新型コロナ:「デマ否定」が逆にデマを拡散させてしまう――それを防ぐには
感染症などをめぐってネットに氾濫するデマ。だが、「デマ否定」がかえってデマを広げる事態も起きる――。
感染症をめぐるデマについて、米ダートマス大学などの研究チームが、新たな調査結果からそんな傾向を明らかにした。
虚偽情報に対抗する取り組みとして、ファクトチェックの重要性が指摘されてきた。だが場合によっては、事実の提示が逆効果になることもある、ということだ。
では、このパラドックスを避けるためにできることはあるのか。
デマをめぐるメディアのニュースでは、「否定形」ではあっても、デマの内容はユーザーの目に飛び込み、強い印象を残してしまう。
だが、この問題に対するいくつかの対策も提唱されている。
その一つが、「真実のサンドイッチ」と呼ばれる手法だ。
まずはニュースの主眼を、事実をしっかり伝えることにおき、その後に、事実に反するデマの内容を伝え、さらに改めて事実を伝える。そうすることで、デマが強い印象を残すのを避ける狙いがある。
カリフォルニア大学バークレー校教授で認知言語学の第一人者、ジョージ・レイコフ氏が提唱しているものだ。
もう一つの対策として指摘されているのが“スルー力”。
デマの拡散規模を見極めて、その拡散が限定的ならニュースとしては扱わず、いたずらに社会の関心を集めないようにする、という判断だ。
フェイクニュース対策のNPO「ファースト・ドラフト」事務局長のクレア・ワードル氏らは、拡散の「ティッピング・ポイント(臨界点)」を見極めよ、と指摘する。
新型コロナウイルス禍の中で、メディアの「伝え方」にも、効果と影響を見据えた検討が必要になっている。
●感染症をめぐる「デマ否定」の逆効果
米ダートマス大学社会科学部副学部長のジョン・M・カーリー氏らの研究チームは今年1月末、ジカ熱(ジカウイルス感染症)の流行をめぐるデマと「デマ否定」の逆効果について、ブラジルでの調査による研究結果を、学術誌「サイエンス・アドバンシス」に発表した。
まず研究チームは2015年から2016年にかけてブラジルで流行したジカ熱に関する情報の理解について、1,532人のブラジル人を対象に、2017年に対面調査を実施した。
それによると回答者は、ジカ熱について「蚊が媒介する」という事実を92%が、「人との日常的接触では感染しない」という事実は83%が、それぞれ理解していた。
その一方で、63%超が「遺伝子組み換え(GM)の蚊が感染を広げた」というデマを信じており、ジカウイルスが要因の一つとされる小頭症について、過半数が「ボウフラの駆除剤」「三種混合ワクチン接種」が原因とのデマを信じていた。
研究チームはさらに、2017年と2018年にネット上での調査も実施した。
この調査では、「遺伝子組み換えの蚊が感染を広げた」などのデマについて、世界保健機関(WHO)の情報をもとに否定したところ、その前後で回答者がデマを信じる割合がほとんど変わらなかった、という。
さらに、「遺伝子組み換えの蚊」のような広く信じられているデマを否定することで、回答者はジカ熱に関するより一般的な事実についても、懐疑的になる傾向があった、という。
つまり、デマを否定されることで、人々は事実を理解するのではなく、より事実から遠ざかってしまった、ということだ。
研究チームは、やはり蚊が媒介する黄熱病に関するデマについても、事実をもとに否定する実験をしたところ、こちらはジカ熱の場合とは違い、否定の効果があった、という。
長い歴史のある黄熱病と、ブラジルでの流行時には一般にはほどんど知られていなかったジカ熱。
研究チームのメンバー、ダートマス大学教授のブレンダン・ニーハン氏は、これについてこうコメントしている。
私たちの研究結果によれば、ジカ熱のような新興の疾病に関する誤解を訂正しようとする取り組みは、思ったほど効果を上げないかもしれない。
ジカ熱よりもさらに新興の感染症が、新型コロナウイルスだ。
●「バックファイヤー効果」と「真理の錯誤効果」
ダートマス大学のブレンダン・ニーハン氏は、デマを否定されることで、よりデマを強く信じてしまう「バックファイヤー効果」の研究でも知られる。
※参照:偽ニュースの見分け方…ポスト・トゥルース時代は、まだ来ていない(12/31/2016 新聞紙学的)
ニーハン氏は2005~2006年の研究で、イラク戦争の理由とされた「イラクによる大量破壊兵器の保有」について、これが事実ではなかったことを示す実験をした。
すると一部の人々に「大量破壊兵器の保有」をより強く信じてしまう「バックファイアー効果」が見られ、保守派にこの傾向が顕著だったという。
「デマの否定」をめぐっては、ほかの逆効果も指摘されている。
「真理の錯誤効果」と呼ばれるものだ。
ウソであっても、何度も繰り返されることで、事実と思ってしまう。米国では、特にトランプ大統領が事実ではない発言を繰り返すことをめぐり、その弊害を指摘する文脈で使われたりする。
その弊害については、メディアにも矛先が向けられている。
トランプ大統領による、事実と異なる発言やツイートをメディアが報じる際に、その内容を見出しにすることで、実質的にその拡散を後押しし、「真理の錯誤効果」を及ぼしてしまっている、との批判だ。
●「真実のサンドイッチ」
トランプ氏はメディアを必要としている。そしてメディアは、彼の発言を繰り返すことで、その手助けをしている。
そう指摘するのが、カリフォルニア大学バークレー校教授のジョージ・レイコフ氏だ。
※参照:「真実のサンドイッチ」と「スルー力」、フェイクを増幅しないための31のルール(12/13/2019 新聞紙学的)
※参照:ニュースが「トランプショー」から抜け出すための5つの方法(08/01/2019 新聞紙学的)
レイコフ氏は、単にトランプ氏の発言をなぞって繰り返し伝えるのではなく、以下のような構成にすることを提案する。
(1)まず事実の全体像を提示する
(2)その上でトランプ氏の発言を紹介
(3)さらにトランプ氏の発言内容をファクトチェックする
「事実」「発言」「事実」というサンドイッチ型の構成だ。
メディアのニュースは、デマなどの情報を「否定形」で報じる。
だが、「否定形」であろうがなかろうが、その内容はメディアを通じて拡散してしまう。トランプ氏の場合、その効果を見極めた上で、刺激的な発言やツイートを繰り返していることもうかがえる。
一方で、「事実」「発言」「事実」というサンドイッチ型の構成にすることで、ニュースの重心は「事実」に置かれることになる――それがレイコフ氏の見立てだ。
●ファクトチェックと「スルー力」
tori氏のnoteでの指摘によれば、日本国内でも2月末から広がったトイレットペーパーの「品薄デマ」の騒動は、ネット上で拡散もしていなかったデマが、インフルエンサーらに「デマ否定」の文脈で取り上げられることで、大きな注目を集めてしまうという経緯をたどったようだ。
また日本経済新聞の報道によれば、「品薄デマ」を否定するツイートの爆発的増加がメディア報道にもつながり、実際の品薄に連動していた、という。
フェイクニュース対策のNPO「ファースト・ドラフト」のクレア・ワードル氏らは3月10日、「新型コロナウイルス報道と誤情報対策のヒント」と題して、このような問題への対処法をまとめている。
この中でワードル氏らは、メディアがどのようなネット上のうわさを取り上げるか、という判断について、「ティッピング・ポイント(臨界点)」という表現で、このようなアドバイスをしている。
うわさが、ニッチなコミュニティの中だけで出回っていたり、ほとんど(「いいね」などの)エンゲージメントが獲得できていないなら、そこにあえて注目を集めることは避けよ。そのうわさがティッピング・ポイントに達しているかどうかを判断するための、5つの質問を挙げておく。
・どのぐらいのエンゲージメントを獲得しているか。それが同じプラットフォームの同種のコンテンツと比べてどうか?
・その議論は、ネット上の特定のコミュニティの中だけのものか?
・プラットフォームにまたがる拡散をしているか?
・インフルエンサーや認証マーク付きアカウントが共有しているか?
・大手メディアが報じているか?
また、ハーバード大学ケネディスクールのディレクター、ジョーン・ドノバン氏とダナ・ボイド氏は、「戦略的沈黙」と「戦略的増幅」というキーワードで、こう指摘をしている。
フェイクニュースと分極化したレトリックがあふれるメディアのエコシステムの中で、メディアが何を報じないのか、という選択は、何を報じるかと同じくらい、重要な意味を持つことになる。
どのような情報を、あえてメディアの俎上にのせないか――そんな“スルー力”が、大きな意味を持ってくるということだ。
●受け手の“スルー力”
マスメディアやソーシャルメディアを通じて、新型コロナウイルス禍をめぐる膨大な情報が氾濫している。
その中では、情報の「受け手」もまた、行き交う情報を判断し、リツイートや共有をすることでその「発信者」の立場に置かれる。
「スルー力」はまた、「受け手」に求められる能力でもある。
(※2020年4月6日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)