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プーチンの「大陸間弾道ミサイル40基」発言に怯える前にまず知っておきたいこと

小泉悠安全保障アナリスト
配備が進む新型ICBM RS-24ヤルス(@Vitaly Kuzmin)

「大陸間弾道ミサイルを40基配備する」

アルミヤ2015で演説するプーチン大統領
アルミヤ2015で演説するプーチン大統領

今月16日、モスクワ近郊のクビンカで開かれた軍のイベント「アルミヤ2015」にプーチン大統領が参加した際、「年内に大陸間弾道ミサイル40基を配備する」と発言したことで波紋が広がっている。プーチン大統領はまた、これらが最新鋭のミサイル防衛システムをも突破可能なものであると強調した。

筆者がざっと見たところ、我が国でもこの発言は新聞・テレビで取り上げられ、かなり注目を集めたようだ。また、米国のケリー国務長官は、プーチン発言が米国のミサイル防衛計画を念頭に置いたものであるとしつつ核軍縮が後退する可能性に懸念を示したほか、NATOのストルテンベルク事務総長もこれを危険な核の威嚇であり受け入れられないと非難した。

これまで小欄でも触れてきたように、ロシアが核戦力の増強やその積極使用ドクトリンに傾いていることは事実である。

しかし、今回のプーチン発言については、逆に実態以上の脅威が喧伝されているように筆者には見える。

「大陸間弾道ミサイル」≠ICBM

まずプーチン大統領が使った「大陸間弾道ミサイル(Межконтинентальная баллистическая ракета)」という言葉の問題がある。たしかにこれを英語に直訳すればICBM (Inter Continental Ballistic Missile)なのだが、ロシアと西側ではその解釈が大きく異なる。英語のICBMが地上配備型のみを指すのに対し、ロシア語の大陸間弾道ミサイルには潜水艦搭載型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)が含まれる。

これまでのプーチン大統領の演説などを見ても、今回注目された「大陸間弾道ミサイル」は西側でいうICBMとSLBMの総称と考えるべきである。

ロシアと西側における「大陸間弾道ミサイル」の違い(筆者作成)
ロシアと西側における「大陸間弾道ミサイル」の違い(筆者作成)

調達ペースは増えてはいるが劇的ではない

また、ネット上には、ロシアがここに来て戦略核兵器の配備を急に開始したかのような論調が散見されたが、これは誤りである。

ロシアはソ連時代の旧式核兵器を代替すべく、核戦力の中核であるICBM戦力の近代化を進めてきた。ソ連時代に生産されたトーポリの改良型トーポリ-Mに続き、現在はその飛行性能やミサイル防衛突破能力を改善した上、1基のミサイルに複数の核弾頭を搭載できるようにしたヤルスICBMの配備が進んでいる。

それもロシアの国防予算増や軍需産業の近代化により、2000年代前半までは年産数基のICBMしか調達できていなかったものが、ここ数年は15基前後調達されており、2014年には22基のヤルスICBMが調達される予定であった(実際には6基分は納入が間に合わず、年内に納入できたのは16基とされる)。また、当初の報道では、2015年のICBM調達予定は24基とされていた。

このようにしてみると、現在、ロシアのICBM生産能力は概ね年産20基台と考えられる。潜水艦用のSLBMまで合わせれば、年間調達数はたしかに40基程度にはなろう。

これがプーチン発言の正体なのではないか。

ウラジミール・ウラジミロヴィチの修辞法(再)

以前の小欄で、シリア攻撃直前にプーチン大統領が用いた修辞法を紹介したことがある。

今回、我が国を含めて世界中で騒がれたプーチン発言も、蓋を開けてみればこれまで進めてきた装備更新計画の枠を出るものでは全くない。

たとえば米ブルッキングス研究所の軍備管理専門家であるスティーブン・パイファーは、プーチン発言が伝えられるや、Twitter上で「これは古いニュースを使って緊張を高めようとするプーチン大統領の術策である」旨を指摘しているが、筆者もこれに同感である。

パイファーのツイート
パイファーのツイート

繰り返しになるが、ロシアが核戦力の近代化を進めていること自体は事実であり、注視すべきであるとは考える。ただし、その実態をよく見ずに騒ぎ立てるだけでは、事実を見誤るばかりか、相手の思惑に乗せられることにもなりかねまい。

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安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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