凶悪「ウイルス」は「宇宙船」内で目覚める?
火星の探査は月に次いで人類の夢のようなものだが、無人探査の次は有人といわれ続け、長い時間が経っている。人間を火星へ送り込み、無事に帰還させるためには、現在の技術で短くても2年ほどかかるが、その間に地球上で眠っていたウイルスが活性化する危険性があるという論文が出た。
火星探査中にウイルスが再活性化
H・G・ウェルズは小説『宇宙戦争(The War of the Worlds)』(1898年)で社会パニックを起こすほどの衝撃を与えた。この作品で地球は火星人に侵略される。また、映画『カプリコン・1(Capricorn One)』(1978年)は人類初の有人火星探査(というフェイク)がテーマになっている。
火星は大気と水、季節があり、自転周期も地球とほぼ同じ(24.6229時間)で衛星も持つ。地球から最短距離で約5580万km。金星のほうが地球に近い(最短距離約3950万km)が、過酷な環境が予想されるため、月の次の地球外惑星探査の目標は火星と考えられてきた。
これまで、米国や旧ソ連などが無人探査機を送り込んで火星に関する知識を得てきた。有人による火星探査では米国が熱心でブッシュ大統領(親子とも)やオバマ大統領が計画を打ち出し、その多額な費用と技術的な困難さなどが議論になっている。
先日、NASAなどの研究グループが、長期の宇宙飛行の間に宇宙空間で日和見的なウイルスが再活性化し、それが宇宙飛行士の免疫系機能に悪影響を与え、ミッション中や地球へ帰還した後、多種多様な感染症にかかるリスクがあるという論文を発表した(※1)。
宇宙空間では、無重力に加え、閉塞環境、運動不足、サーカディアン(概日)リズムの変調、社会的な関係の希薄など、宇宙飛行士に多くのストレスを与える。そのため、免疫系に悪影響が出て普段はおとなしくしている潜在的なヘルペス・ウイルス(単純ヘルペス・ウイルス、Herpes Simplex Virus、HSV)が再活性化し、そうすると無症状ながら唾液などの体液中に感染性のウイルスが排出される。
短期間(10〜16日)のスペース・シャトルや中期間(180日以内)の宇宙ステーション(ISS)での滞在後の検診により、宇宙飛行士の唾液や尿からエプスタイン・バーウイルス(Epstein-Barr Virus、EBV)や水痘帯状疱疹ウイルス(Varicella-Zoster Virus、VZV)、サイトメガロウイルス(Cytomegalo Virus、CMV)といった潜在ウイルスが検出されることがある。
こうした潜在的なヘルペス・ウイルスが再活性化すると、ときに脳炎や皮膚などの粘膜疾患、陰部へのヘルペス感染症などを引き起こすこともある。エプスタイン・バーウイルスは悪性リンパ腫などとの関係が示唆され、サイトメガロウイルスはそれ自体の感染症に加えて急性の血栓症を合併症として発症することもごくまれにある。
宇宙飛行士は、宇宙空間滞在中にストレス・ホルモンの値が上昇し、ホルモンに関係する臓器が活性化する。こうした体調機能の変化や不全が、神経細胞などに潜伏している潜在的なヘルペス・ウイルスの再活性化に関係しているようだ。
この論文を発表した研究グループによれば、潜在的なヘルペス・ウイルスは宇宙滞在期間が長くなるほど再活性化し、エプスタイン・バーウイルスはスペース・シャトルでは82%だったものがISSで96%へ、水痘帯状疱疹ウイルスは41%から65%へ、サイトメガロウイルスは47%から61%へ、それぞれ値が上がっていたという。
火星への往復では2年以上の期間が必要だ。こうした長期の宇宙滞在で、潜在的なヘルペス・ウイルスがどう再活性化するか、大きなリスクが予測される。今後は宇宙飛行士の健康を維持するための対策も必須だろう。
※1:Bridgette V. Rooney, et al., "Herpes Virus Reactivation in Astronauts During Spaceflight and Its Application on Earth." frontiers in Microbiology, doi.org/10.3389/fmicb.2019.00016, 2019