米国の欧州への重装備配備計画にロシアが猛反発 軍事的危機はどこまでエスカレートするか?
ウォレン発言の衝撃
今月15日、米国防総省のウォレン報道部長が、欧州に戦車等の重装備の展開を検討すると述べたことで注目が集まっている。
ウクライナ情勢を巡ってロシアの軍事的脅威がクローズアップされつつあることを念頭に置いた措置だ。
冷戦後、米軍は欧州から重装備の地上部隊を順次撤退させてきた。特に近年では国防予算が逼迫していることもあり、2012年に大規模な部隊削減計画が策定され、従来は第V軍団と第VII軍団の2個編成だった米欧州陸軍は第VII軍団のみの1個軍団編成とされ、残った第VII軍団でもドイツに駐留していた2個旅団戦闘団が解体された。
この結果、現在の欧州に展開している米軍の陸軍部隊は1個機械化歩兵連隊(ドイツ)と1個空挺旅団(イタリア)に過ぎない。
もはやソ連の機甲部隊が雪崩を打って西側に侵攻してくる事態は考えがたく、欧州の兵力はこの程度で充分と考えられたのである。
強化される在欧米軍
しかし、ウクライナ危機はこうした前提に対する懐疑的姿勢を強めた。平時とも有事ともつかないロシアの「ハイブリッド戦争」戦略に対して、NATOの旧ソ連・東側諸国で懸念の声が高まったのである。もともと米国でも、大規模削減が始まった当初から、欧州における配備が手薄になりすぎるのではないかとの声は以前から上がっていた(たとえば米ヘリテージ財団の2012年の報告書を参照)。
こうした中で、米国は欧州での軍事プレゼンス再強化を検討し始めた。米軍の機関紙『スター・アンド・ストライプス』1月25日付けは、米欧州軍がエストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、ブルガリアに、戦車などの重装備を備蓄する拠点を選定するための調査団を派遣するとのホッジス米欧州軍司令官の発言を伝えた。
これは世界各地に現地の地理、言語、習慣などに習熟した部隊を配備して受け入れ国の軍との連携や能力育成を図る地域提携部隊(RAF:Regional Aligned Forces)構想の一環として220両の装甲車両を配備する1個重旅団(3000人規模)を欧州に展開させるというものである。前述のホッジス司令官は、その主力はドイツ東部に置かれるものの、中隊から大隊規模の部隊を南東欧、バルト諸国、ポーランドにもローテーション展開させたいとしていた。
今回のウォレン報道部長の発言とこの構想との関連ははっきりしないが、ホッジス司令官の発言にあった調査団の検討結果に基づいて配備計画がより具体化しつつあることを示すものと考えられる。また、同部長は最大5000人の部隊のために装甲車・装甲車・自走砲など1200両(うち、M1A2戦車250両)を配備することを検討しているとしており、ホッジス司令官の発言よりも規模が大きくなっている。
「常駐」ではなく「備蓄」
ただし、これまで述べて来たのは、欧州に装備を事前に備蓄しておくという話であり、戦闘部隊そのものを増強するという話ではない。
これは1997年にNATOとロシアの間で結ばれたNATO=ロシア基本文書の規定を考慮したものだ。同文書は、旧ソ連や東側諸国をNATOに加盟させるにあたり、双方を敵と見なさず、核兵器や大規模な戦闘部隊をNATO新規加盟国には展開させないとしている。NATO拡大にあたり、ロシアの安全保障上の懸念を和らげることを狙ったものだ。
昨年9月に英ウェールズで開催されたNATO首脳会談において、ロシアの「ハイブリッド戦争」に対抗する緊急展開部隊(JVTF)の創設とこれを指揮する在ポーランド合同司令部の拡充が決定されたのも、あくまでも常駐ではなく域外から展開するという形でNATO=ロシア基本文書を尊重するための措置であった。東欧諸国はNATO軍の大規模な常駐を求めたが、最終的にこうした要求は否決されたことになる。
問題はその配備先であるが、6月14日付英『ガーディアン』紙は、こうした装備の一部をポーランドに配備する方向でカーター米国防次官との交渉が5月から行われているとのポーランド国防相の発言を報じている。
さらにロシアと直に国境を接するバルト三国への配備計画も伝えられている。(2015.6.17.追記)
パリで開催中のル・ブルージュ航空ショーに参加したデボラ・ジェームズ空軍次官は、ロシアの空軍活動の活発化に対抗するため、最新鋭の第5世代戦闘機F-22を初めて欧州に前進展開させる可能性を示唆した。
ロシアの反発
だが、ロシアはこれに猛反発を示している。
ウォレン報道部長の発言が報じられたのと同じ15日、ロシア外務省は、ロシアの軍事的脅威などは「神話」に過ぎず、重装備の展開は欧州における危機を高める結果となると非難した。
露外務省の声明でさらに注目されるのは、これがNATO=ロシア基本文書の規定に違反するとしている点だ。前述のように、西側は今回の動きをあくまで「備蓄」であって「常駐」ではないとしているが、ロシアはこの立場を認めていないことになる。
このような立場に立つ以上、ロシア側がNATO=ロシア基本文書の無効を主張して欧州における軍事力配備を強化してくる可能性が懸念されよう。
ソ連は冷戦末期の1991年、欧州における通常戦略配備を規制するとともに演習等の軍事活動を事前通告することを定めた欧州通常戦力(CFE)条約を締結し、厖大なソ連の通常戦力が欧州正面に侵攻する可能性を低減することで合意していた。
しかし、ソ連崩壊後、ロシアはこの条約がNATO対ワルシャワ条約機構という冷戦期の軍事ブロック構造を前提として結ばれたものであり、現在のロシアには不利であるとして不満を示してきた。そこで1999年、これを軍事ブロック別ではなく国別へと改編するCFE適合条約が締結されたが、グルジアからのロシア軍撤退問題や第二次チェチェン戦争などを巡って発効には至らず、そうこうするうちに東欧ミサイル防衛問題が高まる最中の2007年、ロシアは同条約の履行停止を宣言している。さらにウクライナ危機の中で、2015年3月、ロシアは同条約からの脱退を表明した。
核危機の再燃?
もうひとつ懸念されるのは、欧州における中距離核戦力(INF)の配備問題だ。1987年のINF全廃条約によって、米ソ(露)は射程500-5500kmの地上発射型弾道ミサイルと地上発射型巡航ミサイルを全廃したことになっているが、近年、ロシアが配備を進めているイスカンデル地上発射ミサイル・システムはこれに違反するとの疑惑が持たれている。
イスカンデルは同一の移動式発射システムから戦術弾道ミサイル(イスカンデル-M)と巡航ミサイル(イスカンデル-K)を発射可能とされているが(いずれも射程は500kmとされている)、このほかに射程が2000km以上に及ぶとされるR-500巡航ミサイルの発射が可能と見られている。
これに対して米国防総省は対抗措置として自国も地上発射巡航ミサイルを配備することを示唆しており、英国のハモンド外相もこうしたミサイルを英国に配備することがあり得るとの姿勢を示した。この発言が伝えられるや、ロシア側からはアントノフ国防次官やオーゼロフ下院国防委員長といった要人が相次いでINF条約からの脱退を示唆するに至っている。
また、ロシアは米国が欧州に配備しつつある弾道ミサイル防衛システムが巡航ミサイルの発射能力を備えており(米国のイージス・アショア弾道ミサイル防衛システムはイージス艦の管制システムやミサイル発射装置をそのまま陸揚げしたものであり、実際にトマホーク巡航ミサイルの発射能力を備えると見られる)、英国への配備を待つまでもなくINF条約に違反しているのは米側だという立場を示している。
もちろん、米国の示唆する地上発射巡航ミサイル配備はロシアにINF条約違反を思いとどまらせるための手段という側面が強いことはたしかである。
しかし、ロシアは旧式化したトーチュカ-U戦術弾道ミサイルを2018年までに全てイスカンデルで代替すべく、毎年2個旅団分という早いペースで装備更新を進めており、いずれは欧州の飛び地カリーニングラードへもイスカンデル部隊が配備されることになると考えられる。この場合、欧州全域がR-500巡航ミサイルの射程に収まることになり、そうなれば米国が地上発射巡航ミサイル配備も現実味を帯びてくる可能性が高い。
(2015.6.17追記)
さらに6月17日、プーチン大統領は年内に40基の大陸間弾道ミサイルを配備すると述べ、これに対して西側が懸念を示す事態となっている(詳しくは以下の拙稿を参照。「プーチンの「大陸間弾道ミサイル40基」発言に怯える前にまず知っておきたいこと」)
欧州の軍事的危機はどこまでエスカレートするか
先月、高等経済学院教授でロシアの外交政策ブレーンとして知られるカラガノフ教授が、国営紙『ロシア新聞』のロングインタビューに答えた。この中でカラガノフ教授は、欧州との対話は再開すべきだが、ロシアは欧州との関係を「穏健に調整する」ことになると述べている。
現在の危機の構図の中でこの発言を解釈するならば、たとえウクライナ危機に何らかの落としどころが見つかったとしても、ロシアと西側の関係が危機以前の形そのままに復すことはない、とも読めよう。もちろん、それが冷戦期のような大規模な軍事的対立にまで発展することは双方にとって無益であり、ロシアにもそのような国力がもはや存在しないことはたしかである。
かといって、ロシアは西側をもはや敵と見なさないという冷戦後の基調はもはや期待しがたくなっているのかもしれない。現在の欧州で起こっている情勢を見るに、今後の欧州では一定の軍事的緊張が続いていく可能性が排除できなくなったように思われる。
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