力すべきだろう。

米国の大気汚染対策と経済原理

 こうしたエネルギー事情に関して新たな研究(※4)が出た。米国のノースカロライナ州立大学などの研究者による米国での試算で、2007年以来、米国での石炭火力発電量は1/4も減少したという内容だ。

 研究者は全米の発電地域ごとに2008年から2013年にかけ、発電総量における石炭火力発電量の割合を調べた。その結果、同期間で石炭火力発電量は、約50%から約30%にまで減少していたことがわかったという。

 これは米国政府による大気汚染環境対策の成果と考えることもできるが、研究者は違う結論を導き出した。それは同期間に天然ガスの価格が下がり、風力発電の発電量が増えたことが主な原因だったというものだ。

 米国のオバマ政権は二酸化炭素排出量の規制を強化し、いわゆる「石炭との戦争(War on Coal)」を仕掛けて経済保護や温暖化などの観点から米国内で議論となった。その後のトランプ政権は、オバマ政権の温室効果ガス排出規制を撤廃し、石炭との終戦宣言を出している。

 今回の研究は、この議論に対しても一石を投じるものだ。つまり、オバマ政権の石炭火力発電への規制政策が発電量を押し下げたのではなく、天然ガスの値下がりや風力発電の増加といった経済原理が大きな要因だったことになる。

 これに関係し、先日、米国は大気汚染物質排出量の削減率で優等生だったことがわかったという観測結果が出た(※5)。衛星観測情報などを統合して米国大気研究センターやNASA、日本の海洋研究開発機構などが米国の大気汚染物質排出量の推移を評価したところ、2005〜2009年と比較した2011〜2015年の米国の排出量の削減率が大幅に低下し、窒素酸化物(※6)も76%低下していたことがわかったという。

 地球温暖化対策については、政府の規制よりも経済原理のほうが効果的だったということになるが、経済の動きを恣意的にコントロールすることは難しい。トランプ政権は温暖化対策に否定的だが、米国はこの流れが逆行しないようにするべきだろう。

※1:政府が目指す2030年度の長期エネルギー需給見通しに基づく、二酸化炭素削減目標の数値(使用端)。政府が示した見通しであり、政府や事業者、国民の協力によって実現する見通しとなっている。日本の2014年の係数は0.51。同年の中国0.66、米国0.48、ドイツ0.45、英国0.39、イタリア0.34、カナダ0.15、フランス0.03。

※2:電気事業連合会:「電気事業からのCO2排出量等について」:2017年6月16日(2018/05/06アクセス)

※3:REN21:「自然エネルギー世界白書2017」:2017年10月27日(2018/05/06アクセス)

※4:Harrison Fell, et al., "The Fall of Coal: Joint Impacts of Fuel Prices and Renewables on Generation and Emissions." American Economic Journal: Economic Policy, Vol.10(2), 90-116, 2018

※5:Zhe Jiang, et al., "Unexpected slowdown of US pollutant emission reduction in the past decade." PNAS, doi.org/10.1073/pnas.1801191115, 2018

※6:一酸化窒素(NO)と二酸化窒素(NO2)などを含む窒素の酸化物

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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