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中国人留学生の陳さんが日本企業を選んだわけ

中島恵ジャーナリスト

「もうすぐ大学院を卒業します。4月1日からは○○企業に就職します」

3月上旬だっただろうか。私のフェイスブック上に陳さん(仮名、24歳)の書き込みを見つけた。ちょうど1年ほど前、高田馬場駅前のコーヒーショップで取材させてもらい、「友だち」になったことを思い出した。陳さんは今どき珍しいほど真面目できちんとした中国人留学生だ。当時、陳さんに聞いた話の一部を、拙著『中国人エリートは日本人をこう見る』の中に収録させてもらった。

確かに、彼は優秀な留学生であることは間違いない。だが、就職先が日本を代表する大手企業だったことに少しびっくりした。最近は大手もずいぶん中国人の採用に積極的になっていると聞いていたが、自分の知り合いが入社したことはあまりなかったからだ。さっそく卒業&就職祝いを兼ねて、ランチにお誘いした。

桜が満開になる少し前。お堀端にあるおしゃれなカフェで待っていると、花粉症で鼻をむずむずさせている陳さんが現れた。しばし談笑したあと、彼は自らの就職活動について話し始めた。

「最初は中国に帰国することも考えたんです。でも、私の故郷は○○省の省都。大都市ではありますが、日本ほど大きな企業はそれほどありません。それに、私は大学院で金融やコーポレートファイナンスを学んだので、それを生かせる企業となると、ますます選択肢は少なくなる。北京や上海ならそうした企業もありますが、故郷からは遠いので…。実家のある都市から同じように遠いのなら、東京にいても同じじゃないか、と思ったのです」

なるほど。中国では彼が学んだことを生かせる企業はまだ少ない。しかも、中国で大手国有企業などに入社するのは、中国の有名大学を卒業し、しかるべき「コネ」も求められる。そこまでの学歴や「後ろ盾」がない陳さんにとって、日本のある程度平等な就活を選ぶのは最善の策だといえるだろう。

おまけに、陳さんによれば、日本企業の給料は中国の大手企業の約2倍。一般企業なら、中国の新卒の初任給の平均は3000元(約45000円)だから、単純計算では4倍以上にもなる。日本で就職すれば、金銭的魅力も大きい。彼は会社の補助も計算した上で、家賃10万円の新しいマンションを契約した、とうれしそうに話してくれた。

陳さんが面接した日本企業は10社。そのうち2社の内定を得た。最初は金融・証券だけに絞っていたが、たまたま「就活生の声を聞く」というイベントがあって参加したところ、入社予定の企業の社員から声を掛けられたという。後日、同社の人事担当者から「君は何をやってきたのか?」や「将来は何をやりたいのか?」を聞かれ、答えたり、こちらから質問していくうちに、誠実な対応に惹かれていったという。飲み会にも誘われて行ってみると、40歳前後の中堅社員が話しかけてくれ、社内のビジネス状況ややりがいについて熱く語っていて、「ぜひこの企業に入社してみたい」と思ったとか。

ちなみに、別の日に金融に勤務する社員に会ったときには、「30代ではこのぐらい、40代ではこのくらいの給料をもらえるんだよ、とお金の話ばかりされました」と話していた。むろん、金融が悪いという意味ではなく、陳さんには内定企業の雰囲気が合っていたということなのだろう。

いつか中国に帰るんじゃないの?

陳さんによると、中国人留学生が企業からよく聞かれることのひとつは「数年経ったら、中国に帰るんじゃないの?」という質問だ。女子学生が「結婚したら、会社を辞めるんじゃないの?」と聞かれる質問に似ている。陳さんの場合は「その予定はありませんが、先のことはわかりません」ときっぱりと答えたという。

日本で就職活動をする中国人留学生は少なくない。その正確な数は把握できないが、法務省の統計によると、在日中国人は約67万5000人。そのうち留学生は約12万7000人に上る。留学生ビザから就労ビザへの切り替え者は、ここ数年数千人~1万人規模になるという。東日本大震災で一時減少したが、再び盛り返している。

企業にとって中国人を採用するメリットは、やはり中国事情がわかるという点だろう。中国語と日本語の2カ国語をしゃべることができるので、中国に支店や支社があれば、そこへの派遣要員にもなり得る。一方で、デメリットもある。前出のように「長く働いてくれないのではないか?」という疑念だ。極端な例だと思うが、技術系などでは情報漏えいなどを心配する企業もあるようだ。

海外展開に積極的で、海外の売上高比率が高い企業などは別だが、採用実績がない場合、大手でもまだ採用に踏み切れない企業もある。かつて、雇用機会均等法などで「女性をどう活用するか?」という問題があり、それは今も古くて新しい問題だが、今や「中国人留学生をどう活用するか?」も企業にとって重要な課題になりつつあるといえるだろう。

陳さんにこれからどうしていきたいかを聞いてみた。

「まずは“実務”を覚えることが先決だと思っています。大学院で勉強したことが全部役に立つとは思っていませんが、大学院はある意味、閉鎖された社会。まだ、自分は日本の一部のことしか知りません。これから、“本当の日本社会”の洗礼を受けるときだと思っています。楽しみでもあり、新鮮な気持ちでいっぱいですね」

もうすぐ春、4月ー。新品のスーツに身を包んで通勤するビジネスマンの姿を頻繁に目にすることだろう。その中には、きっと陳さんのように日本企業で第一歩を歩み出す中国人がいるかもしれない。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「日本のなかの中国」「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミア)、「中国人のお金の使い道」(PHP新書)、「中国人は見ている。」「日本の『中国人』社会」「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国を取材。

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