半世紀進化し続ける「とら食堂」の矜持
みちのくの玄関口「白河」で愛され続ける味
「札幌味噌ラーメン」や「喜多方ラーメン」「博多ラーメン」など、全国にその名が知られているご当地ラーメンは少なくない。日本全国で50とも100とも言われるご当地ラーメンの中で、福島県白河市の「白河ラーメン」は知る人ぞ知る隠れたご当地ラーメンである。しかしながら、ラーメンマニアならば誰もが知るメジャーなご当地ラーメンであり、同業であるラーメン店主たちもこぞって白河の地に足を運ぶほどの実力を持ったラーメンが「白河ラーメン」なのである。
人口6万人ほどの小さな町に100軒を超えるラーメン店がある白河市。一見、どこにでもありそうな醤油ラーメンのように見える白河ラーメンだが、その個性は際立っている。鶏と豚の旨味が凝縮された澄明なスープに、口の中で踊るようなプリプリもちもちとした食感の自家製手打ち麺。炭火で香ばしく燻された香り豊かなチャーシュー。そのパーツひとつひとつに存在感があり、それらが高い次元で見事に調和して一体感を醸し出す。その基礎を作った歴史的名店が、昭和44年創業の老舗「とら食堂」だ。
「とら食堂」が白河ラーメンを生み出した
「とら食堂」の創業者である故・竹井寅次さんはラーメン店で修業後、自分の店を始める時に麺を手打ち麺にした。日本蕎麦の技法を応用しながら、生地を足で踏み青竹を使って伸ばすことで、強いコシをもった麺が出来上がった。さらに生地を麺状に切り出したものはしっかりと手揉みすることで、強烈な縮れが出来る。この縮れが口の中で踊るような楽しい食感を生み出し、さらに油分や粘度の少ないスープをしっかりとキャッチして、スープとの絡みを良くする働きをする。
白河ラーメンのもう一つの特徴とも言えるのが燻製されたチャーシュー。客の多くは焼豚麺など、チャーシューが多く乗ったメニューを注文する人気の具材だ。しかし、とら食堂のチャーシューはただの具としてだけではなく、ラーメンの味作りにおいて重要な役割を担っている。スープは豚と鶏を使った清湯の醤油味だが、炭火で燻し香りをつけたチャーシューを煮込んだ醤油ダレをスープのタレに使う。こうすることでより深みを増した、白河ラーメンならではの奥深いスープが出来上がるのだ。
寅次さんは教えを乞うて来た人には隠すことなくその作り方を教えたという。とら食堂で寅次さんが創り上げたラーメンは、こうして多くの人たちに受け継がれて市内へ広がり、「白河ラーメン」という新しい食文化が錬成されていった。
二代目が白河ラーメンのレベルを上げた
寅次さんが礎を作り広めていった白河ラーメンを、さらに高い次元に引き上げていったのが、寅次さんの息子で二代目店主の竹井和之さんだ。父親が急逝し店を継ぐことになった竹井さん。しかし、父が死んだことによって「とら食堂は味が変わった」と言われ、客足はどんどん遠のいていった。そんな中、ある常連客に言われた「他で食べても同じような味がする」という言葉に悔しさを覚え、それが刺激になったという。
他の店と同じ味は出したくない。父親が麺を手打ち麺にしたように、自分も新たな取り組みをして白河ラーメンを進化させなければならない。それはとら食堂としての宿命でもあり、職人としてのプライドでもある。竹井さんはそれまでのスープを一から見直すことを決意。使用する鶏や豚などの素材を徹底的に吟味し、使う量もそれまでよりも遥かに多い量を使うようにした。さらにそれまで使っていた化学調味料を使わなくして、素材の旨味を引き出したスープを創り上げた。自分が自信を持てる味になるまで3年。その味は多くの人に受け入れられ、先代の時代よりも多くの客が足を運ぶようになっていった。
白河まで食べに来て貰える味を創り続けたい
今から40年以上も前に先代が麺を進化させ、30年以上も前に竹井さんがスープを深めた。麺にスープにと、日々進化し続けているラーメンの世界だが、とら食堂はいち早くそれに取り組んでいたのだ。厳選された素材を惜しげもなく使い、化学調味料に頼らず素材の旨味を引き出したスープは、今のラーメン界のトレンドでもあるが、その嚆矢的存在でもある。そして「もっと美味しくなるはずだ」と、今もなおスープや麺の改良を重ねているという竹井さん。とら食堂が創業して48年、その歴史は進化の歴史と言ってもいい。
先代が周りの人にラーメン作りを教えたように、竹井さんもこれまでに多くの弟子たちを育ててきた。今ではとら食堂の味を受け継ぐ店が全国に何軒もあり、その土地で人気を博している。さらに今でも若いラーメン店主など同業者が他県から勉強のためにやって来ると、惜しげもなく麺打ちを体験させているのだという。
生まれも育ちも白河という竹井さん。暖簾分けのような「分店」という形で、とら食堂の名前を与えている店はいくつかあるが、竹井さんが営むとら食堂は白河の一軒だけだ。東京などへ出店のオファーもあるそうだが断っているという。「生意気な言い方になりますが、東京から白河までお客さんを引っ張ってこれる店でありたいんです。とら食堂を食べたいからわざわざ白河まで行く。とら食堂はそういう店でなければいけないと思っています」。これがとら食堂の変わらぬプライドだ。