「夜に駆ける」でブレイク真っ只中のYOASOBIとは何者か
「小説を音楽・映像で具現化する」ユニット=YOASOBIが、いよいよ本格的なブレイクを果たそうとしている。
■2020年上半期、最もブレイクを果たしたニューカマー
YOASOBIとは、コンポーザーAyaseとボーカリストikuraによるクリエイターユニット。昨年11月にデビュー曲「夜に駆ける」を発表し、活動をスタートした。
この曲が今年に入ってからネットを起点に支持を広げ、YouTubeに公開された同曲のミュージックビデオは再生回数2千万回を突破(6月11日現在)。TikTokでも関連動画再生数が1億回を超え、大きな注目を集めている。
これらの人気を受け、3月〜4月頃からストリーミングサービスでの再生回数も上昇。5月に入るとApple Music、LINE MUSIC、Spotifyなど主要サービスのランキングで軒並み1位を獲得し、『めざましテレビ』『とくダネ!』などテレビ番組で紹介されるなどマスメディアでの露出も増えた。
結果、Billboard JAPANが発表する総合ソングチャート「JAPAN HOT 100」(6月15日付)では、Official髭男dismやKing Gnu、TWICEやLiSAといった人気アーティストをおさえて3週連続の1位を獲得した。
先日発表された同チャートの「2020年上半期ランキング」でも、同曲は総合25位にランクインしている。こちらのランキング上位には総合首位となったOfficial髭男dism「Pretender」を筆頭に昨年に発表された楽曲が多く並んでいる。デビュー曲でそこに割って入ったYOASOBIは「2020年上半期、最もブレイクを果たしたニューカマー」と言えるだろう。
■「物語を楽曲化する」仕掛け
ではYOASOBIが人気を集めた理由はどこにあるのか? ユニットの最もユニークなポイントは「小説を音楽・映像に具現化する」というコンセプトをもって活動していることだろう。
プロジェクトの始まりは、ソニー・ミュージックエンタテインメントが運営する小説・イラスト投稿サイト「monogatary.com」上で昨年7月から9月にわたって行なわれたコンテスト「モノコン2019」だ。
コンポーザーのAyaseは2018年12月にボーカロイドを使用した初の楽曲「先天性アサルトガール」をニコニコ動画とYouTubeに投稿し音楽活動を開始したボカロP。「ラストリゾート」などで人気を博し、2019年11月には1stEP『幽霊東京』を発表。歌い手としてボーカロイド楽曲のセルフカバーも発表するなど活動歴は短いながらも確固たる人気を築き上げたクリエイターだ。
ボーカリストのikuraは「幾田りら」名義で活動する19歳のシンガーソングライター。アコースティックセッションユニット「ぷらそにか」のメンバーでもあり、昨年11月にミニアルバム『Jukebox』をリリースしている。
それぞれキャリアを重ねてきた二人により、「モノコン2019」の「ソニーミュージック賞」で大賞に輝いた物語を楽曲化するユニットとしてYOASOBIは結成された。
「夜に駆ける」は、同コンテストで大賞を獲得した星野舞夜による小説「タナトスの誘惑」をもとにした楽曲。そのストーリーをもとに歌詞が書かれ、アニメーションのミュージックビデオが制作された。「タナトスの誘惑」は、飛び降り自殺を図る「彼女」とその姿に一目惚れした「僕」が織り成す物語で、それゆえ、ミュージックビデオでもビルの屋上から身を投げる少女の姿が描かれる。
今年1月には、第2弾楽曲として「あの夢をなぞって」が発表された。
こちらも同じく「モノコン2019」で大賞を獲得した、いしき蒼太による小説「夢の雫と星の花」を原作にしている。花火大会の夜を舞台にした青春のラブストーリーで、ミュージックビデオでも夜空に浮かぶ花火の鮮やかな光がポイントになっている。
小説のストーリーありきで楽曲が作られ、それをもとに映像が制作されるという形でYOASOBIのクリエイティブは進んでいる。だからこそ、先に小説を読んでいた人は歌詞や映像のディティールが鮮明に伝わるし、逆に楽曲を先に聴いた人は小説を読むことで曲の背景を深く知ることができる。物語と音楽が深く絡み合っているのが大きな魅力となっているわけである。
■ボーカリストikuraの卓越した表現力
「夜に駆ける」への注目が高まった理由は“仕掛け”の巧みさだけではなく、やはり楽曲そのものが持つ魅力によるところが大きい。それを支えるのがAyaseの手掛ける楽曲のキャッチーな魅力、そしてボーカリストとしてのikuraの卓越した表現力だろう。
そのことを如実に示すのが、YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」にikuraが出演しこの曲を歌い上げた一発撮りの動画だ。こちらの動画も1000万回を超える再生回数(6月11日現在)となっている。
「THE FIRST TAKE」は2019年11月にスタートしたYouTubeチャンネル。LiSAや北村匠海(DISH//)など人気アーティストが登場し、シンプルなスタジオにマイク1本というセットで“一発撮りのパフォーマンスを鮮明に切り取る”コンセプトの歌唱動画を展開している。その緊迫感と臨場感に満ちた映像が評判を呼び、登録者数100万人を超える(6月11日現在)人気チャンネルとなっている。
4月から5月にかけての外出自粛期間には同チャンネルはアーティストの自宅やプライベートスタジオで撮影された「THE HOME TAKE」というコンテンツを展開していたが、YOASOBIはその第3弾として登場。コンセプチュアルな“仕掛け”をもとに登場し謎めいた素性を持つユニットなだけに、そこで見せたikuraの透明感あふれる歌声は、アーティストとしての確固たる存在感を伝える役割も果たしたはずだ。
■オープン参加型のクリエイティブ
5月11日には、第3弾となる新曲「ハルジオン」がリリースされた。
こちらは作家・橋爪駿輝が書き下ろした短編小説「それでも、ハッピーエンド」を原作にした楽曲で、同日には小説の電子書籍版も発売。別れの失意とままならない現実に打ちひしがれながらも、再び未来に向け立ち上がり歩みだす主人公を描くストーリーが、軽やかなビートの楽曲と鮮やかな色合いのアニメーション映像に昇華されている。
そして、さらなる新曲の制作も予定されている。
2020年1月~2月には「monogatary.com」にてYOASOBIの新曲の原作を募集する「夜遊びコンテストvol.1」が開催。500作品を超える投稿から以下の2作品が大賞を受賞し同サイトにて公開中だ。
「たぶん」(しなの 著)
https://monogatary.com/story/48324
「世界の終わりと、さよならのうた」(水上下波 著)
https://monogatary.com/story/50040
今後、それぞれを原作とした楽曲を制作し発表していく予定だという。おそらく同様に原作を募集し楽曲化していくプロジェクトが進み、将来的には”短編集”のようなアウトプットになっていくのではないかと考えられる。これまでもボーカロイドやネットシーンを中心に物語性を持った音楽を発表するアーティストはいたが、その原作を”オープン参加型のクリエイティブ”として構成しているところにYOASOBIの新しさがあると言える。
YOASOBIのブレイクは、小説と映像と音楽が絡み合う新たな表現の可能性を見せてくれそうだ。