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ゴール間近、今年の夏ドラマは「朝ドラ」銘柄女優たちの試金石!?

碓井広義メディア文化評論家
筆者撮影

「朝ドラは新人女優の登竜門である」とは、昔からよく言われることです。確かに、新人時代に「朝ドラ」の主役に抜擢され、その後、大きく成長していった女優さんは大変な数になるでしょう。

また、最近の傾向として面白いのは、「朝ドラ」の主役だけでなく、ナンバー2、ナンバー3、いえ、“その他”と呼ばれていた新人が注目され、人気を集め、その後は主演女優に負けない活躍を見せることが多いことだと思います。

そうした人たちを、私は「朝ドラ」銘柄女優と呼んでいます。「朝ドラ」女優というと、やはり「朝ドラ」のヒロイン、主役を担った女優さんだけを指してしまうからです。「朝ドラ」の“関連銘柄”の女優さんという意味で、「朝ドラ」銘柄女優です。

一番わかりやすいのは、「朝ドラ」銘柄女優から「朝ドラ」女優へ、というステップアップでしょうか。近年でいえば、『あまちゃん』で銘柄女優となり、『ひよっこ』で朝ドラ女優となった有村架純さんが好例でしょう。その後の有村さんの成長は、皆さん、ご存じの通りです。

『チア☆ダン』(TBS系)

今期、民放の連ドラで、ヒロインを演じている「朝ドラ」女優の一人が、『チア☆ダン』(TBS系)の土屋太鳳さんです。

土屋さんの朝ドラは、高校を卒業後に就職した市役所を辞めて、パティシエを目指して奮闘する女性がヒロインだった『まれ』。あの放送から、もう3年が過ぎた土屋さんですが、『チア☆ダン』では、また女子高生に戻って踊っています。

『チア☆ダン』には、『ひよっこ』でヒロイン・谷田部みね子(有村)の親友・助川時子を演じて「銘柄女優」となった、佐久間由衣さんが出ています。土屋さんと同じく、女子高生のチアダンス部員の役です。

時子は確か、高校卒業後に集団就職し、やがて「ツイッギーそっくりコンテスト」で優勝して、芸能界デビューを果たしたんですよね。そんな彼女の女子高生姿は、土屋さん同様、時間が戻ってしまったような、不思議な感じがします。きついことを言えば、2人とも、今、この役柄を演じていていいのかな、ってことですが。

まあ、それはともかく、このドラマの中で、今後「朝ドラ」に挑戦するかもしれない新星たちが競い合っていることも、特色の一つでしょう。

たとえば、映画『ソロモンの偽証』でブルーリボン賞新人賞を受賞した石井杏奈さん。映画『桜ノ雨』で主演の山本舞香さん。「♪淡雪・・」と歌う、アイスクリームのCMで注目の箭内夢菜(やないゆめな)さん。さらにチアダンス部員ではありませんが、ポカリスエットのCMで踊っている美少女、八木莉可子さんもいます。次代のヒロイン候補たちにとって、まるでリアルオーディションみたいなドラマなのです。

『この世界の片隅に』(TBS系)

えーと、話は『ひよっこ』に戻りますが、実は「銘柄女優」の宝庫ともいえる作品でした。

佐久間さんはもちろん、みね子が集団就職で入社した向島電機の同期、青天目(なばため)澄子を演じて注目されたのが松本穂香(まつもとほのか)さんです。松本さんはご存知のように、今期、日曜劇場『この世界の片隅に』(TBS系)のヒロイン、北條すずを好演しています。

印象としては、「メガネっ子の澄子」1発で(笑)、この大抜擢。すずというヒロインと松本さんのキャラクターが、いかに近かったかということでしょう。日曜劇場という大舞台のプレッシャーは凄いはずですが、しっかり演じ切るかどうかで、今後の「女優・松本穂香」の行方が決まります。

また、『この世界の―』には、松本さんの他に2人の「銘柄女優」が登場しています。1人は、すずの嫁ぎ先のご近所の主婦、堂本志野役の土村芳さん。

土村さんは朝ドラ『べっぴんさん』で、ヒロイン・坂東すみれ(芳根京子)の女学校時代からの親友であり、一緒に子供服の会社を興す村田君枝を演じていました。その”昭和っぽい”顔立ちやたたずまいは、このドラマでも存分に生かされています。

そして2人目が、すずの嫁ぎ先の隣の娘であり、すずの夫・周作(松坂桃李)とは幼馴染で、彼にずっと憧れを抱いていた、刈谷幸子を演じている伊藤沙莉さんです。

この伊藤さん、『ひよっこ』では、みね子の同級生・角谷三男(泉澤祐希)が東京のお米屋さんに就職しますが、その店の“お嬢さん” 安部さおりでした。三男くんにガンガン迫ってましたよね。

伊藤さんは、いわゆる美人女優というタイプではないのですが(失礼!)、視聴者が目を離せなくなる、強い存在感があります。ヒロインを追い詰める、ちょっと怖い役柄なんかさせたら、うまいでしょうね。

『恋のツキ』(テレビ東京系)

そんな伊藤さんが起用されている、今期のもう1本が、深夜ドラマの『恋のツキ』(テレビ東京系)です。ヒロインが働いていた映画館(館主が、きたろうさん)のバイト仲間、清水晴子の役です。どろどろの二股恋愛に陥る主人公を冷静に見ていました。

この『恋のツキ』の主演女優は、徳永えりさんです。とはいえ名前を聞いて、すぐに顔が浮かぶ人ばかりじゃないでしょう。

まず、朝ドラ『あまちゃん』で、主人公・天野アキ(能年玲奈、現在はのん)の祖母、「夏ばっぱ」こと天野夏(宮本信子)の“若き日”を演じていました。

また『わろてんか』では、ヒロイン・てん(葵わかな)の世話をする女中さんで、後に「北村笑店」の番頭・風太(濱田岳)の妻となった、トキの役でした。

『恋のツキ』の主人公・平ワコ(徳永)は、30歳を超えたばかりのごくフツーの女性です。映画館でアルバイトをしながら、同い年の彼氏・ふうくん(渡辺大知)と3年越しの同棲中。ワコは結婚を意識しているが、ふうくんは煮え切らない。

近々両親のところに2人で行こうというタイミングで、ワコの前に伊古ユメアキ(神尾楓珠 かみおふうじゅ)という別の男性が現れます。しかも彼は16歳年下の高校1年生。ワコは彼氏のことを隠すが、ふうくんにユメアキのことがバレると同時にユメアキもふうくんの存在を知ってしまう。さあ、どうする、どうなる?

特筆すべきは、徳永さんの体当たり演技です。いや正確に言うなら、体当たり的な「濡れ場」も躊躇しない女優魂です。アパートの布団の上や浴室で、ラブホで、はたまた映画館の片隅でと、2人を相手に、自然かつ濃厚なベッドシーンを演じています。

徳永さんは、一見地味な、これまたフツーな感じの女優さん(そこがいいのですが)なので、かなりの演技派ですが、ふだんは脇役が多いんですね。

でも、このドラマのように「同年代女性の等身大のリアル」をやらせたら、ハマります。ずっとツイてない自分が選ぶべき恋はどれなのか。1人になることを恐れて揺れる“適齢期オンナ”の心情は、徳永さんの独壇場と言っていいでしょう。

『健康で文化的な最低限度の生活』(フジテレビ系)

実は、この徳永さんも、伊藤沙莉さんと同じく、今期、もう1本のドラマに出演しています。それが『健康で文化的な最低限度の生活』(フジテレビ系)です。

物語の舞台は、東京都東区役所生活課。主人公の義経えみるは、学生時代に映画監督を目指していましたが、自身の才能に見切りをつけ、「安定」を求めて公務員になりました。そして、配属されたのが、生活保護受給者の面倒を見るセクション、生活科です。

主演の吉岡里帆さんは、朝ドラ『あさが来た』でヒロイン・白岡あさ(波留)の学友、「のぶちゃん」こと田村宜を演じてブレークしました。バリバリの「銘柄女優」です。その後は『カルテット』(TBS系)でも、メインの4人にからむ人物を好演していましたね。

今年の1月期、『きみが心に棲みついた』(TBS系)で連ドラ主演を果たしましたが、意気込みが強すぎて、演技がやや空回りしていたように思います。そして2本目の主演が、この『健康で―』です。

今回も、吉岡さんは健闘しているのですが、ドラマのテーマがテーマだけに、内容が非常に生真面目なものになっており、見ていて、つらくなる視聴者も多いのではないでしょうか。また吉岡さんが演じるヒロイン・えみるも、あまりに一本気というか、単純というか、やや奥行に欠ける人物像であることが気になります。

吉岡さんと同じく、「銘柄女優」である徳永えりさんは、このドラマでは、えみるが常連になっている、定食屋「アオヤギ食堂」の店主、青柳円(あおやぎまどか)の役です。

この店のシーンは、ドラマの中で、ふうーっと息が抜ける、ありがたいブロックになっています。言葉は乱暴ですが、人生の裏表を知っている円が、そうさせてくれるのかもしれません。

ここでの徳永さんが、『恋のツキ』のワコとは、まったく別人に見えることに注目です。これからも役柄の幅を広げながら、いずれ「これだ!」という代表作を見せてもらいたいと思います。もちろん、いつか「朝ドラ」女優として、古巣に凱旋することも大歓迎です。

というわけで、「朝ドラ」銘柄女優たちの発表の場であり、プレゼンテーションの場であり、アピールの場にもなっている、今年の夏ドラマ。もうすぐゴールですが、彼女たちの今後を占う、大きな「試金石」であることは、間違いありません。視聴者の皆さんにも、しっかり見届けていただきたいと思う次第です。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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