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自分の正体を知れ――落合博満のバッティング指導とは2【落合博満の視点vol.21】

横尾弘一野球ジャーナリスト
「自分がどんな打者か、実は自分自身がよく知らないものだ」と落合博満は語る。

 落合博満が小学生から社会人まで、アマチュア選手のスイングをひと目見た時、一番多く口にするのが「ど真ん中のストライクを振ってごらん」である。骨格、関節の硬さによって、人間は自分でイメージしているのと異なる動作をしていることがある。落合博満によれば、「バットスイングも数をこなすと、無意識のうちに体が楽に振れるところを探す。本人はど真ん中を振っているつもりでも、ややズレたところを振っている選手は少なくない」ということだ。実際、落合が「ど真ん中はここだよ」と拳で示すと、そこから外れたコースを振っている選手はハッとした表情になる。

 バッティングの基本は好球必打、ストライクゾーンに入ってきたボールを打つことだが、実は誰にでも得意なストライクと不得意なストライクがある。

 落合が中日ゼネラル・マネージャーとしてアマチュア選手を視察している時、こんなことがあった。ドラフト候補と評される社会人の左打ちのスラッガーが打席に立つと、視線を向けながら落合はこう言った。

「いいか、ベルトあたりのボールが来るまで待つんだよ。高目を打ってもサードフライだぞ」

 だが、そのスラッガーは、アウトコースを2球ファウルにすると、最後はインハイのストレートを打ってショートフライに倒れる。落合は「いくらパンチ力があっても、自分が打てるコースをわかっていなければ、プロで生きるのは難しいな」と呟いた。技術面では、早目にトップの位置に入れて待つことを重視する落合は、それと同じくらい「自分がどんな打者かを把握すること」の大切さを説く。

的当てゲームのように、ストライク・ゾーンを高低とコースで9つに分ければ、すべてのコースを確実に打ち返せる打者なんていない。高目を高い確率でヒットにできる打者もいれば、低目に強い打者もいる。共通点をあえて挙げれば、日本人の場合はアウトローには手を出さないほうがいい。私はもちろん、王 貞治さんだって、アウトローをホームランにした記憶はないんだから」

 落合ならば、選手のスイングを映像で見ただけでも、その軌道で打てるコースを判別できる。では、一般的には、自分が得意なコースを知るにはどうすればいいのか。例えば、フリー打撃をセンターあたりからビデオ撮影すれば、十数分(100球前後)でも傾向の出る打者は多い。落合は「最近は始動が遅い打者が目立つ」と指摘したが、あるチームで実験してみると、確かにインコースに詰まる傾向は強かった。それに加え、アウトコースをしっかり打ち返せる打者も少ないのだから、いかに真ん中からインコースにタイミングを合わせられるかがポイントだということもわかる。

スタンスやステップ、トップの位置によっても、打てるボールは変わってくる。インコースを上手く打ち返していた打者が、構えやスタンスを少し修正しただけで、インコースを打てなくなってしまうこともあるんだ」

 バッティングとは、それだけデリケートな動きなのだから、まず自分のスイングにはどういう特徴があり、したがってどのボールを打つべきなのかは明らかにしておくべきだろう。そして、スイングを少しでも修正したら、打つべきボールが変わるかもしれないことも頭に入れておきたい。

「犠牲フライはどうやったら打てますか、と聞いてくる選手もいる。私なりの打ち方はあるんだけれど、こういう考え方もある。打撃練習で打球の傾向を出せば、どうしてもフライになってしまうコースがあるかもしれない。普段は手を出すべきコースじゃないんだけど、犠牲フライがほしい時に限って、そのコースを打ってもいいんじゃないかな。だって、高い確率でフライになるんだから」

 バッティングは投手のボールを打つという点で受け身の動作であり、高い数字を残すためには、理に適ったスイングの再現性に加え、対応力もカギになる。その対応力のひとつが、自分が得意な(ヒットにできる確率の高い)ボールを打つということなのだ。

(写真=K.D. Archive)

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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