新型コロナ BCG仮説の現在 予防効果は証明されたのか?
2020年3月に登場した「BCGワクチンが新型コロナ予防に有効ではないか」というBCG仮説は、今も議論が続いています。仮説の登場から5ヶ月が経った現時点でのエビデンスについてまとめました。
BCGワクチンとは?
BCGワクチンは結核を予防するワクチンの通称であり、このワクチンを開発した研究者の名前であるBacille Calmette-Guerin(カルメットとゲランの菌)の頭文字をとったものです。
その効果としては、乳幼児期にBCGワクチンを接種することで、結核の発症を70%程度、そして結核性髄膜炎や粟粒結核という重篤な病態を80%程度予防することができると報告されています。
日本では生後1年の間(通常生後5ヵ月から8ヵ月の間)に接種することになっています。
9歳の長男の左腕にもまだBCGワクチンの接種の痕が残っています。
なおBCGワクチンはMycobacterium bovisという牛型結核菌を時間をかけて弱らせてワクチンにしたものであり、生ワクチンという種類のものになります。
一般的なワクチン接種後にみられることのあるアナフィラキシー反応、発熱、接種部位の腫れなどの副反応に加えて、接種からおよそ2週間後に針の痕に一致して発赤や硬結が生じ、その後化膿してかさぶたを作ることがあります。
また牛型結核菌による感染症である骨炎や全身性BCG感染症が起こることがごく稀にあります。
生ワクチンですので、免疫が弱っている方や妊婦さんは接種することができません。
BCGを定期接種している国では新型コロナ感染者と死亡者が少ない?
2020年3月にmedRxivという査読前の論文を掲載するサイトに、BCGワクチンを定期接種にしている国と、新型コロナの症例数と死亡数が少ない国との間に相関関係が見られる、という論文が掲載されました。
確かに4月の時点では、BCGワクチンを定期接種にしている国(日本、中国、韓国、香港、シンガポールなど)は感染者が少なく、接種をしていない国(イタリア、スペイン、アメリカ、フランス、イギリス)は多かったように見えます。
こうした感染者や死亡者については、BCGワクチン接種以外にも社会経済状況、人口構造、流行が起こった時期、検査数や診断基準、国の制御戦略など、国によって大きな違いがあるため、単純に比較はできませんが、これらの交絡因子を考慮した上でもBCG接種は死亡率低下と関連しているという研究もあります。
しかし、これらは直接的なBCG接種の新型コロナの予防効果を示したわけではなく「BCG接種率と新型コロナの症例数や死亡者数とに関連がありそうだ」という疫学的事実を示したにすぎません。
また同じBCGワクチンでも、菌株によって効果が異なるのではないかという説もあります。
5月の時点ではBCGの中でも特に、日本株やロシア株を接種している国で死亡者が少なくなっていましたが、現在は、日本株を接種しているイラクでも死亡者数が増加しており、5月時点よりも相対的に日本株BCGワクチンの優位性が見えにくくなっています。
前述の研究のように菌株に関係なくBCGワクチンに新型コロナ予防効果があるとするものもあり、菌株による予防効果の違いについてもまだ結論は出ていません。
BCGワクチンが、なぜ結核以外の感染症に対する予防効果が期待されているのか?
BCGワクチンは結核を予防するためのワクチンですが、以前から結核以外の疾患に対する予防効果も示されています。
小児期の呼吸器感染症や敗血症を40-50%減らすことや低出生体重児の死亡率を減らすことが示されています。
こうした結核以外の感染症に対してなぜ予防効果があるのかは十分に解明されてはいませんが、BCGワクチンが白血球の成分の一つである単球に働きかけて自然免疫を強化するゲノム変化を起こすこと、炎症促進性サイトカイン、特にIL-1Bの分泌を増加させることなどによるものではないかと推測されており「訓練免疫」と呼ばれます。
訓練免疫はBCGワクチン以外でも効果が示唆されており、現在冬を迎えている南半球(ブラジル)からは、インフルエンザワクチンの予防接種を受けていた人は、そうでない人よりもインフルエンザだけでなく、新型コロナ感染症による重症化リスク・死亡リスクが減った(死亡率が17%減少)という研究もあります(査読前)。
また、MMR(麻疹・風疹・おたふく)ワクチンやポリオワクチンなどが新型コロナの感染率を減らしたという査読前論文もあります。これも同様に、いわゆる訓練免疫による効果と考えられます。
BCGワクチンによる訓練免疫に関する効果は、つい先日報告された研究でも示されました。
65歳以上の高齢者を、BCG接種した72例とプラセボ群78例に無作為に割り付けたところ、接種後1年以内の新規感染症が減少し(42.3% vs 25.0%)、特に肺炎を含めた呼吸器感染症が減少した(17.9% vs 4.2%)というものです。
この研究の患者登録期間は2017年9月から2019年8月までであり、そこから観察期間が1年間ということで、新型コロナの予防効果を示しているわけではありませんが、高齢者におけるBCGワクチンの訓練免疫の効果を示すものと考えられます。
登録された症例数が多くないので、より大規模な臨床研究で同様の効果が示されれば、より強力な科学的根拠となるでしょう。
実際のところBCGワクチンに新型コロナの予防効果はあるのか?
直接的にBCGワクチンが新型コロナを予防する、あるいは重症化を抑制するというエビデンスはあるのでしょうか。
オランダでは、過去 5 年間にBCG を受けた人と受けていない人とを後ろ向きに比較したところ、新型コロナ流行期に「体調不良」になる人がBCG接種群で少なかったという報告があります。
しかし、この「体調不良」は新型コロナを指しているわけではなく、風邪など様々な原因によるものであり、実際に新型コロナと診断された人はBCG接種群で2%、非接種群で1%と差はありませんでした。
また、イスラエルでBCGを接種した世代と、接種していない世代、それぞれ約3000人を比較した報告もあります。
この報告では、新型コロナに罹った人、重症化した人に差はありませんでした。
そもそも30〜40代という重症化リスクの低い集団同士を比較したものですので、3000人で差がなくてもBCGに効果がないとは言い切れないところかと思います。
ということで、これまでの知見をまとめますと、
・疫学的にはBCG接種率と新型コロナの症例数や死亡者数との関連が示唆されている
・BCG接種により結核以外の感染症にも予防効果がある(訓練免疫)
・BCG接種により直接的に新型コロナの予防効果を示した研究はまだない
となります。
BCG仮説が登場して5ヶ月が経過しており、知見が集まりつつありますが、まだ結論は出ていません。
この仮説の検証のため、現在10の臨床研究が進行しており結果が待たれるところです。
新型コロナ予防目的でのBCG接種を推奨されていない
現時点では知見が十分ではないことを理由に、WHOは新型コロナ予防目的でのBCG接種を推奨していません。
日本ワクチン学会はこうした議論を踏まえて、4月3日に見解を発表しています。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するBCGワクチンの効果に関する見解
BCGワクチンがもし本当に新型コロナの予防効果があるのであれば素晴らしいことですが、それを判断するにはまだまだ情報が足りません。
大人がBCGワクチン接種のために病院に駆け込んで、本来BCGワクチンを接種すべき子どもたちのBCGワクチンが足りなくなることだけは防がなければなりません。
また「自分は子どものときにBCGワクチンを接種しているから大丈夫だ」などと思わずに、手洗い、咳エチケット、そして3密を避けるといった感染予防の原則を徹底するようにしましょう。