ヴェネチアからトロントへ。塚本晋也監督インタビュー「今回初めて、受賞をめざす気概を抱いた」
クライマックスのシーンでは、満席の観客すべてが息をのみ、一瞬、映画館の中も時間が止まったようだった。
そして終了後、映画館の外ではサインや写真撮影を求めるファンたちに、監督が長い時間をかけて笑顔で対応する光景があった。
9月12日(現地時間)、トロント国際映画祭で塚本晋也監督の『斬、』(ざん、)が公式上映され、終了直後には観客とのQ&Aも行われた。「政治的メッセージはあるのか?」「主演の池松壮亮は日本で有名なのか?」「すべて自然光で撮影したのか?」など、作品に感動した観客からの質問が予定時間を過ぎても途切れることはなかった。
出演者として自身の演技について質問が出ると、「僕はいつものようにやっただけです」と照れくさそうに漏らす監督の姿に、会場内からは大きな笑いが起こる。さすが「役者」だ。
この『斬、』は、4日前に終わったばかりのヴェネチア国際映画祭のコンペティションに出品され、もちろん塚本監督も出席。世界三大映画祭の一つから、北米最大の映画祭へ……。ヴェネチアから直接、トロントに入った塚本監督にインタビューした。まずは終わったばかりのヴェネチアでの反応について尋ねると、2年前に同じくコンペに入った前作『野火』のときとはかなり違った反応だったと、いつもながらの穏やかな口調で監督は語り始める。
「公式上映の前日にプレス向けの試写があり、今回は珍しくそこにも行きました。やはり世界で初めての反応になるわけですから。そうしたら試写会場が1400人も収容できる大きなもので、上映後はものすごい盛り上がり方でした。終わって盛り上がる作品じゃないんですけど(笑)。でも違和感を通り越して、万感の思いになったのも事実です。
戦いが始まる恐ろしさを描いているので、武器による暴力への疑問というテーマはシンプルに伝わっていたようです。疑問を投げかける作品ということで、複雑な反応だったのは想定していたとおり。衝撃で呆然とした人が多かった『野火』とは、ずいぶん違いました」
コンペに選ばれるだけで、本当にすごいことなのに
1997年に審査員を務めて以来、数多くの作品で参加。メインコンペだけでも今回の『斬、』で3度目と、ヴェネチアとは深い縁のある塚本監督。カンヌで『万引き家族』がパルムドールに輝いたこともあって、今回は日本の報道も期待をあおるものが多かったが、残念ながら受賞は逃してしまった。
「ヴェネチアに行けるかどうか、毎回ドキドキで、作品が選ばれたとしても、行く前まで『ヴェネチアの話はしない』と勝手なジンクスを作っていました。でも今回は周囲から『行くからには受賞して』『追い風が吹いてますよ』とか、根拠のない声が多くて(笑)。コンペに入るだけでものすごいことなのに、そこを喜んでもらえず、さらに上を期待されて、受賞しないと『無冠』なんて書かれてしまうんですよね……。
でもよく考えれば、コンペとある以上、争って受賞を目指すのも大切なんだと今回、初めて自覚したのも事実です。結果が出た後に、不思議とそんな気概を抱きました」
『斬、』は、塚本監督が以前から挑戦したかったという、初の時代劇。監督らしいハードな描写に、静と動の世界が一体化した、これまでの時代劇にはないテイストも備えている。監督自身も澤村という無敵の武士役で登場している。(今回のトロントでも「俳優としてスコッセシ監督の『沈黙-サイレンス-』に出演」と紹介された)
「殺陣を練習している間に、ぎっくり腰になってしまいました。でも僕は編集には自信があるので、うまく映像を繋いで、スタッフの僕が俳優の僕をフォローしたわけです(笑)。
初の時代劇ということでは、僕が子供の頃に観たTVの『新・座頭市』のアーティスティックな実験精神や、市川崑監督の『股旅』で70年代の若者がそのまま時代劇に入り込んだ感覚を、しっかりと時代考証を行った世界に投入した感じですね」
前作の『野火』とは、たしかに観た後の余韻は異なる。しかし共通したテーマは存在する。それは、人間の命を奪うことへの強い反対の精神だ。
「時代劇の主人公は、本当に英雄なのか? 観ていて気持ちいい活躍をする主人公に、そのまま酔いしれていいのか? そういう思いに、刃で斬りつける映画になっていればいいですね」
この監督の言葉どおり、トロント国際映画祭でも上映直後は複雑な表情を浮かべている観客もいた。しかしそれは塚本晋也監督の狙いでもあり、観客に疑問を投げかけ、そこから導かれる余韻でヴェネチア、トロントを魅了してきた『斬、』は間もなく日本公開を迎える。
『斬、』(ざん、)
11 月 24 日(土)よりユーロスペースほか全国公開
配給:新日本映画社
(c) SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER