なぜ警察は伊東純也選手と女性2人を書類送検したか?検察の捜査と処分の行方は
週刊新潮が報じたサッカー・伊東純也選手の性加害疑惑を巡り、警察は伊東選手を準強制性交致傷の容疑で、その被害者だと主張する女性2人を虚偽告訴の容疑で、それぞれ書類送検した。ただ、警察はいずれの当事者についても起訴を求めない意見を付しているという。
告訴事件は必ず検察へ
国家公安委員会規則である「犯罪捜査規範」には、次のような規定がある。
「事件を送致又は送付するに当たっては、犯罪の事実及び情状等に関する意見を付した送致書又は送付書を作成し、関係書類及び証拠物を添付するものとする」
「送致」は警察が被害届など様々な端緒に基づいて自ら捜査を行った上で検察にその事件を送るものなので、警察に一定の裁量がある。これに対して「送付」は警察が告訴や告発を受理したり、警察に自首があったりした場合であり、事実関係の有無や起訴できるだけの証拠があるか否かを問わず、警察限りで終わらせず、必ず検察に事件を送らなければならないと決まっている。
メディアの記事では「送致」と「送付」を合わせて一般に「送検」と呼び、特に逮捕されていない事件を「書類送検」と呼ぶが、法律にはそうした用語はない。
今回のケースの場合、警察は女性2人の伊東選手に対する告訴を受理する一方、伊東選手の女性2人に対する告訴も同じく受理している。したがって、警察は所要の捜査を遂げた上で、法令で義務付けられている検察への「送付」を粛々と行ったにすぎず、それ以上の意味はない。
警察の「意見」とその意義
先ほどの犯罪捜査規範に基づいて警察が送付書に記載する「意見」の結論部分には、次の4つのパターンがある。
(1) 「厳重処分願いたい」→起訴が相当
(2) 「相当処分願いたい」→起訴・不起訴を検察に一任
(3) 「寛大処分願いたい」→起訴猶予が相当
(4) 「しかるべく処分願いたい」→時効成立など不起訴しかない
証拠によって容疑が明らかであれば、(4)に当たらない限り、警察の意見はほぼ全てが(1)となっている。(2)は起訴か不起訴かが微妙なライン上にあり、どのような事情を重く評価するかでどちらにも転ぶような場合だとか、証拠が薄く、犯罪の容疑が認められないかもしれないといった場合が挙げられる。
報道によれば、少なくとも警察は(1)を選択していない模様だが、(2)~(4)のどの意見なのかまでは明らかでない。ただ、検察は捜査や処分に際して警察の意見に拘束されることはないし、特に意識していないというのが実情だ。(1)でも不起訴にするし、逆に(3)でも起訴することがある。
したがって、検察は改めて伊東選手や女性2人、その関係者らの取調べを行うなど、必要な捜査を遂げた上で、真相の解明を進め、刑事処分を決することになる。今回のケースの場合、伊東選手がホテルで女性に対して性的行為に及んだのか否か、また、及んだとすると、女性の明瞭な意識下での真意に基づく同意があったのか否かを見極める必要があるだろう。
伊東選手の刑事処分はどうなる?
とはいえ、伊東選手の容疑である準強制性交致傷は最高で無期懲役まである重罪であり、有罪になればまず長期の実刑を免れない。「致傷」には外傷だけでなく、PTSDなども含まれる。しかも、伊東選手はフランス在住であり、日本と海外とを行き来する立場だ。こうした事情を考慮すると、もし容疑を裏付けるに値するだけの信用性の高い証拠があるのなら、罪証隠滅や国外逃亡を防ぐため、警察としても伊東選手を逮捕していたはずである。
にもかかわらず、警察が伊東選手を在宅として扱い、その起訴すらも求めていないということは、女性の主張のほうが正しいと断定できるだけの客観的な証拠など存在しないということを意味している。刑事事件では「疑わしきは罰せず」という大原則があるから、「あったともなかったとも断定できない」ということになれば、必然的に検察も伊東選手を不起訴にすることになる。
その際の不起訴の理由だが、この種の事件の場合、「クロ」すなわち容疑を認定した上での「起訴猶予」でも、「シロ」すなわち女性の同意があったなどと認定した上での「罪とならず」「嫌疑なし」でもなく、事実無根だという伊東選手の主張を覆せるだけの証拠がないとして、「嫌疑不十分」だと判断されるのではないか。
女性の刑事処分はどうなる?
一方、女性2人を虚偽告訴で立件することも容易ではない。前提となる事実に関して当事者双方の主張が激しく対立し、告訴合戦に至っているような場合、虚偽か否かを断定できないということで、やはり検察が「嫌疑不十分」で不起訴にすることのほうが多い。現に虚偽告訴罪の起訴率はわずか数%にとどまる。
ただし、例外もある。例えば、群馬県の草津町議だった女性が町長室で町長から性被害を受けたと主張する一方、事実無根だとして町長がえん罪を訴えていた事件だ。検察は元町議を虚偽告訴罪と名誉毀損罪で在宅起訴した。元町議が町長室での町長とのやり取りを「隠し録音」しており、これを聞くと元町議が主張していた性被害の事実など存在しないと断定できたからだ。
今回のケースも、「美人局(つつもたせ)」のような示談金目当ての完全なでっち上げ事件だったなど、女性2人の話が真っ赤な嘘だと断定できるだけの客観的な証拠がなければ、やはり起訴は難しいだろう。結局のところ、検察が数ヶ月程度の補充捜査を行ったのち、伊東選手と女性2人の双方を不起訴にするという展開になりそうだ。
検察審査会の審査もある
ただし、この不起訴処分で全て終わりというわけではない。検察は告訴した当事者に不起訴の結果を通知した上で、その請求があれば理由まで告げなければならない。伊東選手も女性2人も、検察の処分に不服があれば、検察審査会に申し立て、市民の代表者による審査を受けることができる。
そこでの議決が「不起訴相当」で終わるのか、それとも「不起訴不当」や「起訴相当」になって検察による再捜査という展開になるのかは、いまのところ未知数だ。この推移をも見極めなければならないわけで、事態がさらに長引くことが予想される。最終的に不起訴で終わった場合、伊東選手や女性2人、その関係者らの具体的な供述内容や証拠などが明らかにされることはない。
ただ、伊東選手は2億円の損害賠償を求め、女性2人を民事提訴している。こちらは刑事事件とは無関係に手続が進められるし、故意だけでなく過失の場合でも賠償責任を負うことになる。刑事事件に比べると立証のハードルも低い。まだお互いにその主張を述べている段階だが、今後、双方からいかなる証拠が示され、伊東選手や女性2人が本人尋問で何を語るのかが注目される。(了)
【参考】
拙稿「性加害の告訴に虚偽告訴罪による告訴で対抗の伊東純也選手 今後の捜査の焦点は?」