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8年ぶり放送の『鍵のかかった部屋』 役者・大野智を光らせた唯一無二の屈折感

斉藤貴志芸能ライター/編集者
(c)フジテレビ

フジテレビの月9ドラマ枠で、コロナ禍による『SUITS/スーツ2』の放送休止を埋める形で、嵐の大野智が主演の『鍵のかかった部屋』が8年ぶりに放送された。密室をテーマにしたミステリーで、大野が演じるのは防犯オタクの警備会社の社員。淡々と部屋を調べ、無表情で謎解きをして、密室トリックさえ見破れば犯人には興味なし。不愛想で屈折した役に、大野の役者としての本領が発揮されていた。

『怪物くん』実写化でやさぐれた王子に

 大野といえば国民的アイドルグループ・嵐のリーダー。ダンススキルの高さや、釣りにアートとディープな趣味でも知られている。バラエティではのほほんと笑いを取ったりもするが、ドラマでは屈折していたり、どこか不機嫌だったり、あまり笑顔を見せない役の印象が強い。

 連続ドラマ初主演の『魔王』(2008年)では、社会的弱者に味方して“天使の弁護士”と呼ばれながら、裏では殺された弟の復讐を冷徹に遂行していく役だった。『歌のおにいさん』(2009年)で演じた主人公は、バンドが解散して就職もままならず、手違いから子供番組の“歌のおにいさん”に。不本意な仕事に、コメディながら最初は仏頂面が続いた。

 『怪物くん』(2010年)はアニメで知られた藤子不二雄A作品の実写化で、大野は原作通りのかわいいキャップと黄色いシャツをまといつつ、キャラは原作の天真爛漫な王子と違い、わがままでやさぐれた感じ。すぐにふてくされては憎まれ口を叩いていた。

台詞がなくても表情のサジ加減が絶妙

 だが、『魔王』では完璧なまでに冷徹に見えたからこそ、涙するシーンは胸を揺さぶった。『歌のおにいさん』では子供たちに心を開いて笑顔を見せるようになり、『怪物くん』でも人間たちと触れ合い「何でも言えるのが本当の友だち」などと当たり前のようで大切なことを学び成長する姿にホロリとさせられた。大野のローなところからメリハリを付けた演技が効く構図になっていた。

 『世界一難しい恋』(2016年)では、やり手のホテルチェーン社長役。ビジネスには厳しく意に沿わない社員は容赦なくクビにする。それが34歳で初めて恋をして、やはり回を重ねるごとに表情に柔らかさが出て、愛すべき人物に見えるように。

 メリハリが効くのは、まず抑えた演技が巧みだから。台詞や動きが派手な役より、内に秘めたものが多くて表面的な振り幅が少ない役のほうが、テレビの視聴者を引きつけるのは難しい。そこが大野は絶妙なのだ。

 『死神くん』(2014年)で死期が迫った人間を迎えに行く新米の死神を演じた際は、中田秀夫監督が「死ぬ運命の人間を台詞なしで見つめるだけでも、無表情だったり、微笑をたたえていたり、哀しみを込めていたり、微妙なサジ加減がすごい」と称賛していた。

抑揚の少ない役を主人公に成立させる才能

 そして、メリハリすら付けず、終始不愛想で感情が読めないキャラクターのまま、全11話を見入らせたのが『鍵のかかった部屋』だった。

 大野が演じる榎本径は大手警備会社に勤めていて、薄暗い備品倉庫室で鍵や錠前の研究に没頭する防犯オタク。「特別編」として再放送された1話では、密室の山荘での会社社長の“自殺”の真相を究明する依頼を受ける。

 黙々と社長が死んでいた室内を調べ、一度訪れただけの部屋を精巧なミニチュアで再現。親指と人差し指をこすり合わせながら推理を巡らせ、鍵が開いた動きからサラッと「密室は、破れました」の決め台詞。山荘に戻り、解き明かした密室殺人のトリックを説明するときも表情を変えず、「そこから先は興味ないですから」と犯人の特定は放り投げた。

 小原一隆プロデューサーは大野について、「どこか影のあるミステリアスな雰囲気が、防犯の研究に偏執的なこだわりを見せる榎本径と通じる」とオファーしたという。

 確かに大野は榎本の掴みどころのない佇まいを体現していて、謎解きの場面以外は無口で無表情。それでも、ちょっとした目線や仕草が意味ありげで引きつけられる。1話では最後に倉庫室でニヤッとするところもドキッとした。

 この抑揚の少ない役を主人公として成立させられるのは、大野智の役者としての貴重な才能だろう。どこか屈折した人物像をさり気なく演じて魅了する。普段はアイドルとしてファンの心を弾ませる大野に、こうした資質があるのも面白いが、ジャニーズ勢に限らず、他の俳優と代わりが効かないものを持っている。

 嵐は年内でグループ活動を休止する。もともと大野からの申し入れで、自身は来年以降、個人での芸能活動も休む意向が伝えられている。もちろん彼の人生は本人の望むように歩んでほしいが、8年前に撮られた『鍵のかかった部屋』で独特な演技を改めて見るにつけ、ドラマファンとしては新作を期待したい気持ちになる。

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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