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“トレード報道に涙→サヨナラ弾”から2年 ウィルマー・フローレスはなぜメッツファンの心を掴んだのか

杉浦大介スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

2年ぶりのサヨナラ弾

 「ホゼ(・レイエス)、(ヨエネス・)セスペデスと、“ウィルマーがサヨナラホームランを打ってくれるよ”なんて話していたんだ。今日はもうスタジアムに十分長くいたから、帰ろうってね」

 7月22日のアスレチックス戦後、メッツのアスドゥルーバル・カブレラ内野手は筆者に笑顔でそう語ってくれた。5−5で迎えた9回裏、ウィルマー・フローレスが左翼席に自己2本目となるサヨナラ弾を打ち込んだ直後のことだ。

 同じような予感を感じていたファンはスタジアムに少なくなかっただろう。2日前のカージナルス戦でも1点差の8回裏に同点の一発を放ったフローレスは、メッツでは有数のクラッチプレーヤーとして知られてきた選手だからだ。

 そして、最新の活躍に酔うとともに、2年前のチーム史上に残るドラマを鮮明に思い出したファン、関係者も多かったに違いない。

トレード期限間際の波乱

 メッツファンは決して忘れない2015年7月29日ーーー。パドレス戦の途中、フローレスがブリュワーズに放出されるトレードが合意したという報道がなされた。

 これをソーシャルメディアなどで知ったファンは、打席に立ったフローレスにスタンディングオベーションを送る。16歳からプレーしてきたメッツとの別離が迫っていることに気付き、当時23歳だったフローレスは堪え切れなかった。遊撃手の守備位置に戻ると、涙を流しながらプレーを続けたのだった。

 しかし、この後、フィジカルの問題でトレードは結局は破談になる。晴れてメッツに残ったフローレスは、2日後、再びスタンディングオベーションを浴びてフィールドに帰還。当時地区首位を争っていたナショナルズとの重要なゲームで、1−1で迎えた延長12回、左中間にサヨナラ弾を放った。

 ”幻のトレード”と、その後に続いた映画のシナリオのような殊勲打。ソーシャルメディア全盛の現代ならではのストーリーは、こうして余りにも劇的な形で終わった。

 メディアにも大きく取り上げられたドラマで勢いをつけたメッツは、その後、15年ぶりのワールドシリーズ進出に向けて勢いをつけていくことになる。

生え抜き選手が示したチーム愛

 一連のエピソードを振り返り、一般的には劇的なサヨナラ弾がゆえにフローレスはファン・フェイバリット(人気者)になったと認識されている感がある。しかし、メッツファンの心は少し違う。

 この時点でのニューヨークはいわば完全に“ヤンキースの街”で、メッツとその関係者はほとんど“二級市民”のような扱いだった。前年まで6年連続で負け越しを続けていた低迷フランチャイズ。そんなチームに残りたいと望む選手などほとんどおらず、FA スターの希望の職場になることもない。おかげでファンも肩身の狭い思いをすることが多かった。

 しかし、そんなメッツに対し、フローレスは“トレード報道後の涙”という極めて分かりやすい形で愛情を示してくれた。自分たちの側にいたいと熱望してくれた。そのシンプルで素直なチーム愛に、それまで虐げられていたメッツファンは感動したのだった。

永遠のファン・フェイバリット

 2日後のサヨナラ弾はいわばボーナスに過ぎなかった。それでも、この一発のおかげで、フローレスが現役選手でありながら“メッツファンの伝説”になったのも事実ではある。2006年のプレーオフでの“ザ・キャッチ”で有名になったエンディ・チャベス同様、フローレスのドラマはチーム史に燦然と輝いている。

 あれから2年が過ぎて、フローレスはユーティリティ的な役割でメッツに残っている。今季も打率.284、9本塁打と打撃面では好成績。左投手には打率.304(数字はすべて7月22日時点)と強く、随所に勝負強さも発揮しているだけに、来るべきトレード期限前に、今年はプレーオフ進出が難しくなったメッツからついに放出されてても驚くべきではない。ただ、これから先に何が起ころうと、フローレスがニューヨークで忘れられることはない。

  「トレードされそうになったあの日、私は”おまえを欲しがっているチームがあることを喜ぶべきなんだ”と伝えた。しかし、彼はメッツに残りたがっていた」

 テリー・コリンズ監督がそう振り返る通り、フローレスはメッツの一員としてデヴューし、そのファミリーでいることを愛して来た選手である。

 メッツのユニフォームを着ていようが、そうでなかろうが、もう変わらない。シティフィールドに立つたび、フローレスには今後も盛大なスタンディングオベーションが送られ続けることだろう。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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