「オンライン転勤」でさらに進むニューノーマルな働き方
■転勤は退職のキッカケ?
「転勤」は企業にとっても、社員にとっても、昔とは比較にならないほど重大な関心事の一つとなった。
以前なら、転勤辞令が出たあと、
「来週から転勤かァ。子どもを転校させなくちゃいけないな」
ぐらいにしか本人は思わず、専業主婦の奥様も、
「急いでいろいろと手続きをしなくちゃね」
とぐらいにしか思わなかった。ところが、である。昨今は「転勤制度」への風当たりが強い。
1万人を対象としたエン・ジャパンの調査(2019年)によると、6割の方が「転勤は退職のキッカケになる」と回答。
この人材難の時代に、この数字はショッキングだ。ということは、現在なら、転勤辞令が出たあと、
「来週から転勤か。もう辞めたほうがいいかも」
と本人は覚悟を決め、奥様は奥様で、
「私だって会社から重要な仕事を任せられているし、子どもも転校はさせるつもりはないから、転勤するならひとりで行って」
と突き放すかもしれない。
「家庭よりも仕事が大事」という傾向が薄い世代の人たち。そういう人たちなら、たしかに「転勤は退職のキッカケになる」と答えたとしても不思議ではない。
「秘密のケンミンショー」で人気を博した連続転勤ドラマ「辞令は突然に……」のようなノリはもう時代遅れなのだ。
■「転勤廃止」企業が増えているそうだが……
このような流れの中で、転勤を原則禁止する企業が登場した。AIG損害保険がそうだ。昨年3月の「クローズアップ現代(NHK)」でも取り上げられ、注目を集めた。AIGに習い、このように「転勤廃止」をする企業も増えている。
就活生の意向にも変化が見られる。全国に拠点があり、かつ転勤がない大企業を好むようになってきたのだ。企業側としては、無視できない潮流だ。
現在、企業が最も力を入れるのは「人材のリテンション」であることは間違いない。若手や優秀な人材の定着率は、企業存続に関わる重要課題。時代の変化についていけなければ、若手社員はそっぽを向き、どんなに広告費をかけても優秀な人材を採用できない、という事態に陥る。
たかが転勤、されど転勤である。
■本当にいいの?「転勤廃止」
ところが昨今、潮目が変わりつつある。「テレワークの普及」によってである。新型コロナウイルス感染症の影響により、多くのデスクワーカーが、
・オンライン会議
・オンライン面談
・オンライン朝礼
・オンライン研修
・オンライン商談
・オンライン飲み会など
……を試み、徐々に浸透させている。
昨今の調査では、テレワークをしている人の大半が仕事の生産性を落としていることが明らかになったが、それは単純に慣れていないからだ。工夫を繰り返せば、確実に仕事効率はアップする。
何年も前からオンラインでのみ仕事をしている「オンライン・ネイティブ」も脚光を浴びている。どんなにオールド世代が抵抗しても、この働き方は確実に受け入れられていくだろう。しかも急速に、である。
そして、この働き方がスタンダードになれば、企業は「転勤制度」を廃止しなくてもよくなるだろう。
■なぜ転勤が必要か、知っていますか?
企業サイドに立って考えれば、転勤は必要だ。
転勤廃止に動いた企業は、どうやって人のやりくりするのかと私は不思議に思う。数年はいいかもしれないが、しばらくすると組織のリソースバランスが崩れかねない。
その地域で生産されたものを、その土地で消費することを「地産地消」と呼ぶ。
この考えと同じように、その地域で採用した人物を転勤させることなく、本人が希望するかぎりその土地で働いてもらうということができれば、「転勤」という発想はなくていいだろう。しかし、本当にそんなことが現実的にできるのかどうか。
組織マネジメントというのは、組織目標を達成させるために、組織のリソースを効率的に配分することを指す。したがって、何らかの事情で営業所長が辞めた、副支店長が家庭の事情で働けなくなった、といった事態になったとき、その土地の社員で補うことができなかった場合、どうすればいいか。
「そういうリスクを排除するため、日頃からしっかり後任を育てておけばいい」と言う人がいるが、それはあまりに現場感覚が欠如した言い分だ。
とくに地方の支店や営業所は、小さな中小企業と一緒。そう簡単ではない。だから、本社や別の支店から足りない人的リソースを補うのだ。それが大企業の組織マネジメントであり、地元の中小企業では絶対に真似できない圧倒的な優位性である。
だから転勤を廃止してしまったら、その圧倒的な優位性を発揮することができなくなる。自在に優秀な人材を現地で獲得できる自信があるのならいいが、それはもっと非現実的だ。
だから「オンライン転勤」なのである。転勤辞令を出したら、「心」だけ異動させる。「体」は移動させなければいい。
東京の本社にいながら、札幌支店の課長もできるし、高知営業所の所長に就任することもできる。月に何度か出張ベースで現地入りすればよい。あとは本社にいながら部下指導や、お客様対応をすればいいのだ。
このような慣習が広がれば転勤や単身赴任の概念が変わるだろう。生まれ育った出身地に戻る「Uターン」も、出身地以外で就職する「Iターン」も転職することなく実現する。
「人材のリテンション」と「企業のマネジメント効率」を高度に両立させるためにも「オンライン転勤」は妙手だ。まさにニューノーマル(新常態)時代の働き方。
このような組織文化を早期に定着させるにも、各企業におけるテレワークの浸透と有効活用が急務である。