ジェームズ・バルジャー:ジョニー・デップを魅了した伝説のギャング
「ブラック・スキャンダル」の続きが、完結した。ジョニー・デップが演じた極悪ギャング、ジェームズ・“ホワイティ”・バルジャーが、刑務所内で亡くなったのだ。
2015年に公開された同作品の撮影開始前、デップは、弁護士を通じ、刑務所内にいるバルジャーへの面会をお願いしたものの、断られたという。映画はディック・レイアが書いたノンフィクション本にもとづいているのだが、バルジャーはその本自体を気に入っていなかったらしい。「それを言うなら、自分について書かれた本はどれも嫌いらしいんだけどね」と、トロント映画祭の記者会見で、デップは語っている。しかし、バルジャーの弁護士や知人から話を聞いたり、監視ビデオなどの資料を見たりして、デップはできるかぎり、彼の人となりを掘り下げていった。バルジャーになりきるための特殊メイクには、毎日2 時間がかかったとのことである。
映画では、人殺しをするのに異常な潔癖症で1日に手を何度も洗うとか、息子にどのように接したのかとか、私生活の様子も細かく描写された。「僕はジミー(・バルジャー)を悪魔として描きたくはなかった。朝起きて、歯を磨きながら、鏡に向かって『俺は悪魔だぞ』と言う奴はいないんだから。僕は彼をあくまで人間として見ようとしたんだよ」とデップ。「ジミーには、優しい側面もあった。しかし、彼には仕事があったんだ。そして世の中には、暴力がからむ仕事もある」とも付け加えている。
FBI捜査官を幼なじみにもつボストン生まれの悪党に魅了されたハリウッド関係者は、ほかにもいる。この映画の実現には長い時間がかかったのだが、その間、ボストン出身のベン・アフレックとマット・デイモンのコンビも、彼についての映画を作ろうとしたことがあった。そちらは実現せず立ち消えてしまっている。また、マーティン・スコセッシ監督のオスカー受賞作「ディパーテッド」は、香港映画「インファナル・アフェア」のリメイクではあるが、舞台はボストンで、ジャック・ニコルソン演じるマフィアのボスのキャラクターは、バルジャーを参考に生まれたものだ。「ブラック・スキャンダル」でも語られるとおり、バルジャーの弟ウィリアム(映画ではベネディクト・カンバーバッチが演じている)は政治家で、その設定は、テレビドラマ「ブラザーフッド」にインスピレーションを与えている。
殺人、ゆすり、脅迫などの罪で追われながら、16年も雲隠れしてきたバルジャーが逮捕されたのは、2011年6月のこと。その時、彼は、恋人キャサリン・グレイグ(映画でシエナ・ミラーが演じたのだが、編集でカットされた)と、サンタモニカのアパートに住んでいた。近所では、仕事をリタイアしてシカゴから移住してきた人たちと思われていたらしい。
逮捕につながる情報の提供者には200万ドルの報奨金を与えると、FBIはずっと呼びかけを続けてきたのだが、来るのは間違った情報ばかり。テレビ番組「America’s Most Wanted」にも15回取り上げられたが、たしかな手がかりにはたどりつかなかった。きっかけを作ったのは、一匹の野良猫だ。この猫をかわいがっていたグレイグを、「優しい人」と記憶していた近所の女性が、FBIがテレビに出した広告を見て通報したのである。グレイグはバルジャーの逃走の手助けをした罪で8年の懲役を宣告された。さらに、その後、裁判での証言を拒否したことで、11ヶ月を追加させられている。
死亡時、バルジャーは89歳。その年齢から、自然死か、病死かと思いきや、死因は「殺人」だった。バルジャーは、その前日に、別の刑務所から移送されてきたばかりだったのだが、その夜のうちに、複数の服役囚から靴下に入れた南京錠で殴られたらしい。ウエルカムパーティとしては、あまりにも残酷。尋常でないその人生で映画人の興味をかき立てた彼は、最期もまた、映画以上に壮絶だったのだ。