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「ゾンビ火災」が北極地方を襲うおそれ その正体とは…

森さやかNHK WORLD 気象アンカー、気象予報士
2019年アラスカ州で起きた山火事の様子(提供:Alaska Division of Forestry/ロイター/アフロ)

消されたはずの火が、数か月後やおら息を吹き返して、大規模火災に発展する―。

そんな恐ろしい出来事が、今年の夏に北極地方で起こるのではないかと懸念されています。

こうした現象は「ゾンビ火災」、または「残留火災(Holdover fires)」や「スリーパー火災(Sleeper fires)」などと呼ばれます。

ゾンビ火災のメカニズム

どのようにして、一度消えた火がゾンビのように復活するというのでしょう。

メカニズムは以下のようなものです。

大規模火災が起きて、火が地中深くに達する。

→ その火の熱が、冬の間も地中でくすぶり続ける。

→ 地中に、木の根や丸太などといった燃焼材料と酸素があると発火する。

→ 夏の高温・乾燥で、地表の燃えやすい物に次々と引火し、火災が拡大する。

では、なぜ火は数か月も地中でくすぶっていられるのでしょうか。

その理由は、北極圏の土壌と温暖化が関係しているようです。

北極圏の土壌は、一部が腐敗した植物や有機物などの「泥炭」でできています。

これは可燃性のメタンガスを大量に含んでおり、欧州では暖房用に使われてきたほどです。燃えやすく、冷たく湿った土壌でも長期間火が持続しやすいという性質を持ちます。

ただ泥炭の土壌は、大量の水分を含んでいます。そのため、本来は火の拡大を防ぐ働きがあるのです。ところが気温上昇によって泥炭が乾燥し、引火しやすくなっていると言います。

大規模な原野火災

このような北極地方の土壌の性質に加え、昨年には前代未聞の原野火災が発生しました。

6月から7月にかけての6週間だけで、シベリアやアラスカ、グリーンランドなどで、観測史上最多となる100件の大規模火災が起きたほどです。こうした類を見ない数の大規模火災が起きたことで、地中にゾンビ火災の種、いわゆる「ホットスポット」が例年以上に多く埋もれている可能性があります。

さらに今春は季節外れの高温だったこともあり、夏にかけて火が息を吹き替えし、大規模な原野火災に発展する恐れがあると指摘されているのです。

過去のゾンビ火災

ところで、過去にはどのようなゾンビ火災があったでしょうか。

4年前に起きたカナダ東部のフォートマクマリー森林火災がその一例です。この火災は59万ヘクタールを焼き、損害額は99億ドルに及んで、カナダ史上最悪の災害として記録されています。

2016年5月1日に始まったこの火災は、同年7月6日に鎮火の宣言が出されました。しかし翌年2017年の春に再燃し、完全に火が収まったのは、燃え始まりから15ヶ月が経った8月のことでした。

またアラスカでは、2005年から39件のゾンビ火災が確認されているようです。そのほとんどは11ヘクタール以下の小規模な火災ですが、7件は、衛星画像でもとらえられるほど巨大な火災に発展したといいます。

別のゾンビ火災

ちなみに、以上のような越冬型の「ゾンビ火災」の他に、落雷のあと数日~数週間経ってから、火が発生するものも同じ名前で呼ばれています。

ゾンビ火災―。まごうことのなき恐ろしい現象。まさに言い当て妙だと感心する半面、生き返る火の怖さにぞっとします。

*参考サイト*

「'Zombie Fires' From Last Year's Terrible Fire Season Are Coming Back in The Arctic」(Science Alert)

「前例のない異常事態」:北極圏の火災 (GNV)

NHK WORLD 気象アンカー、気象予報士

NHK WORLD気象アンカー。南米アルゼンチン・ブエノスアイレスに生まれ、横浜で育つ。2011年より現職。英語で世界の天気を伝える気象予報士。日本気象学会、日本気象予報士会、日本航空機操縦士協会・航空気象委員会会員。著書に新刊『お天気ハンター、異常気象を追う』(文春新書)、『いま、この惑星で起きていること』(岩波ジュニア新書)、『竜巻のふしぎ』『天気のしくみ』(共立出版)がある。

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