Yahoo!ニュース

「2032年夏季五輪のソウル―平壌誘致」が実現不可能な4つの理由

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
2032年夏季五輪の南北共同誘致に乗り出した呉ソウル市長(ソウル市のHPから)

 現在、ソウル市の市長は4月の市長選挙で野党「国民の力」から出馬し、与党「共に民主党」の朴映宣(パク・ヨンソン)候補に大差を付け、圧勝した呉世勲(オ・セフン)氏である。

 来年3月の大統領選挙で政権奪還を狙う最大保守野党の「国民の力」は北朝鮮当局から再三非難、罵倒されていることもあって対北朝鮮政策では融和的な与党「共に民主党」とは異なり、敵対的である。

 「国民の力」はこれまで南北首脳会談を含む文在寅政権の対北アプローチに「従北」とのレッテルを貼って批判してきた。呉市長もソウル市長選挙では文在寅政権の国政を正面から批判し、また、「セクハラ疑惑」を苦にして自殺した「共に民主党」所属の朴元淳(パク・ウォンスン)前市長の政策を叩いてきた。

 「2032年夏季五輪の南北共同開催」は政敵である文在寅大統領が2018年9月に平壌を訪問し、金正恩委員長(総書記)との首脳会談で交わした合意事項である。両首脳が署名した「平壌共同宣言」には「南と北は20年(東京)夏季五輪をはじめとする国際競技に合同で積極的に出場し、2032年夏季五輪の南北共同開催を誘致するため協力することにした」と書かれてある。

 ソウル市が大韓体育会から開催誘致都市に選定されたのは朴元淳市長の時の2019年2月である。何よりも文大統領以上に北朝鮮にシンパ的であった朴前市長が積極的だったことに尽きる。

 「2032年夏季五輪のソウル-平壌共同開催」プロジェクトは文大統領の発案であり、ソウル市への誘致が文大統領の訪朝に同行した朴前市長のビジョンであったことから呉世勲新市長がこれを反故にすると思いきや、どうやら継承していくようだ。

 呉市長は6月1日、五輪開催地候補を審査するIOC将来開催地委員会のクリスティン・クロスター・アーセン委員長とのテレビ会議で「我が民族の念願である『平和の夢、統一の夢』を成し遂げていけるようにIOCが共に取り組んでほしい」と誘致への協力を要請していた。

 呉市長がIOCに提出したソウル―平壌五輪共同開催誘致提案書にはソウル市が韓国政府から誘致都市に指定されたことや韓国文化体育部や統一部、外交部及び大韓体育会など関係機関と南北共同開催の合意事項を履行するため実務協議を行ってきた経緯などが書かれてあった。

 また、「ソウル-平壌五輪」のビジョンを「Beyond the Line, Toward the Future」(境界を越え、未来に向かっていく)と定め、①費用を削減し、リスクを最小化した五輪②ソウル-平壌共同開催で皆が一緒になる五輪③南北が連結し、東西が和合し、平和をもたらす五輪④先端技術とK-カルチャーを通じて世界が共有する五輪➄連帯と包容、選手の人権が尊重される五輪の5つの分野別コンセプションが提示されていた。

 この日の会議に同席した2004年アテネ五輪男子卓球個人金メダリストでもあり、韓国のIOC委員でもある柳承敏(ユ・スンミン)韓国卓球協会会長ともども呉市長が誘致を働き掛けても、IOCの心を動かすのは至極困難のように思われる。その理由を以下、4つ挙げる。

 一つは、「ソウル-平壌共同開催」となっているのに誘致提案書がソウル市単独で出されていることだ。

 平壌市と共同で作成して提出されたものでもなければ、平壌の委任を受けて提出したものでもない。直前まで北朝鮮の五輪委員会と協議したという話も伝わっていない。事実、2018年9月の合意以来、一度も南北は共催に向けて話し合ったことがない。

 IOCは北朝鮮が昨年6月に南北融和のシンボルである南北共同連絡事務所を爆破したことに衝撃を受けていた。従って、ソウル市による南北共催には説得力がなく、ソウルによる単独誘致となっているのが実情である。

(参考資料:北朝鮮の「爆破」で吹っ飛んだ文大統領の壮大な「野望」 破綻した「朝鮮半島新経済地図構想」)

 次に、IOCが開催実現に向け全力を尽くしている東京五輪・パラリンピックの不参加を北朝鮮が「コロナ禍」を理由に早々と表明し、IOCの努力に水を差したことだ。

 IOCへの事前通告もなく、一方的に不参加を宣言したことにIOCが不満を抱いているのは容易に察しが付く。

 第三に、東京五輪組織委員会の地図に竹島が表記されていることをIOCが黙認していることに韓国が反発し、東京五輪・パラリンピックのボイコットを示唆していることはIOCの心証を悪くさせており、これもマイナス要因となっている。

(参考資料:韓国は与党も野党も菅政権の対応次第では五輪ボイコットへ!与党次期大統領最有力候補がIOC会長に直訴!)

 第四に、IOCはすでに2032年夏季五輪をオーストラリアのブリスベンに想定していることだ。

 IOCは呉市長とのテレビ会議でブリスベンについては確定したものではないと説明しているが、最優先していることは間違いない。事実、IOC執行委員会は今年2月にブリスペンを優先交渉都市とすることを満場一致で承認している。どう考えても、ソウル市は手遅れである。

 ソウル市がこれを覆すのは簡単ではない。まして、2032年の夏季五輪はカタールのドーハ、ドイツのライン・ルール、トルコのイスタンブール、インドネシアのジャカルタ、ハンガリーのブダペストなども誘致を目指している。仮に東京五輪が「コロナ禍」で中止ということになって東京都が再度2032年の誘致に手を挙げるとなるとさらに困難となる。

 今後、朝鮮半島の力学がどう変わるかはわからないが、現状では「ソウル-平壌共同開催」は奇跡でも起きない限り、実現不可能と言える。

(参考資料:進歩・保守問わず韓国の3人の元総理までが「竹島問題」で「東京五輪ボイコット」の声を上げた!)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

「辺真一のマル秘レポート」

税込550円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

テレビ、ラジオ、新聞、雑誌ではなかなか語ることのできない日本を取り巻く国際情勢、特に日中、日露、日韓、日朝関係を軸とするアジア情勢、さらには朝鮮半島の動向に関する知られざる情報を提供し、かつ日本の安全、平和の観点から論じます。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

辺真一の最近の記事