『金の斧 銀の斧』は、池から女神が現れる話……と思っていたら、原作はまるで違っていた!
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。
イソップ童話『金の斧 銀の斧』といえば、美しい女神が湖から現れて「あなたが落としたものは金の斧ですか?」と聞いてくる……というイメージである。
ところが、子ども向けの「イソップ童話」の本を見てみると、挿絵に描かれている神さまは、おじいさんなのだ!
1冊や2冊ではない。筆者が調べた6冊では、どの本でも、池から現れる神さまは、女神ではなく、中高年の男性。なかには、禿げ頭のじいさんみたいな挿絵が描いてある本もあった。
にわかに受け入れがたい状況だ。
筆者にとって、心の正直さを問いかける神さまは女神さま、というイメージが定着しているから、もう違和感バリバリである。
そもそもこれ、本来はどういう話なのだろう?
そこで筆者は、岩波文庫の『イソップ寓話集』(中務哲郎訳)を買った。子ども向けに脚色された本ではないから、原典の内容がわかるはずだ。
ところが、これを読んでみたところ、筆者はますますビックリした。
◆あまりにもイメージと違う!
イソップ童話が作られたのは古い。
作者のイソップは、紀元前600年くらいのギリシャ人といわれているが、そんな人は実在しなかった、という説もあるらしい。
2600年も昔であり、その頃の日本はなんと縄文時代なのだ。そう考えると、ギリシャの文明というのは、たいしたものですなあ。
感心している場合ではない。びっくりしたことを列挙しよう。
まず、この『イソップ寓話集』において、『金の斧 銀の斧』のタイトルは「木樵とヘルメス」という地味なものだった。
その本文は、全部で39字×15行しかない。
筆者が最近出した新シリーズ『空想科学読本Ⅱ』の本文が、1ページあたり35字×17行だから、つまりその本の1ページくらい。
タイトルのヘルメスは、いまではブランドの「エルメス」でおなじみだ。
ギリシャ神話に出てくる神々の一人で、『イソップ寓話集』には何度も登場する。
同書の注釈には「オリュンポス十二神の主神ゼウスの末子。富と幸運をもたらし、旅人、商業、そして泥棒さえも守護する神と考えられた」とある。
なるほど、だから高級ブランドの名前にもなっているのだなあ。
さらに、物語そのものも微妙に違っていて、冒頭を書き写すと、こうだ。
「ある男が川の側で木を伐っていて、斧を飛ばしてしまった。斧が流されたので、土手に座って嘆いていると、ヘルメスが憐れに思ってやって来た。そして泣いている訳を聞き出すと、まずは潜って行って、男のために金の斧を持って上がり、これがお前のものかと尋ねた」
なんと、舞台は池でも沼でもなく、川!
しかも、ヘルメスはその川に住んでるヌシみたいな神ではなく、男に同情してやってきた神さま!
筆者が幼い頃から思い込んでいた「池から美しい女神さまがザザーッと登場」というのとはあまりにも違う。いや、もう、本当にびっくりしました。
◆金の斧は役に立たない!
などと、信じ込んでいたイメージとの落差に驚いてばかりだが、同時にこれは、科学的にも心配なお話である。木こりは、その後どうなったのだろう?
皆さんご存じだろうが、物語の続きはこうだ。
神さまが金の斧を差し出して「お前のものか」と尋ねると、木こりは正直に「違います」と答える。続いて、神さまは銀の斧を持って現れるが、これについても同様に、木こりは所有権を否定する。
そして、3度目に出された鉄の斧を見て「ああ、それこそ自分の斧です」と言うと、神さまは感心し、金と銀の斧も含めて3本とも与える。
こうして、正直な木こりは金銀の斧を手に入れたわけだが、彼はそれによって幸せになったのか?
この問題、冷静に考えるとかなりアヤシイと筆者は思う。
まず、金も銀も、重い金属だ。
同じ体積あたりの重さが、金は鉄の2.45倍、銀は1.33倍もある。現代の斧は3kg程度だが、2600年も昔のことだから、斧もいまほどは軽量化されておらず、5kgだったと考えよう。
金銀の斧がこれと同じ体積だったとすると、銀の斧の重さは6.7kg、金の斧ともなると12.3kgである。
鉄の斧と合わせて、木こりの荷物はいきなり24kgとなったわけだ。2L入りペットボトル12本分の重量であり、これを担いで帰るの、ちょっと大変だったのでは?
しかも、金や銀は軟らかい金属である。
鋼鉄に比べると、硬さは金が45分の1、銀が35分の1しかない。
斧の素材としてはあまりにナマクラなのだ。そんな斧をもらっても明日からの仕事には役にも立たない。
◆木こりの試練はこれからだ
木こりはこれらの斧をどうしたのだろうか?
もちろん、売り飛ばしたのでありましょう。金や銀は高価な金属だから、売れば相当な金額になるはずだ。
2600年前のギリシャにおける金や銀の価値は、筆者にはわからないので、現在の日本と同じだと考えて計算してみよう。
これを書いている2022年7月29日の相場では、金が1gで8298円。銀が1gで92.29円。
すると、金属としての価値だけで、銀の斧ですら62万円、金の斧に至っては1億207万円! これは嬉しい!
だがそのヨロコビも、売れれば、の話。
木こりが住んでいるのは、その職業柄、おそらく山奥だろう。行商人もそうそう訪ねてこないだろうし、訪ねてきたところでそんな大金は持っておるまいから、自分で重い斧を担いで街まで売りに行くしかない。
1億円を超える大金をポンと払ってくれる超大金持ちに巡り会えればいいが、いるかなあ、そんな人?
首尾よく売れたとしても、明日はその超大金を家に置いて、木こりの仕事に行かねばならない。仕事中も、盗まれないか気が気ではない。
正直なおかげで、金の斧と銀の斧を手に入れた木こり。
彼の真の試練は、そこから始まったのではないかと筆者は想像いたします。