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JOC竹田会長「訴追」が招く東京五輪の危機

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 フランスの司法当局が、日本オリンピック委員会(JOC)竹田恒和会長を東京2020オリンピック・パラリンピック(以下、「東京五輪」)招致に絡む贈賄容疑で訴追に向けての予審手続を開始したと、仏紙ルモンドなどフランスメディアが報じている。

 カルロス・ゴーン氏が特別背任等で追起訴された直後であり、この時期のフランス当局の動きがゴーン氏に対する捜査・起訴への報復との見方も出ている。

 このJOCによる五輪招致裏金疑惑問題については、2016年にフランス当局の捜査が開始されたと海外メディアで報じられ、日本の国会でも取り上げられた時点から、何回かブログで取り上げ、JOCと政府の対応を批判してきた。

東京五輪招致疑惑の表面化

 問題の発端は、2016年5月12日、フランス検察当局が、日本の銀行から2013年7月と10月に、2020年東京オリンピック招致の名目で、国際陸上競技連盟(IAAF)前会長のラミン・ディアク氏の息子に関係するシンガポールの銀行口座に約2億2300万円の送金があったことを把握したとの声明を発表したことだ。

 この問題が、AFP、CNNなどの海外主要メディアで「重大な疑惑」として報じられたことを受け、竹田会長は、5月13日、自ら理事長を務めていた東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会(2014年1月に解散、以下、「招致委員会」)としての支払の事実を認めた上で、「正式な業務契約に基づく対価として支払った」などと説明した。しかし、この説明内容は極めて不十分で、東京五輪招致をめぐる疑惑に対して、納得できる説明とは到底言えないものだった。

 フランス検察当局の声明によれば、送金した先がIAAF前会長の息子に関係する会社の銀行口座であるという事実があり、それが2020年五輪開催地を決定する時期にあまりに近いタイミングであることから、開催地決定に関して権限・影響力を持つIOC(国際オリンピック委員会)委員を買収する目的で行われた不正な支払いだった疑いがあるとのことだった。問題は、招致委員会側に、そのような不正な支払いの意図があったのか否かであり、そのような意図があったのに、それが秘匿されていたのだとすれば、JOCが組織的に開催地決定をめぐる不正を行ったことになり、東京五輪招致をめぐって、極めて深刻かつ重大な事態となる。

 私は、ブログ記事【東京五輪招致をめぐる不正支払疑惑、政府・JOCの対応への重大な疑問】で、この問題を詳しく取り上げ、JOCの竹田会長は、まさに、招致委員会の理事長として今回の約2億2300万円の支払を承認した当事者であり、支払先に際してどの程度の認識があったかにかかわらず、少なくとも重大な責任がある。招致委員会が組織として正規の手続きで支払った2億2300万円もの多額の資金が、五輪招致をめぐる不正に使われた疑惑が生じており、しかも、支払いを行った招致委員会のトップが、現在のJOCのトップでまさに当事者そのものである竹田会長なので、「外部の第三者による調査が強く求められる」と指摘した。

 その上で、同ブログ記事の末尾を、以下のように締めくくった。

 五輪招致をめぐる疑惑について、徹底した調査を行ったうえ、問題があったことが明らかになっても、それでもなお、東京五輪を開催するというのが国民の意思であれば、招致を巡る問題を呑み込んだうえで国民全体が心を一つにして、開催に向けて取り組んでいくべきであろう。

 今回の招致委員会をめぐる疑惑について、客観的かつ独立の調査機関を設けて徹底した調査を行い、速やかに招致活動をめぐる問題の真相を解明した上で、東京五輪の開催の是非についての最終的な判断を、国政選挙の争点にするなどして、国民の意思に基づいて行うべきではなかろうか。

外部調査チームによる調査報告書公表

 しかし、その後の政府、JOCの対応は、それとは真逆のものだった。

 国会での追及を受けたことなどから、その後、JOCは、第三者による外部調査チームを設置し、2016年9月1日に、「招致委員会側の対応に問題はなかった」とする調査報告書が公表された。しかし、それは、根拠もなく、不正を否定する「お墨付き」を与えるだけのものであった。それについて、日経BizGate【第三者委員会が果たすべき役割と世の中の「誤解」】で、以下のように指摘した。

 フランスで捜査が進行中であり、今後起訴される可能性があるという段階で、国内で行える調査だけで結論を示したということになるが、その調査はあまりに不十分で、根拠となる客観的な資料もほとんど示されていない。

 この報告書では、「招致委員会がコンサルタントに対して支払った金額には妥当性があるため、不正な支払いとは認められない」と述べているが、そもそも金額の妥当性に関する客観的な資料は何ら示されていない。世界陸上北京大会を実現させた実績を持つ有能なコンサルタントだというが、果たして本当に彼の働きによって同大会が実現したのかという点について全く裏が取れていない。

 また、招致が成功した理由や原因、コンサルティング契約に当たって半分以上の金額を成功報酬に回した理由も、何一つ具体的に示されていない。そのような契約が「適正だった」と判断することなど、現時点ではできないはずだ。

 結局のところ、疑惑に対して納得のいく説明を行えるだけの客観的な資料が全くない状態で、専門家だとか中立的な第三者などによる何らかのお墨付きを得ることで、説明を可能にしようとした、ということでしかない。

BOC会長のリオ五輪招致疑惑による逮捕

 そして、2017年10月5日、リオデジャネイロオリンピックの招致をめぐって、ブラジルの捜査当局が、開催都市を決める投票権を持つ委員の票の買収に関与した疑いが強まったとして、ブラジル・オリンピック委員会(BOC)のカルロス・ヌズマン会長を逮捕したことが、マスコミで報じられた。

 NHKニュースによると、ブラジルの捜査当局は、2017年9月、リオデジャネイロへの招致が決まった2009年のIOCの総会の直前に、IOCの当時の委員で開催都市を決める投票権を持つセネガル出身のラミン・ディアク氏の息子の会社と息子名義の2つの口座に、ブラジル人の有力な実業家の関連会社から合わせて200万ドルが振り込まれていたと発表していた。捜査当局は、ヌズマン会長が、「贈賄側のブラジル人実業家と収賄側のディアク氏との仲介役を担っていた」として、自宅を捜索するなど捜査を進めてきた結果、2009年のIOC総会の直後、ディアク氏の息子からヌズマン会長に対して、銀行口座に金を振り込むよう催促する電子メールが送られていたことなどから、票の買収に関与した疑いが強まったとして逮捕したとのことだった(日本では報じられていないが、その後、起訴されたとのことである)。

 このニュースは、日本では、ほとんど注目されなかったが、私は、【リオ五輪招致をめぐるBOC会長逮捕の容疑は、東京五輪招致疑惑と“全く同じ構図”】と題するブログ記事を出し、リオ五輪招致疑惑と、東京五輪招致疑惑とが全く同じ構図であることを指摘し、以下のように述べた。

 BOC会長が逮捕された容疑は、リオオリンピック招致をめぐって、「IOCの当時の委員で開催都市を決める投票権を持つセネガル出身のラミン・ディアク氏の息子の会社と息子名義の口座に、約200万ドルが振り込まれていた」というもので、東京オリンピック招致をめぐる疑惑と全く同じ構図で、金額までほぼ同じだ。

 IOCの倫理委員会は、「疑惑が報じられた昨年からフランス検察当局の捜査に協力し、さらに内部調査を継続している」としているが、その調査は、当然、東京オリンピックをめぐる疑惑にも向けられているだろうし、IOCの声明の「新たな事実がわかれば暫定的な措置も検討する」の中の「暫定的な措置」には、東京オリンピックについての措置も含まれる可能性があるだろう。

 JOCは、「その場しのぎ」的に、第三者委員会を設置し、その報告書による根拠もない「お墨付き」を得て問題を先送りした。それが、今後の展開如何では、開催まで2年を切った現時点で、“本当に東京オリンピックを開催してよいのか”という深刻な問題に直面することにつながる可能性がある。

 今後のBOC会長逮捕をめぐるブラジル当局の動き、オリンピック招致疑惑をめぐるIOCと倫理委員会の動きには注目する必要がある。

 以上のような経過からすると、今回、フランス当局の竹田会長の刑事訴追に向けての動きが本格化したのは当然のことと言える。東京五輪招致をめぐる疑惑について、フランス当局の捜査開始の声明が出されても、全く同じ構図のリオ五輪招致をめぐる事件でBOC会長が逮捕されても、凡そ調査とは言えない「第三者調査」の結果だけで、「臭いものに蓋」で済ましてきた日本政府とJOCの「無策」が、東京五輪まで1年半余と迫った今になって、JOC会長訴追の動きの本格化という、抜き差しならない深刻な事態を招いたと言えよう。

 今日、竹田会長は、訴追に関する報道を受けて、「去年12月に聴取を受けたのは事実だが、聴取に対して内容は否定した」とするコメントを発表したとのことだが、問題は、フランス司法当局の竹田会長の贈賄事件についての予審手続が、どのように展開するかだ。

 フランスでの予審手続は、警察官、検察官による予備捜査の結果を踏まえて、予審判事自らが、被疑者の取調べ等の捜査を行い、訴追するかどうかを判断する手続であり、被疑者の身柄拘束を行うこともできる。昨年12月に行われた竹田会長の聴取も、予審判事によるものと竹田会長が認めているようなので、予審手続は最終段階に入り、起訴の可能性が高まったことで、フランス当局が、事実を公にしたとみるべきであろう。

 ということは、今後、フランスの予審判事が竹田会長の身柄拘束が必要と判断し、日本に身柄の引き渡しを求めてくることもあり得る。この場合、フランス当局が捜査の対象としている事実が日本で犯罪に該当するのかどうかが問題になる。犯罪捜査を要請する国と、要請される国の双方で犯罪とされる行為についてのみ捜査協力をするという「双方可罰性の原則」があり、日本で犯罪に該当しない行為については犯罪人引渡しの対象とはならない。

 今回、フランス当局が捜査の対象としている「IOCの委員の買収」は、公務員に対する贈賄ではなく、日本の刑法の贈賄罪には該当しないが、「外国の公務員等」に対する贈賄として外国公務員贈賄罪に該当する可能性はあるし、招致委員会の理事長が資金を不正の目的で支出したということであれば、背任等の犯罪が成立する可能性もあり、何らかの形で双罰性が充たされるものと考えられる。

 いずれにせよ、フランスの裁判所で訴追されることになれば、旧皇族の竹田宮の家系に生まれた明治天皇の血を受け継ぐ竹田氏が「犯罪者」とされ、JOC会長職を継続できなくなるだけでなく、開催前の東京五輪招致の正当性が問われるという危機的な事態になることは避けられない。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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