別れたいのに、別れられない。理屈で説明できないものに支配された、人間の可笑しさと憐れさ
今回はスペイン映画『マジカルガール』をご紹介します。ある不幸な偶然に導かれて出会ってしまった4人が、嫉妬や狂気に駆られて堕ちてゆくという悲劇なのですが、ただ悲しい話なのではなく、「マジック」という言葉をキーワードに独得の面白さや余韻があって、久々にすごーく私好みなヨーロッパ映画です。まあ騙されたと思って、まずは読んでみてくださいませ。
さてまずは物語。白血病の少女アリシアは日本のアニメ「魔法少女ゆきこ」の大ファン。父子家庭の父親のルイスは失業中の教師なのですが、ある時娘の「願い事ノート」を盗み見て、アリシアが「魔法少女ゆきこのドレス」を欲しがっていることを知ります。ネットでチェックしたら、なななんと90万円(約7千ユーロ)。絶望しながらも意を決したルイスは、夜中の高級宝飾店を襲おうと石を構えてショーウィンドーの前に立っていたら――そこに上からゲロが降ってきます。
ゲロの主(?)は、店の上の高級マンションに住むリッチな人妻バルバラ。精神を病んでいる彼女は、夫(精神科医!)に精神的に抑圧されながら完全に依存する一方で、満たされない欠落を抱えているようです。そんなわけで薬を強い酒で流し込んだ途端に、おえっとなって窓から吐いた、それがルイスを直撃したわけです。申し訳なさから部屋に招き入れシャワーを貸したバルバラは、どうしようもない寂しさから衝動的にルイスに身を任せてしまうのですが――ルイスはこれを利用し、アリシアのドレスのための金をバルバラから脅し取ろうとするのです。
ここから物語は“リッチな人妻”バルバラの暗い秘密を、徐々に明らかにしてゆきます。自分で金を作るために彼女が訪ねたのは「昔なじみ」の、どうみても素人じゃないマダム、どうやら高級買春斡旋業者。そしてバルバラが紹介してもらったのは、超豪邸に住む、どうみてもサディストの半身不随のジェントルマン。でもこの人はプレイヤーじゃなく、ここを仕切る人のようです。豪邸はリッチな客が1回に何千ユーロも払ってSMプレイを楽しむ場所なんですね。
そしてここにもう一人絡んでくるおじさん、一人暮らしの老人ダミアン。おそらくバルバラの最大の秘密を共有する人物です。映画の彼が数学教師だった若い頃の授業の一コマから始まるのですが、そこで対峙しているのが幼い少女時代のバルバラです。何らかの理由で(おそらく)医療刑務所に入っていた彼は、出所直前のカウンセリングでいいます。「まだ出たくない。バルバラに会うのが怖い」。
バルバラは何かとんでもない女なのではないか――観客がそんな風に思い始めた頃、「脅迫は一度だけ、二度と連絡はしない」と言っていたルイスからバルバラに、再び連絡が入ります。せっかくアリシアにプレゼントしたドレスには、いちばん大事な「魔法の杖」がついていなかったのです。これが、なななんと2万ユーロ。
7千ユーロをポンと用意した“リッチな人妻”だから、2万ユーロだってそれほど無理じゃないだろう――実のところこの映画の中で最も普通で、だからこそ最もチンケな悪役であるルイスは、利用しているはずの女が、実はとんでもない女だったことに全く気付いていません。ここから出所したダミアンが絡み始めるラストまでの展開が、ああああ、ほんとにもう、なんて言っていいか!なんてことをライターが言っちゃいけないんだろうけども!
さてこの映画の話題のひとつは、散りばめられた日本のカルチャーです。予告編を見てもそうですが、なんたってアイドル時代(今は演歌歌手)の長山洋子のデビュー作「春はSARA-SARA」は、一度聞いたら耳について離れません。アリシアの好きな「魔法少女ゆきこ」は“なんちゃってセーラームーン”なんですが、物語全体は妖しくダークなのに、ここだけが「月に代わってお仕置きよ!」な感じで、そのコントラストがぜんぜん安っぽくならず、いいアクセントと息抜きになっています。SMの館にある一番ヤバい部屋が「黒蜥蜴の部屋」で、これもエンドロールで流れる美輪明宏の「黒蜥蜴の唄」(スペイン語バージョン)と共鳴し、物語の妖しさに寄与しています。ちなみにバルバラが飲んでる酒瓶には「SAILOR MOON」のラベルが。監督は日本のサブカルオタクなんですね。
でも映画は全体としては、狂気や野性味に溢れるスペインど真ん中の作品です。何しろその暗い過去ゆえに身も心も傷だらけで、にもかかわらず冷え切ったバルバラの悪魔的な存在がすごい。広い意味での「SM」ってこの映画のキーワードだと思うんですが、S(支配者)はSしかできないけれど、M(被支配者)はSにもMにもなれる、実のところ関係を支配しているのはMのほうだ、と聞いたことがあります。バルバラは夫に対しても、おそらく娼婦的なことをやっていた時代も、その立場は「M」なんですが、後半では完全に物語を残酷に支配してすべてを破滅に引きずり込み、そのことにひとかけらの感情も――憎しみも悲しみも罪悪感も爽快感も――感じていません。
それでいてこの映画がただの残酷な悲劇に終わらないのが、この監督のすごいところ。“なんちゃってセーラームーン”の「月に変わってお仕置き」のテンションは、クライマックスの場面で悲喜劇的に響いてくるし、小さな「マジック(手品)」が冒頭とラストにつかわれて物語を円環につなぎ、それがバルバラとダミアンのつながりを、特に「バルバラが怖い」と言いながらバルバラを離れられないダミアンのどうしようもなさに、何とも言えない悲しさ寂しさが漂います。でも夫の支配を抑圧と感じながら、同時に喜びも感じてしまうバルバラも同じかもしれません。別れたほうがいい、なのに別れられない。理屈では説明できないものに支配されてしまう人間、その可笑しさと憐れさ。私はこういうラテンのサウダージ的な感覚が好きなのですが、この監督は抜群のセンスだと思います。
ということで、皆さんにも見てもらいたい!今回は、監督のインタビューも明日上げときます。特に見た後に読むと、「そーいうことだったのか!」と思うこと満載ですので、是非読んでみてくださいませ!
3月12日(土)より全国順次ロードショー!
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