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明治用水頭首工の大規模漏水。全国的に進む水インフラの老朽化。今後の農業生産、工業生産への影響

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
仮設ポンプ設置状況(5月19日15時/東海農政局)

根本的な対策には時間がかかり、影響は続く

 5月17日、取水施設「明治用水頭首工」(愛知県豊田市)で大規模な漏水事故が発生した。

 「明治用水頭首工」は、主に愛知県内を流れる矢作川から工業用水、農業用水を取り込む施設。川をせき止めて水位を上昇させ、明治用水に流している。用水路の頭首部に設置されることから「頭首工」と呼ばれる。1958年の完成から64年が経過している。

 漏水事故の経緯について東海農政局はWEBサイトで以下のようにまとめている(2022年5月20日9時45分最終閲覧)。

5月15日(日曜日)現地で漏水を確認。

5月16日(月曜日)漏水を防止するため、漏水箇所と推定される地点に砕石を投入し、閉塞を試みたが、漏水状況に変化なし。

5月17日(火曜日)漏水範囲が拡大し、上水、工業用水及び農業用水の取水量が大幅に減少。

(5月19日15時現在)

 堰の川の底に穴が開き、下流に水が漏れた。砕石を投入して穴をふさごうとしたが変化はなく、17日に漏水が拡大した。

 その後、写真のような取水施設周辺の応急措置を開始した。取水施設の上流からホースで水を汲み上げ、明治用水につながる水路に水を送っている。工業用水を131の事業所に送る安城浄水場では、19日午後7時から段階的に給水を再開した。

 応急措置によって給水ペースは上がっているが、水漏れ自体は続いている。根本的な対策には時間がかかると考えられ、その間、影響は続くだろう。

 明治用水頭首工は豊田市水源町にある。2014年から耐震化対策工事が施工されている。地元には「原因は耐震工事の際に水を堰き止めるために打った鉄杭ではないか」「6年前のボーリングの影響ではないか」などの声があるが、現時点では因果関係は不明だ。

 明治用水頭首工は明治用水の取水施設として極めて重要だ。

 明治用水開削前の碧海台地は、ため池に依存した小規模な水田しかなかった。開削後、開墾されて農業地帯として発展し、大正時代に入ると米作だけでなく養鶏等の多角形農業が形成され、農業指導者の養成も行われた。農業先進地となり、当時世界的な農業国であったデンマークの名を冠し「日本デンマーク」と呼ばれるようになった。昭和になると頭首工の建設、幹線水路のパイプライン化とともに工業用水の共用通水を行うようになった。

 その取水施設で大規模な漏水が起きているのだから、影響は大きい。以下に農業用水、工業用水への影響をまとめた。

農業用水への影響。田植えの時期という最悪のタイミング

 安城、豊田、岡崎、知立、刈谷、高浜、碧南、西尾各市など約5400ヘクタールの農地(主に水田)へ水を供給している。

 17日に農業用水の給水が停止された。工業用水の供給が優先され、農業用水への給水時期は未定となっている。

 現在は田植えで大量の水を必要とする時期。水がないと代かきや移植ができず、直播後の通水もできない。「コシヒカリ」は大半の農家で田植えを終えているが、「大地の風」「あいちのかおり」はこれから。田植えができなければ、苗が枯れてしまう。

工業用水への影響。企業は井戸利用や節水を進める

 明治本流と中井筋を流れ、安城市池浦町で工業用水専用パイプを流れ、安城浄水場(安城市福釜町)で浄水された後、2つの水系(衣浦水系と北部水系)に分かれ、131の工場へ送られる。

 前述のように応急措置で用水を取得しているが、取水量は通常時まで回復しておらず供給量は制限されている。企業は、貯水や井戸水の活用と同時に節水をはじめている。

 たとえば、日本ガイシは18日から知多事業所(半田市)の生産停止が続いている。水道水や給水車の活用で一部設備の再稼働を目指している。セラミックス製品は製造工程で大量の水を使用する。

 また、トヨタ自動車は18日に本社工場(豊田市)で一部の部品生産を止めた。製品の洗浄などに工業用水を使う。その影響で19日はSUV(スポーツ多目的車)を生産する豊田自動織機の長草工場(大府市)で日中稼働を停止した。ただし、井戸水を活用するなどして部品生産は18日中に再開している。

 今後、供給量の制限が長期化すれば水確保は難しくなり、井戸利用が極端に進めば地下水の減少につながる可能性もある。

水利用とインフラについて考えるべき

 国内の水資源の年間利用状況を見ると、合計で約800億立法メートルであり、用途別では、生活用水と工業用水を合わせた都市用水が約255億立法メートル、農業用水が約535億立法メートルである(令和3年版日本の水資源の現況/国土交通省 水管理・国土保全局水資源部)。

国土交通省データより著者作成
国土交通省データより著者作成

 産業には大量の水を使用する。「日本は水に恵まれた国」と多くの人が思っているが、水利用はインフラに依っている。

 今回の漏水事故の原因はわかっていないが、インフラ設備は全国的に老朽化が進み、破損しやすくなっている。5月18日には、熊本市南区奥古閑町の天明新川にかかる農業用堰「松の木堰」が崩壊した。老朽化が原因とみられ、農家約1600戸に影響がでると見られている。

 普段はほとんど意識されることがないが、ひとたびインフラが機能しなくなると、生活や生産活動に大きな影響が出ることを頭に置き、予防的措置をとるべきだろう。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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