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イラク:公務員給与の遅配が続く

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 過去数カ月間、イラクでは公務員の給与の遅配が続いている。給与の遅配や減額支給は、連邦政府だけでなくクルド地区でも常態化している模様である。特に、7月分については月末からムスリムの重要な祝祭である犠牲祭(今期は7月30日か31日から)に給与の支給が間に合わないのではないかとの懸念が高まっている。犠牲祭は、イスラーム暦の巡礼月10日に行われる祝祭であり、この日はハッジで供犠を捧げる日であるとともに、ハッジを行わないムスリムも、各々の居住地で供犠を捧げて近隣に肉を振る舞ったり、親族らを訪問したりして祝う。中東の諸都市では、犠牲祭前に羊などを飼育する者たちがその羊を売却するために羊の群れを連れて街角に多数現れ、犠牲祭の後は供犠に捧げられた羊などの毛皮が路上で販売される光景がよくみられる。その犠牲祭に給与の支給が間に合わないということは、羊の売買だけでなく祝祭にまつわる様々な消費行動(食品、衣類、観光など)にも悪影響が出ることが予想される。

 イラクでは、政治の混乱、「イスラーム国」対策、最近の原油価格の低迷に加え、中国発の新型コロナウイルスの感染拡大など経済や財政に悪影響を与えるできごとが続いている。中でも、政治の混乱により、国家予算が当該年度の半ばを過ぎても成立しないことが常態化している。国家予算の審議や成立を妨げる要因としては、連邦政府とクルド地区政府との歳入・歳出の配分が毎年紛糾すること、国会で乱立している諸会派間の調整が難航することなどが挙げられる。また、イラクは歳入に占める石油収入の割合が高く、原油価格の下落・低迷により大きな影響を受ける。今期のイラクの政情が、2019年秋以来の抗議行動で当時のアブドゥルマフディー首相が辞任を表明し、2020年5月~6月にかけてようやくカージミー首相と閣僚が選任されたという状況にあることも、状況の改善を困難にしている。カージミー首相の信任から全ての閣僚が選任されるまでに要した期間は、イラクで現在の政治体制が導入されて以来最短だったようだが、2020年度予算案は依然として国会に提出されていない。

 気温が上昇する夏期を迎えると、例年電力事情が悪化してこれに抗議するデモなどが多発する。犠牲祭に給与の支給が間に合わないとなると、人民の不満は一層増幅することとなろう。しかしながら、イラクの財政問題や電力需給状況がよくない原因の一端には、政府が給与を支給している公務員や民兵の中に「幽霊公務員・兵士」が多数いて給与の詐取が横行していること、効率的な電力利用と料金の徴収を実現する制度の導入が消費者の反対によって頓挫していることもある。イラクでは日本の感覚では想像を絶する規模での横領や予算の消失のような汚職事件が発生するのだが、現在の様々な不具合は、既成の政治エリートに「ダメだしするだけ」では抜本的に解消できない根深い問題でもある。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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