政治家の危険な「フェイクニュース」発言 イージス停止もコンビニの外国人労働提言も偽物?
新聞もテレビも、ときに間違える。中には、自分たちの見立てや価値観に基づいて、ストーリーを作り上げているのではないかと批判を受ける記事もある。そして、政治家が「フェイクニュース」と批判するときも。だが、その批判は常に正しいのか。
河野防衛相の「フェイクニュース」発言の真偽
河野太郎・防衛相が5月7日、読売新聞の記事に対して「今回のフェイクニュースの先陣を切ったのは読売新聞」とツイートしました。
読売新聞は「イージス、秋田の候補地への配備断念…25年運用開始ずれ込みか」という見出しでこう報じていました。
「政府は、地上配備型迎撃システム「イージスアショア」を巡り、当初予定していた陸上自衛隊新屋演習場(秋田市)への配備を断念する方向で検討に入った。地元の反対感情が強く、配備は困難と判断した。今後、秋田県内で配備候補地を検討する方針だ。政府が目指す2025年度の運用開始はずれ込む可能性が高い」
河野・防衛相のツイートは「2.1万RT、5.5万いいね」と拡散し、「嘘つきはマスコミの始まり」「裏どりもしていない」などと読売をはじめとするメディアへの批判が広がりました。
5月8日の会見でも「フェイクニュースと呼ばれても仕方がない」と改めて完全に否定。11日には自身のブログで「火のないところに誰かが煙を立てた」と書いています。
「報道の使命は、誰も気がついていないけれど重要なことをしっかりと調べて、ニュースにすることにあると思っている。火のないところに誰かが煙を立てたから、うちも煙を、というのは、どうなのか」
本当に火がなかったんでしょうか。
「5月19日の時点で、『白紙を検討』との情報を得ていた」
わずか1ヶ月余りのちの6月15日。河野防衛相は会見で「イージス・アショア配備のプロセスを停止する」と表明しました。
すでに文春オンラインでプチ鹿島さんが指摘しているように、河野防衛相がフェイクニュースと指摘した読売の報道の方向性に事態は進んだように見えます。
細かく言えば、読売報道は「新屋演習場への配備の断念」に触れているだけで、配備計画全体の頓挫については書いておらず、最終的な全体像を捉えていませんでした。
しかし、「火のないところに煙を立てた」んでしょうか。
イージス・アショア配備計画の杜撰さを暴いたスクープで2019年度の日本新聞協会賞を取った秋田魁新報は6月19日に「計画撤回(下) 大臣の独自判断どこで」という記事を公開しました。
その中で、計画停止について最初に報じたのは月刊総合情報誌「選択」6月号の記事「難航する陸上イージス計画 河野防衛相が『白紙』を検討」と紹介し、編集部に問い合わせたところ「5月19日の時点で、『白紙を検討』との情報を得ていた」との返答があったと書いています。
読売の記事は5月7日の時点で「複数の政府関係者が明らかにした」として書いています。特に政治に関して、公開されていない事実を報じる際、関係者が実名で語ることはほとんどありません。匿名の情報源に頼らざるをえない面があります。
だからこそ、一人ではなく複数の情報源に確認することが、報道業界の一般的なルールであり、海外メディアではそのルールを明示しているところも多いほどです。
選択の報道やその後の流れを見ても、読売がそこまでして報じた内容が「火のないところに煙を立てる」レベルのフェイクニュース=偽情報だったとは思えません。
報道を「フェイク」だと否定する政治家は、河野防衛相だけではありません。
提言には入っているけれど「フェイク」
自民党の小野田紀美・参議院議員は6月17日、時事通信の報道をリツイートして、「フェイクです」とコメントしました。
「フェイクです。提言案には38項目の内容がありますが、そのうちの1項目に「コンビニ、運輸等の分野での外国人労働者の活用について更に議論を深め検討を行う」と書いてあるだけ。特定技能に加えることを求めてはいないし、提言の柱などではありません。外国人労働者を求める前にやるべき事があるはず」
時事通信は「特定技能にコンビニ追加 自民、外国人政策提言へ」という見出しで次のように報じていました。
「自民党の外国人労働者等特別委員会(片山さつき委員長)は17日、新在留資格「特定技能」の対象業種にコンビニエンスストアを加えることを柱とする提言を取りまとめた。政府が7月に策定する経済財政運営の基本方針(骨太の方針)に反映させるよう求める」
小野田議員のツイートは7000RT、1.2万いいねされて拡散。「時事通信のフェイクニュース多過ぎないですか?」「本当にマスコミは信用ならねぇ」と、こちらもメディア批判につながりました。
小野田議員は、委員会がまとめた提言案の38項目に「コンビニ、運輸等の分野での外国人労働者の活用について更に議論を深め検討を行う」ことが入っていると書いています。
外国人労働者に対する在留資格「特定技能」に関連し、38項目の提言案の中に「コンビニ分野の検討」を入れる事をさして、時事通信だけでなく他のメディアも「特定技能にコンビニ追加を提言」という内容で報道しています。
「特定技能に加えると求める」「提言の柱」と書いていないことから、時事通信などの報道が委員会の趣旨と異なると主張する事は、委員会の出席者である小野田議員の立場からありうる事でしょう。
しかし、この報道を「フェイク=偽物」と表現するのは行き過ぎではないでしょうか。
そもそもフェイクニュースとは何か
フェイクニュースという言葉が世界に広まったのは、2016年のアメリカ大統領選。報道機関を装ってフェイスブックなどで拡散される偽物のニュースを指す言葉として、主に用いられました。
ところがその後、当選したトランプ大統領はニューヨーク・タイムズやCNN、BuzzFeedなど、自分に批判的な報道に対して「フェイクニュースだ」という批判を繰り広げました。
このため欧米のジャーナリズムの世界では「フェイクニュース」という言葉を使うことに慎重になっています。安易なレッテル貼りとして広がっているからです。
代わって用いられているのが、不正確な情報を意味する「ミスインフォメーション」や操作された情報「ディスインフォメーション」などの言葉です。
「フェイク」は最も悪質な情報を意味する
これらの言葉を用いる時には、対象とする言説のどこが間違っているのか、どこが操作されているのかを証拠を挙げて正確に指摘しようという動きも広がります。
これが「情報の検証=ファクトチェック」です。世界においてはインターナショナル・ファクトチェッキング・ネットワーク(IFCN)、日本においては、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)などが、その普及に取り組んでいます。
FIJは情報のレーティング基準も独自に公開しています。
正しい順に、「正確」「ほぼ正確」、問題がある「ミスリード」「不正確」「根拠不明」、そして、明らかに間違っている「誤り」「虚偽」。
フェイクニュースという言葉は、この中で言えば、最も悪質な「虚偽」にあたります。
インターネットによって、誰でも情報を発信・拡散できるようになり、マスメディアが情報を独占する時代は終わりました。報道が検証され、時に批判されるのは、情報の民主化とも呼べます。
ただし、その検証や批判が常に正しいとも正確とも限りません。
自分たちが発する情報の信頼性を高めるためには、報道する側も、それを批判する側も、共に正確性と透明性が不可欠です。「フェイクニュース」という流行り言葉で相手をレッテル貼りする行為は、相互不信を増幅し、社会の分断を広げる危険性を常に孕んでいます。米国のように。
<この記事は、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)のサポートを受けています。(FIJリサーチャー:藤本結月)>
<情報開示:筆者はFIJ理事で、エディトリアル・ディレクターを務めています。>