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サッカー・伊東純也選手が週刊新潮を「名誉毀損」で告訴 今後の捜査の焦点は?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:つのだよしお/アフロ)

 雑誌「週刊新潮」が報じた性加害疑惑を巡り、サッカー・伊東純也選手が7月29日付で編集長や記者ら3人を東京地検に告訴した。記事の内容は全くの虚偽であり、伊東選手に対する名誉毀損や信用毀損に当たるというものだ。新潮の取材に応じ、被害者だと主張していた女性2人も併せてこの罪で告訴している。

「真実性」と「真実相当性」

 この疑惑を巡っては、すでに大阪府警が伊東選手を準強制性交致傷の容疑で、女性2人を虚偽告訴の容疑で、それぞれ大阪地検に事件送付している。府警はいずれの当事者についても起訴を求めていないとのことで、大阪地検も伊東選手らを不起訴にするとみられる。東京地検が今回の告訴を正式に受理すると、新たに新潮の編集長らも捜査の対象となる。おそらく関連事件として大阪地検に回付され、そこで捜査が進められるはずだ。

 名誉毀損罪や信用毀損罪のポイントを挙げると、次のとおりである。

(1) 新潮の記事は伊東選手の社会的評価を下げるものだから、その真偽を問わず、名誉毀損罪に当たり得る。

(2) ただし、表現の自由とのバランスを図るため、(a)起訴に至っていない犯罪に関する事実など「公共の利害」に関する事実であり、(b)専ら「公益を図る目的」であって、(c)「真実」であると証明されたときは、処罰されない。

(3) (c)の「真実性」については新潮側に「立証責任」があるから、新潮は具体的な証拠に基づいてこれを証明しなければならない。

(4) 新潮が真実性の証明に失敗したとしても、(d)確実な資料や根拠に基づいて真実だと信じ切っていたのであれば、「真実相当性」があり、名誉毀損の故意を欠くので、やはり処罰されない。

(5) 以上に対し、信用毀損罪は新潮の記事が「虚偽」だった場合に成立し、検察側がこれを立証しなければならない。

取材を尽くしていたのか?

 新潮の記事はサッカー日本代表だった伊東選手の性加害疑惑を巡るものだから、(2)(a)の「公共性」や(2)(b)の「公益目的」は一応認められるだろう。しかし、新潮による(2)(c)の「真実性」の立証は無理だと思われる。警察ですら、関係者を取り調べ、裏付け捜査を尽くしたものの、性加害の事実を認めるに足りる証拠が乏しいと判断しているからだ。

 もし警察が伊東選手による性加害の事実を真実だと断定していたのであれば、検察に起訴を求めるとともに、伊東選手や共犯とされるトレーナーの男性を逮捕しないはずがない。一方で全くの虚偽だと断定していたのであれば、逆に女性2人の厳罰を求めていたはずだ。要するに、警察からすると「真偽不明」という状態にほかならない。

 そうすると、(5)の信用毀損罪は「嫌疑不十分」だと判断されることになるから、あとは名誉毀損罪の成否に絞られる。すなわち、今後の捜査の焦点となるのは、(4)(d)の「真実相当性」の有無にほかならない。新潮が伊東選手の性加害疑惑を報じた際、取材を十分に尽くしていたのか、また、記事の内容を裏付けるだけの信用性のある証言や物証を十分に得ていたのかという点だ。

「取材源の秘匿」の問題も

 検察は新潮側に資料を提出させ、編集長や記者らを取り調べた上で、それらの点について詳細な説明を求めることになる。記事が伊東選手に与えた影響という意味では、「週刊新潮」やネット上の「デイリー新潮」でどれだけ社会に拡散されたかについても解明を要する。

 女性の1人は事後に伊東選手にLINEで「おつかれさま」を意味するスタンプを送り、別の1人も「また飲みましょう」というメッセージを送っており、新潮ですらも記事の中で女性らの主張に不利に働きそうな事情として挙げている以上、新潮がこうした客観証拠をどのように評価していたのかも重要だ。とはいえ、新潮は「取材源の秘匿」を守らなければならないから、どこまで検察に資料を出せるのかという問題が残る。

 そこで検察は、新潮だけでなく、2人の女性やその関係者らの取り調べも改めて行い、新潮に情報を提供するに至った経緯や記者とのやり取りの状況、彼らに対して具体的にどのような説明をし、それがどのような形で記事になったのか、解明を進める必要がある。もしここで女性らが新潮に対して「はしごを外す」という対応に出れば、伊東選手に有利に傾く。

 名誉毀損罪は最高で懲役3年、罰金だと50万円以下だ。起訴率は約3割であり、起訴全体の約4割が公判請求による正式起訴、約6割が略式起訴で罰金となっている。伊東選手は「週刊誌の報道でウソの記事を書かれて、選手生命が終わる選手が多い。自分で最後にしたいという思いで、告訴に踏み切った」と述べている。一方で新潮側は「当局から当該の件について連絡がありましたら、適切に対応いたします」とコメントしている。捜査の推移が注目される。(了)

【参考】

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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