ウィシュマさん入管死国賠訴訟、第10回弁論で裁判長が示した「暫定的な争点」
名古屋出入国在留管理局(名古屋入管)で2021年3月、スリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさん=当時33歳=が収容中に死亡した事件を巡り、遺族が国を相手に約1億5000万円の損害賠償を求めて提訴した裁判の第10回口頭弁論が2023年11月29日、名古屋地裁で開かれた。
原告側、国側双方の医師の意見が真っ向対立
昨年6月に始まった裁判は2年目に入っており、今年6月と7月に開かれた法廷では収容中のウィシュマさんの様子を収めた監視カメラ映像の約5時間分が上映された。
その後、原告側弁護団がYouTubeにも全映像をアップしたことから、それらにリンクを張る形で以下2本の記事をまとめた。
・ウィシュマさん訴訟第7回弁論、法廷で再生された全映像から原告、被告双方の主張を確かめる【追記あり】
・名古屋入管でのウィシュマさん死亡巡る訴訟、法廷で再生された全映像と原告・被告双方の主張を検証する
9月には第9回口頭弁論があり、被告の国側が医師(久留米大学医学部内分泌代謝内科部門の野村政壽教授と名古屋掖済会病院精神科の市田勝医師)の意見書などを提出。ウィシュマさんの体調が急激に悪化していった2021年1月28日以降の庁内内科医を含めた名古屋入管職員による医療対応が「不合理ではなかった」との主張を補強した。
原告側はそれらに対する反論をこの日の第10回口頭弁論に合わせて提出するとしていた。準備書面としては間に合わなかったが、過去2回の弁論に合わせて原告側の意見書で見解を示していた2人の医師(東京勤労者医療会あびこ診療所所長の今川篤子医師と同東葛病院臨床検査科科長の下正宗医師)による反論となる意見書を提出。国側の意見書にはウィシュマさんが死に至るまでに「一般的な医師であれば採らないような対応や判断があるかどうか」という観点からの考察や検証がなされていないなどと批判した上で、ウィシュマさんの死因は「脱水・栄養・代謝障害」が推測されるとあらためて指摘している。
死亡前の摂食カロリーは標準必要量の4分の1
こうした死因や医療対応の是非に関わる形で、原告側はこのほか収容の違法性について補充する第11準備書面、収容中のウィシュマさんへの医療対応が全体に不合理ではないとする国側主張に反論する第12準備書面も提出した。
特に第12準備書面では、ウィシュマさんの体調悪化と収容所内で摂った食事量や水分量について検証。看守記録日誌から追える2021年2月6日から15日までの摂食量を多めに見積もって1日平均448キロカロリー、摂水量を同1.074リットルと計算した。
厚労省の統計では、一般的な30〜49歳の成人女性のうち、身体活動レベルが低い場合の推定エネルギー必要量は一日1750キロカロリー、必要水分量は同2.3〜2.5リットルとされている。ウィシュマさんの摂食カロリー量はその4分の1程度、摂水量は半分以下で、生命を維持する量には到底及んでいない。にもかかわらず、入管側は必要な手当てや客観的なデータの把握を怠ったと原告側は主張する。
焦点は「ケトアシドーシス」に対する見方
これら双方の主張を踏まえてこの日、佐野信裁判長は「暫定的な争点」を示した。
そのキーワードは、医療の専門用語で「ケトアシドーシス」という状態についてだ。
2021年2月15日、ウィシュマさんは入管収容中に2回目となる尿検査を受けたところ「ケトン体3+」などの異常を示す結果が出た。
ケトン体は生体維持に必要なグルコース(ブドウ糖)が不足した際に体内で生成される物質。生成の主な原因は糖尿病の症状か「飢餓状態」であるかだ。そのケトン体の高い状態を総称的に「ケトーシス」と呼び、その状態がさらに進行すると血液が酸性に傾く「ケトアシドーシス」になる。
原告側の今川医師の意見書によれば、「ケトアシドーシス」は意識障害や嘔吐、腹痛などの症状を引き起こし、重篤化するとショック状態となる。糖尿病の症状がなかったウィシュマさんは最終的に「飢餓性ケトアシドーシス」の状態であったとみられ、2月15日の尿検査の時点で詳しい血液検査をして対処しなければならなかったという。
一方、国側の野村教授による意見書では、ウィシュマさんは2月15日以降、3月に亡くなる直前まで会話ができており、意識障害を伴う重篤な「ケトアシドーシス」の状態になっていたとは考え難いとする。その上で、血液検査をしなかった庁内内科医の対応は「不適切であったとはいえない」と擁護している。
庁内内科医の過失が入管側の過失にもなるか
佐野裁判長はこうした意見の相違から、原告側にはあらためてウィシュマさんが「ケトアシドーシス」に至ったメカニズムや死亡との因果関係を次の準備書面で明らかにするよう求めた。
一方の国側には、当時の庁内内科医が「ケトアシドーシス」について認識せず、対応をしなかったということでいいかと問いただした。また、争点について言及する前には「庁内内科医の対応が不合理である場合、入管局長の対応も不合理と言えるのか」や「庁内内科医が公務員であるか」についても確認した。
一連のやり取りを素直に受け止めれば、裁判長は生命の危機に直結する「ケトアシドーシス」の状態を庁内内科医が見過ごしてしまったことが過失であれば、すなわち入管側の過失になるという筋立てを探っているようだ。
国側の代理人はいら立ちを隠せない様子で「暫定的であっても争点を示すのであれば、慎重に検討するので書面でやり取りをしたい」と述べるにとどめた。
「名誉と尊厳」判断できるのは入管でなく家族
原告が開示を求めている残り290時間分のビデオ映像については、国側があらためて「任意に提供(開示)はしない」との考えを回答書で示した。
その理由として「証拠調べの必要性がある部分の特定を未だ十分に行っていない」ことをはじめ、既に提出された5時間分のビデオ映像を原告がマスコミに提供し、YouTubeでも公開していることを挙げた。それによって「保安上の支障が生じる」ほか、ウィシュマさん本人の「名誉・尊厳」を保護できないのだという。
これに対して妹のワヨミさんとポールニマさんが法廷で意見陳述し、強く反発した。
「私たちが約5時間分のビデオを公開した主な理由は、姉が救いを求めながら命を奪われた姿を多くの方々に見ていただき、二度と同じ過ちを日本社会に繰り返してほしくないと強く願っていたから」
「何がウィシュマの名誉と尊厳なのかを判断できるのはウィシュマの命を一番残酷な方法で奪った組織ではなく、私たちウィシュマの家族」
その上で「裁判で真実を明らかにするために国が290時間のビデオを提出することは絶対に必要。そこに入管にとって知られたくない真実が映っていたとしても、入管が提出を拒否することは許されない」と訴えた。
裁判長はこのビデオ開示の必要性を「争点整理と並行して判断したい」と述べ、この日の弁論は終わった。次回は来年2月21日の予定。