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【大谷選手のデコピン】世界で最も価値のある子犬に「近交係数」問題が浮上で獣医師が解説

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
「MLB@MLBのX」より

大谷翔平選手が犬の話をするとすぐにSNS上でトレンド入りします。

THE DIGESTは、ドジャース入団会見で地元メディア『FOX 11 Los Angeles』のカイル・クラスカ記者が「1社につき1問」という限られた時間のなか、「リーグMVPの受賞会見で映った、ショウヘイの愛犬の名前を世界の野球ファンが知りたがっている。この場で発表してもらえないでしょうか?」と尋ね大谷選手の愛犬の名前が「デコピン」ちゃんと判明したと伝えています。

さらにTHE DIGESTは、世界最大の米老舗経済紙『THE WALL STREET JOURNAL』が「ショウヘイ・オオタニは7億ドルの契約を結んだばかりだが、多くのファンは彼の愛犬であるディコイのことしか話したがらない」と報じ、「ディコイ(米国の人はデコピンと発音しにくいので、デイコイとなっています)はいま、世界で最も価値のある子犬だ」とユニークに紹介していると報じています。

動物好きな人たち、大谷選手のファンの人たちは、デコピンちゃんの存在が気になります。デコピンちゃんを通して大谷選手のファンになる人もいるでしょう。デコピンちゃんが人気になるのはいいことですが、そんななかで獣医師として危惧があります。デコピンちゃんは、コーイケルホンディエという世界的に数の少ない犬だということです。大谷選手が実家で飼っていたゴールデンレトリバーなどだと世界中に数多くいますが、その点が大きく違うのです。

コーイケルホンディエはどんな犬?

コーイケルホンディエはオランダ原産でカモ猟に使われていた犬です。銃が発明される以前のカモ猟では網が使用され、網を打つ前に鳥をおびき寄せるのがこの犬の仕事でした。

しかし、第二次世界大戦が終了するまでにはコーイケルホンディエは、ほとんどが全滅してしまい、一時期は世界で5頭までに減少したといわれています。

現在では愛好家の努力によって少しずつ増えてはいますが、依然として本国オランダ以外では非常に希少な犬種となっています。米国にはあまり多くはいないようです。ちなみに日本ではJKCの登録頭数は、1999年に6頭で近年は100頭前後で増えてきているそうです

このように、世界中に数が少ない犬は近親交配が起こりやすいのです。近親交配をすることで、遺伝病が出る可能性があります。そのことを考えていきましょう。

近交係数(きんこうけいすう、inbreeding coefficient)とは?

大谷選手の愛犬デコピンちゃんに焦点が当てられていることに獣医学に見て、危惧があります。

それは、近親交配により遺伝的なバリエーションが減少し、健康な子孫の生まれる確率が低下する可能性があるからです。

犬の繁殖においても近交係数の概念は重要です。近交係数とは、生物学や獣医学において用いられる遺伝学の概念であり、遺伝子プール内での近親交配の度合いを示します。

近交係数の計算の方法は、血統書を見ればわかりますが、交配する親犬の系統図を作成します。これには祖父母、曾祖父母、高祖父母などの先祖を含めます。それで共通する祖先の数を数えるのです。

近交係数の計算式=共通の祖先÷全体の祖先

近交係数が高いとよくないのです。血統書付きの愛犬を飼っている人は、一度、近交係数を調べてみると、愛犬のブリーダーが良心的かどうかがわかるひとつの物差しです。

日本でよく見かけるトイ・プードルやチワワなどは、血統書に載っている系統図の中で共通する祖先は少ないです。良識があるブリーダーなら血統書の中に同じ祖先を見つけることはあまりないと思います。

その一方で、数が少なくなると、祖先が同じになったりするのです。そうなると、遺伝病が増える恐れがあります。

数が少ない犬種は、きょうだいや親子で交配させてしまうので、それで、遺伝病や奇形の子が出てくる可能性があがるのです。

デコピンちゃんは「世界で最も価値のある子犬」といわれて人気はうなぎ登りなので、コーイケルホンディエをほしがる人が増えています。その際には、健康で遺伝的に多様な血統を持つ相手との交配が望ましいです。

野生動物は、近親交配が起きない仕組みが

生物種の個体群がある程度以上小さくなると近親交配が起こりやすくなります。それぞれの種には絶滅を回避して種を存続できる最低限の規模があります。

近親交配をしないように動物たちは、行動の工夫をしています。たとえば、ライオンはネコ科の動物ですが、群れで生活をしています。近親交配を防ぐために、雄ライオンは、約3歳ごろに性成熟して、その頃になると群れから追い出されることが知られています。

このようにして、自然界では、近親交配が起こさないような行動をするのです。生物種の個体群が少なくなると、どうしても近親交配をして、やがて、その個体は病気にかかりやすいので、絶滅してしまうのです。

まとめ

デコピンちゃんと同じ犬種がほしい気持ちはよくわかります。記者会見で大谷選手とハイタッチをしている姿を見ると、同じことをしてみたいと思うのでしょう。

その一方で、大谷選手が野球に専念できるようにするのも大切なことです。

デコピンちゃんと同じ犬種のコーイケルホンディエの遺伝病が増えることはよくないです。そのためには、コーイケルホンディエをほしがらず、大谷選手の犬を愛おしむ姿勢を見習うというのは、いかがでしょうか。

そのように思う人が増えれば、悪徳ブリーダーによって、近親交配されることを防ぐことができます。

愛犬や愛猫の名前をデコピンちゃんと名付ける程度にしておきませんか。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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