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悪質な職場イジメは「陰湿な復讐」も辞さない態度で解決せよ

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:アフロ)

 神戸市立東須磨小学校の教員らによる若手教員へのいじめ問題が、紙面を賑わせている。

 知れば知るほど、胸糞の悪い事件だ。人間であるから、少々のからかいや悪ふざけが生じることもあろう。しかし今回の場合、明らかなる暴行、暴言、器物破損であり、犯罪行為だ。そういう大人が子供たちにものを教えていることに、多くの人がショックを受けていることだろう。

 はっきり言うが、この手の輩は成長の過程で道徳的な心情を育んでこなかった点で、野獣と同じだ。学校教育の現場であれば手の打ちようもあるが、30、40代になってまで人を傷つけて喜んでいるような者は、いくらたしなめても改悛の情を示すことはない。せいぜい、次はバレないようにやろうと思い、口では謝っても、心の中では舌を出すのが関の山である。

 筆者は、日本の企業における働きがい、生きがいを高めることを目標にしている。結論として、職場いじめは学校でのいじめとは異なるアプローチをとる必要がある。簡潔に言えば、大人たるもの、自分の居場所は自分で守るしかない。キツイかもしれないが、正義は我にあるのだから、違法でない限り、いじめに対抗するにはいかなる手段も躊躇してはならない。

いじめに対してヘラヘラと笑うな

 まず、いじめをする側は、あなたのことを立場的に劣等と見ている。ひるがえって、人間的にも劣等であるから、いじめられて当然の人間であるとみなしている。だから、いじめられる方にも問題があるのだと言い、自分の犯罪行為を正当化しようとするのだ。

 いじめの初期の兆候があらわれたとき、それを見逃してはならない。相手にしないのが一番だと言う者もいるが、それではいじめる側は、こいつはいじめを受け入れているのだと勘違いし、エスカレートする恐れがある。

 したがって、いじめに対しては気弱な態度を見せてはならない。はっきりと「やめてほしい」「これ以上は嫌がらせとみなす」と伝えるのである。もちろん、周囲に何名か人がいるときに、である。普通の精神性をもった大人であれば、これでひとまず、いじめは解消されよう。職場いじめは立場が下とみなされる者に行われるのであるから、対等な人間であることを分からせてやればよいのだ。

 問題は、いじめる側が根っからの悪党の場合である。すなわち、今回の場合のような、正常な人間性をもちえない輩によるいじめの問題である。そういう場合、ひとたびターゲットになったときには、どう反応しようともいじめはエスカレートしていく。

 日本の会社組織は、問題が生じたときには内々で解決し、適当な折り合いをつけようとする傾向がある。したがって、いじめを受けていると上司に訴えたとしても、事なかれ主義の対応をされることが少なくない。初期のいじめの場合、とくにその傾向があらわれるだろう。もしそのような傾向がみられたときには、はっきりと第三者機関に相談すると伝えたほうがよい。それでもいい加減な姿勢を見せるのであれば、実際に通報しなければならない。

 決して躊躇してはならない。いじめを受けると精神的に疲弊し、抵抗する気力が失われていく。いじめのほうはエスカレートしていくのだから、まったく抵抗することができなくなる。ついには退職せざるを得なくなり、最悪の場合、死を選択することになる。だから、具体的な行動に移せるうちに対処しなければならない。

 たしかに転職も、一つの手ではある。しかし、自分は悪くないのに、なぜ自分が転職しなければならないのか。追い出されるべきは、いじめる側のはずだ。最悪でも転職すればよいのだと考え、気を強くもって事に当たってほしい。

職場の犯罪者を撲滅せよ

 ベルゲン大学のダン・オルウェーズ教授がノルウェーで行った調査によれば、小学校6年生から中学3年生までにいじめを行った人のおよそ60%は、24歳までに少なくとも一度は有罪判決を受け、35~40%は3回以上の有罪判決を受けるようだ。

 ようするに、いじめっ子の大半は犯罪者予備軍なのである。そういう輩が職場にいれば、早晩大きな事件を起こし、会社は壊滅的な打撃を被るかもしれない。自分の好きな職場を守るためにも、責任をもっていじめる者を排除しなければならない。

 かといって第三者機関に通報すれば、職場そのものが危機に追いやられると考える人もいるだろう。そういう人は、やはりいじめる側と徹底的に戦う必要がある。力で対抗できない場合は、間接的に痛めつけるしかない。つまり、相手を精神的に消耗させるのである。

 パッと思いつくかぎり挙げよう。いじめる側にも家族がいる。その家族に、お宅の〇〇さんにいじめられていると訴えるのだ。あるいは実家をつきとめ、彼らの親に親切にした後、実はいじめられていると打ち明けるのもよい。親とか家族関係は、相当こたえるはずだ。殴られたらラッキー。いじめの現場を動画に映して、職場の人たちに見せるとよいだろう。内容が衝撃的であればあるほど、効果的である。

 もっとどぎつい手も浮かぶが、これ以上書くのはやめておこう。これらを実際に行動に移すかはともかく、やり方はいくらでも残されていることが分かれば、勇気がわく。相手が自分の人格を否定してくるのであれば、こちらも倍返しするくらいの気持ちをもたなければならない。暴力に暴力で返すのは三流のやり方だ。違法性のないすべての行為を検討し、消耗戦を戦うのだ。

 改めて言うが、我慢が最悪の手段だ。自分が犠牲になる必要はない。平和主義など棄て去り、強い決意のもと、犯罪者たちと戦う気概をもとうではないか。

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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