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なぜ、辻本茂雄のチケットは売れるのか。すべてに通じるその秘密

中西正男芸能記者
吉本新喜劇の中でも高い集客率を誇る辻本茂雄さん

 今年で座長勇退から5年が経ち、還暦の節目も迎える吉本新喜劇の辻本茂雄さん(59)。毎年恒例となっているゴールデンウィーク公演を今年も「茂造セレクト」(4月26日~5月6日、京都・よしもと祇園花月)と題して開催します。座長時代から「辻本茂雄のチケットは売れまくる」という定説を残してきましたが、その奥にあるものとは。

串カツ屋さんでの言葉

 僕が演じている茂造じいさんシリーズも、もう16年が経ちました。本当にありがたいことに毎回たくさんのお客さまが来てくださいますし、芸人として一番うれしいことだと喜びを嚙みしめています。

 座長を20年させてもらい、勇退してから5年が経ちました。でも、生活がゆっくりしたかというとそんなことはなくて、常にバタバタです。というのはね、今回のゴールデンウィーク公演もそうですけど、季節ごとに毎年いろいろな公演をさせてもらってまして、常にその準備に追われています。

 新喜劇のけいこは短い。前日にちょっとけいこしてあとは本番で。基本的に、それが事実ですし、それができるのも新喜劇の底力やとも思うんですけど、僕のけいこは他の公演に比べて圧倒的に長いんです。

 新喜劇では一つの台本で1週間公演をして、日々の中でブラッシュアップしていくのがベースではあるんですけど、僕は当初から「初日の公演からしっかりしたものをお見せすべき」という考えの強い座長だったんです。

 そんな中で、僕の座長としてのスタンス、もっと言うと芸人としてのスタンスを形作ることが座長就任当初にあったんです。

 1週間公演の初日を終えて劇場近くにある行きつけの串カツ屋さんでご飯を食べていたんです。そこで隣席の車いすの男性から声をかけられたんです。

 「今日、北海道から吉本新喜劇を見に来たんですけど、メチャクチャ面白かったです!本当に、本当に、来て良かったです!」

 その時、心の底から思ったんです。「一回一回、ちゃんとした舞台をお見せせなアカン」と。

 もちろん、毎回しっかりやらなアカンなんてことはずっと思ってきたことなんです。でも、その男性から声をかけてもらって、改めてその思いが心に突き刺さった気がしました。

 こっちからしたら何千回もやっている舞台かもしれないけど、それが最初で最後の新喜劇になる方もたくさんいらっしゃる。遠くから来てくださっている方もいる。毎回ベストのものを。舞台はナマモノですし、本当に難しいことです。でも、でも、それを心掛ける。根っこにあるのがその男性の言葉なんです。

むちゃくちゃ怒った

 ただ、とはいえ、生の舞台ですからハプニングもあるし、セリフ間違えなんかもあります。それが起こった時にどうするのか。ここが僕が考える座長の責任でもあるんですけど、それも含めて笑いに変える。それしかないと思うんです。また、それができるのが吉本新喜劇でもありますしね。

 新喜劇はみんなで作るもの。仲間であり、家族ということを言われたりもします。実際、そのチームプレーで成り立っていることもあるんですけど、チームプレーをするということと甘えること、だらけることは違う。

 僕ももともとは新喜劇以外の世界、漫才の世界でやってましたから、新喜劇の中にある空気を甘いと思うことも正直ありました。

 若手の漫才師からしたら、周りは敵というかライバルです。まずは賞レースで結果を出さないといけない。戦う相手ですから。無駄にトゲトゲすることはないですけど「勝たないと明日がない」という緊張感はありました。

 一方、新喜劇の場合は賞レースがあるわけでもないし、基本はみんなで作るものなので、その空気が“ゆっくり”した人を作るところもあるのかもしれません。

 ましてや、今は頭ごなしに何かを言うことがはばかられる時代でもありますし、僕ももう座長でもないし、妻からも「お父さんの時代とは違うんだから」とも言われます。

 それが大前提ではあるんですけど、それでも座長の時に「これだけは許せない」と思ってむちゃくちゃ怒ったことがありました。

 こちらが細かく台本を考えて、次々にボケが重なっていく。お笑いで言うところの“天丼”になってドカンと笑いが生まれる。そんな台本を書いたんですけど、最後、オチ的に出てくるはずの人間が出るタイミングを失敗して出てこなかったんです。しかも、それが2回続いた。その時には怒りました。

 基本的に舞台なのに気が抜けているのがダメですし、その人間が出てくることで一連の流れがドーンと爆発するわけです。でも、出てこないとどうしようもない。言い間違えはこちらが笑いにする。出るところじゃないのに出てくる。それもこちらが笑いにします。ただ、一連の流れのオチなのに、そこが出てこない。これは、どうしようもないんです。

 例えば、お客さまが4500円のチケットを買ってくださっているとしたら、笑いの量が減って値打ちが4000円分、3500円分に目減りしてしまう。その意味が分かるかと。全てはお客さまのためなんやぞと。本当に怒りました。

 なので、これは僕のモットーとして「お客さまが喜んでくださること」が正解だと思っています。よくね、お客さんをイジる、お客さんを巻き込むのは“ヨゴレ”だとも言われます。でも、僕はそうは思っていません。

 どんな手を使ってでも、お客さんが笑ってくださったら正解。いかに喜んでもらう量を増やすのか。それを考えてきました。

 シンプルですけどね、これを続けて、貫くしかないんです。セコい手はないんです。面白いものを妥協なく追い求めるしかない。アンケートにも全部目を通しますけど、ライブが一番正直で、一番厳しい。だから、やりがいがあるんです。

 それとね、これはあくまでも僕の考えですけど、お客さまには楽しいことしか伝えなくていいと思っているんです。SNSなんかでも不安な胸の内とか悩みを思わせぶりに書く人もいるのかもしれませんけど、それをして笑いの量が増えるのかと。お客さまが笑ってくれることに結び付かないなら意味がない。そう思うんです。

 今年で還暦です。正直、60歳にもなったら体にガタもきています。でも、それを言っても仕方がない。そんなこと言ってる暇があったら、面白いことを一つでも考える。それが正しい力の使い方だと僕は思っています。

 …エラいまじめな話になってますかね(笑)。でもね、ホンマにそれしかないんですよ。去年自分が作った公演に負けないよう、なんとか、走り続けたいと思っています。

(撮影・中西正男)

■辻本茂雄(つじもと・しげお)

1964年10月8日生まれ。大阪府出身。和歌山北高校時代は自転車競技で高校選抜大会3位など全国レベルの選手として活躍。競輪選手を目指すも、足に腫瘍が見つかり断念する。86年、大阪NSCに5期生として入学し、漫才コンビ「三角公園USA」を結成。89年にコンビ解散後、吉本新喜劇に入団。99年に座長に就任し、2004年には上方お笑い大賞を受賞する。新喜劇以外にも、NHK連続テレビ小説「あさが来た」など役者としての出演も多数。19年に座長を勇退後も自身の人気キャラ“茂造じいさん”を軸にした公演などを精力的に行う。毎年恒例のゴールデンウィーク公演を今年も開催。「茂造セレクト」と題して4月26日から5月6日まで京都・よしもと祇園花月で行う。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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