「大量リストラ」「サブスク衰退」相次ぐ米メディア、AI激変への生き残り策は?
「大量リストラ」「サブスク衰退」が相次ぐ米メディア、AIによる激変の生き残り策は――。
米国では、メディア業界の大規模リストラが進行中だ。2023年だけで2万人を超すリストラが行われ、年明けからもロサンゼルス・タイムズだけで100人超など、深刻なリストラ報道が相次ぐ。
メディアが生き残り策の中核に据えてきたネット課金(サブスクリプション)モデルは行き詰まりを見せ、撤退や後退をする例が続く。
ネット課金の成功例として購読者1,000万人超を誇るニューヨーク・タイムズも、スポーツ部解体などの組織再編を断行した。
さらに、生成AIが環境激変を加速する。メディア業界の、生き残り策の行方は?
●雪崩をうつ大量リストラ
ロサンゼルス・タイムズは1月23日付の記事で、同紙の大規模リストラを、そう伝えている。
米西海岸の名門紙ながら混乱が続いていたロサンゼルス・タイムズは、医師で起業家のパトリック・スンシオン氏が2018年、5億ドルで買収した。
だが、年間3,000万~4,000万ドルの赤字が続いてきたことを受け、2023年6月に社員の13%に当たる74人のリストラを実施している。年明けのリストラは、これを上回る規模となった。
今回のリストラに先立ち、編集長のケビン・メリダ氏がスンシオン氏と運営方針を巡って対立。年明けに、突如、辞任を表明していた。
メディアサイト「ポインター」によれば、1月23日に明らかになったメディアのリストラはロサンゼルス・タイムズだけではなかった。
間もなく創刊101年を迎える老舗のタイムでも同日、組合員の約15%、30人ほどのリストラが明らかにされた。
同誌は、セールスフォース創業者のマーク・ベニオフ氏夫妻が2018年、1億9,000万ドルで買収している。
ナショナルジオグラフィックも同日、リストラを実施。ヴォーグやGQを擁するコンデナストも、社員の5%、300人のリストラ計画が明らかになっており、この日、組合のストライキが実施された。
AIを使った生成記事を公表せずに掲載していたことが明らかになり、混乱の渦中にあったスポーツ・イラストレイテッドも1月19日、運営元のアリーナ・グループによる大規模リストラが報じられた。
※参照:「AI幽霊ライター」が続々と徘徊、大リストラが襲う老舗メディアの“怖い話”とは?(11/30/2023 新聞紙学的)
米調査会社「チャレンジャー・グレイ&クリスマス」の1月4日の発表によると、米メディア業界の2023年のリストラは2万1,417人。2022年の3,774人に比べて467%の増加となった。
新型コロナ禍の2020年の3万711人、リーマンショック後の2009年の2万2,346人に次ぐ規模のリストラとなった。
さらに2024年1月だけでも、メディア業界で836人、このうちニュース部門は528人のリストラが行われている。
●「今後、さらに深刻な衰退期」
ワシントン・ポストの新発行人兼CEOのウィリアム・ルイス氏は、ネットメディア「セマフォー」編集長、ベン・スミス氏との1月26日付のインタビュー記事で、そう述べている。
1月2日付で就任したルイス氏は、2020年までダウ・ジョーンズCEOとウォールストリート・ジャーナル発行人を務めたメディア業界のベテラン。一方のスミス氏も、米バズフィード・ニュース創刊編集長から、ニューヨーク・タイムズのメディアコラムニストを経て、セマフォーを立ち上げたこの道のプロだ。
メディア業界はリーマンショックによる深刻な広告収入の落ち込みを経て、広告モデル依存から、ネット課金モデルの拡大へと、10年以上にわたって注力してきた。
アマゾン創業者、ジェフ・ベゾス氏が2013年に2億5,000万ドルで買収したワシントン・ポストも、その5カ月前にネット課金導入を表明していた。
2020年米大統領選の際にはネット課金で300万人を獲得した。だが、この時をピークに、その数は250万件まで落ち込んだという。
トランプ政権下での対決姿勢が契約増の追い風となる「トランプ景気」が、バイデン政権で消え去った。
その結果、2023年に1億ドルの赤字見込みとなり、退職募集により2,500人の従業員のうち1割近い240人のリストラを実施した。
そんなワシントン・ポストの再生を引き受けたルイス氏の前職、ウォールストリート・ジャーナルは、主要メディアでは最も早く、1997年からネット課金を導入した成功例だ。
そのルイス氏が、ネット課金が「深刻な衰退期」に入ると指摘する。
「多くのメディアは、ようやくデジタルのサブスクモデルに慣れてきたばかりだ。それが衰退となると、次は?」とのスミス氏の問いかけに、ルイス氏はこう答えている。
●相次ぐネット課金の後退
ニュースメディア「アクシオス」の2月6日付の記事によれば、ネット課金から撤退や後退を表明しているのは、ワシントン・ポストだけではない。
すでに、上述のタイムも、2023年4月にネット課金からの撤退を表明、6月から実施している。
タイムは2011年にネット課金を開始。2021年に従量制にするなどし、ネット課金で25万人を集めていたという。タイムには130万の紙の購読者もいる。
大手メディアではこのほかに、USAトゥデイが2021年7月にネット課金を導入したが、その後、課金対象コンテンツを当初の3分の2に減少させているという。
ネットメディアでも同様の動きがある。
米ヤフー傘下のテクノロジーメディア「テッククランチ」は、2019年に開始した月額15ドルの課金サービス「テッククランチ+」を2024年2月いっぱいで終了すると明らかにした。
ビジネスメディア「クォーツ」も、2022年にネット課金から撤退している。
●「サブスク疲れ」の果てに
ネット課金は、激戦区だ。ユーザーは、様々なネット課金をいくつも抱え、「サブスク疲れ」に陥っている。
米カーニー消費者研究所が2022年3月に発表した調査では、回答者の54%が、サブスクの支出を月額50ドル以下に抑えたいと回答している。
分野ごとの契約数では、音楽・動画(スポティファイ、ユーチューブなど)を1件以上契約しているとの回答が92%と圧倒的だ。次いでストリーミング(ネットフリックスなど)が72%、ゲームが68%、ショッピングが55%。これに対して、ニュース(紙とデジタル含む)は39%にとどまっていた。
米マーケティング会社「C+Rリサーチ」が同年5月に明らかにした調査では、回答者のサブスク支出の予想額は平均で月額86ドルだったのに対して、実際の支出額の平均は219ドルと、2.5倍超の開きがあったという。
ユーザーはサブスクを整理したがっている。
一方で、すでに多数のユーザーを抱えるネットフリックスやディズニー+は、広告モデルを導入し、さらなる拡大に乗り出す。
メディアは、音楽・動画、ストリーミングがしのぎを削るネット課金で、ユーザー獲得の高い壁に行き当たっている。
「ニュース不信」「ニュース疲れ」も、その壁をさらに高いものにしている。
米ギャラップが2023年10月19日に発表したマスメディアの信頼度調査では、「信頼している」は過去最低の2016年と並ぶ32%だった。
英オックスフォード大学ロイター・ジャーナリズム研究所による世界46カ国を対象とした2022年の調査では、「ニュースを意識的に避けている」との回答が2017年の29%から、38%へと増加していた。
米ピュー・リサーチが2023年10月24日に発表した調査結果でも、「ニュースをしっかりフォローしている」人々は、2016年3月の51%から、2022年8月には38%に落ち込んでいる。
※参照:「ニュースを見るのが嫌」38%のユーザーが伝えたい、その切実な本音とは?(06/17/2022 新聞紙学的)
●1,000万ユーザー獲得のニューヨーク・タイムズ
メディアの生き残り策の、突出した数少ない成功例はある。米ニューヨーク・タイムズだ。
2月7日に発表した決算によれば、2023年末時点で、ネット課金は970万人、紙の購読者を合わせると1,036万人。ネット課金の収益が初めて10億ドルを超えたという。2027年末までに購読者数1,500万人達成の目標を掲げている。
同紙が2011年に本格的なネット課金に乗り出してから13年。そのニューヨーク・タイムズも安泰というわけではない。
2023年7月には、買収したスポーツサイト「ジ・アスレチック」に押し出される形で、35人超の記者と編集者を擁したスポーツ部の解体が明らかになっている。
※参照:サブスク1,000万件,NYタイムズが3年で倍増のわけとは(02/03/2022 新聞紙学的)
ネット課金を同紙CEOとして推進した立役者が、2023年10月にCNNのCEOに就いたマーク・トンプソン氏だ。トンプソン氏は、CNNでもネット課金導入の可能性を明らかにしている。
だが上述のように、大半のメディアでは、ネット課金の壁は高い。その中で、改めて注目を集めるのが、ワシントン・ポストのルイス氏も挙げたガーディアンの寄付モデルだ。
同紙は一貫してネット課金モデルはとらず、寄付モデルを続けている。
2023年には、年末の約6週間だけで米国の読者から220万ドルの寄付を集めることができたという。
●プラットフォームも「ニュース離れ」
メディアの行き詰まりの解決策が、プラットフォームに見いだせるわけでもない。
プラットフォームはすでに、相次いで「ニュース離れ」の姿勢を明確にしている。
※参照:「ニュースを捨てる」Meta、Google、X、相次ぐ表明の理由とは?(09/29/2023 新聞紙学的)
さらに、AIによるメディア環境の激変は、加速度的に進む。
バスフィードは2023年4月、スミス氏が創刊編集長を務めたニュース部門の閉鎖を明らかにし、AIを使った記事作成に注力する。
※AIが大手メディアのジャーナリストを追い払う、その実態とは?(07/06/2023 新聞紙学的)
生成AIがメディアサイトの「障害」になるリスクも指摘される。
グーグルは、検索結果の表示に生成AIを組み合わせた「検索生成」を試験的に導入している。「検索生成」では、生成AIが要点をまとめて示すため、ユーザーがさらに情報提供元のメディアサイトにアクセスする必要が薄れる。
ウォールストリート・ジャーナルは2023年12月14日付の記事で、メディアサイトへの流入の約40%を占めるグーグルが検索生成を本格的に展開した場合、メディアは20%から40%の流入減少を被るだろう、との見立てを示している。
その変化の波をつかむメディアもある。
英トムソン・ロイターは2024年2月8日に発表した第4四半期決算で、法律データベースなどの生成AI対応サービスや、AI関連のコンテンツライセンス契約が後押しし、事前予想を上回る収益となった、としている。
AIの学習のためのコンテンツライセンス契約は、AP通信や独アクセル・シュプリンガーも、チャットGPTの開発元、オープンAIと締結している。
ニューヨーク・タイムズは逆に、AIの学習用に同社のデータを無断利用したとして2023年12月、マイクロソフトとオープンAIを訴えた。
メディアが、変化のスピードに対応できるかどうか。それが、問われている。
(※2024年2月12日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)