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2020年の大統領選挙で何が問われているのか:選挙の結果、アメリカの何が変わるのか

中岡望ジャーナリスト
期日前投票に向かう有権者:投票率は過去最高が予想される(写真:ロイター/アフロ)

■  牧歌的なアメリカ民主主義の時代は終わった

 本稿を執筆し始めたとき、アメリカの東海岸で投票が始まった。テレビはワイドショー並みに票勘定に終始した番組と、あまり本質的でない解説番組を組むだろう。2016年の大統領選挙の時、筆者は大統領選挙を報道するテレビ番組に呼ばれた。その時の司会者の意味のない質問にうんざりした経験がある。同席した学者に怒りさえ覚えた。いかに日本のジャーナリストと学者が無知であるか思い知らされた。そうした思いを込めて、今回の大統領選挙に関する考えをまとめてみることにする。

 本稿をアップした時点では選挙の結果は明らかではない。トランプ大統領とバイデン前副大統領の争いは、太平洋のこちら側でみている限り“大掛かりな政治ショー”であり、日本の退屈な政治よりははるかに興奮し、興味深いものであった。今まで何本も大統領選挙に関する分析を書いてきた。多くの読者の反響は「アメリカの民主主義はどうなっているのか」、「こんな国と日本は同盟を結んでいいのか」、「アメリカの民主主義を再建する若い思想家は出てこないのか」などというコメントが寄せられた。

 筆者は、この20年、アメリカの政治をつぶさに見てきた。日本人が知っている「良きアメリカの民主主義の時代」は2001年の連続テロ事件で完全に終止符が打たれたというのが筆者の感想である。アメリカは監視国家になり、社会的、政治的分裂が加速した。もはや牧歌的な民主主義の時代は遠い昔話になった感がある。

 アメリカでは冷戦が終了後、保守派とリベラル派の間で「文化戦争」が始まった。評論家のパット・ブキャナンなどが旗振りとなり、保守派は冷戦に勝ったのにアメリカ国内では依然としてメディアや大学は左派に支配されていると主張し、彼らの放逐を図った。その試みは成功しなかったが、やがて「文化戦争」で宗教や社会倫理が取り上げられるようになる。保守派とリベラル派の対立は、いつしか「中絶」や「同性婚」を巡る争いになり、さらに「宗教的自由」を巡る争いへと発展していった。そうした倫理的、社会的価値観を巡る争いは、妥協を核心とする「民主主義」とは相容れないものである。

■  なぜエバンジェリカルはトランプ大統領を支持するのか

 人類は長い時間をかけ、宗教的、政治的な“不寛容の世界”から、お互いを受け入れ合う“寛容の世界”を作り上げてきた。だが宗教が政治の中で重要な勢力となった現在、アメリカ社会から寛容さが消えてしまった。エバンジェリカルと呼ばれるキリスト教原理主義者は『聖書』の中に個人だけでなく、社会を導く教えがあると主張し、世俗的な法律も『聖書』に基づくべきだと強弁する。中絶は神の教えに背くものであり、胎児には人格があり、中絶は殺人であると主張する。産むか産まないかを決めるのは神であり、人が決めることではないと主張する。同性婚も同様で、家族は子供を産み、育てるものであると主張する。伝統的な家族観を維持する必要性を説く。だが現実の社会は、そうした宗教的な考え方を受け入れず、アメリカの最高裁は1973年に女性の中絶権を認め、2015年に同性婚を合法とした。宗教の“世俗化”が着実に進んでいった。

 自らの宗教的信条を実現するためにエバンジェリカルは2016年にトランプ候補と“悪魔の契約”を結んだ。敬虔なクリスチャンとは言えない実業家を、女性の中絶権を認めた最高裁判決を覆すという約束の見返りに、大統領選挙で支持することを決めた。その“悪魔の契約”に基づき、トランプ大統領は中絶に反対する保守派の3名の判事を最高裁判事に指名し、共和党が支配する上院で承認した。エバンジェリカルはトランプ大統領を「神が選んだ大統領」と礼賛した。トランプ大統領は、エバンジェリカルの要求を受けいれイスラエルの首都をエルサレムに移した。さらにエバンジェリカルの宗教的信念に基づく差別は差別ではないという奇妙な「宗教的自由」を支持した。一人のケーキ職人がキリスト教は同性婚を拒否しているという理由から、同性愛者からの結婚式のケーキの注文を拒否して訴えられた。その訴訟は最高裁で争われた。さらにキリスト教系の学校に対する公的資金の提供は禁止されているが、トランプ大統領や共和党は容認する姿勢を見せている。

■  ポピュリズムと結びついたトランプ大統領

 こうした社会の流れにポピュリズムが加わった。ポピュリズムの2大主張は「反エリート」と「反移民」である。グローバリゼーションの中で白人労働者は最大の犠牲者であった。工場は海外に移転し、仕事を失った。製造業に依存する中西部の州は税収が減り、社会インフラや教育の劣化に直面した。

 本来なら民主党を支持すべき白人労働者は、民主党や労働組合幹部のエリートに反感を抱くようになったいた。ワシントンのエリートに見捨てられた白人労働者は「忘れられた人々(Forgotten People)」と呼ばれた。彼らは経済的に貧窮しているにもかかわらず社会福祉政策に反感を抱いていた。アパラチア山脈地帯に住むヒルビリー(hillbilly)と呼ばれる白人労働者の多くは、生涯、生まれた町から出たことのないような人々である。同時に、毎週、教会に通う敬虔なキリスト教徒でもある。保守派は「忘れられた人々」という鉱脈を見出し、それを掘り出し、自らの選挙基盤にしたた。その役割を果たしたのが、トランプ候補であった。ポピュリズムが批判するエリートを代表する標的が民主党のヒラリー・クリントン大統領候補だった。

 トランプ候補は労働者の貧窮は不法移民が職を奪ったからだと主張した(ちなみに日本語で「不法移民」と表現しているが、アメリカでは「undocumented immigrants(書類が整っていない移民)」とか「unauthorized immigrants(承認されていない移民)」と表現されている。その言葉には“犯罪性”は含まれていない。文字通りの「illegal immigrants」が使われるケースは極めて少ない)。さらに多くの犯罪は不法移民によって引き起こされたと主張し、社会不安を煽った。不法移民を排除すれば、労働者の賃金は上昇すると訴えた。トランプ大統領が不法移民を強制送還し、メキシコ国境に壁を建設すると主張したとき、白人労働者だけでなく、保守派の人々も喝采した。

 自由貿易も労働者から職を奪ったとして攻撃の対象となった。「Make America Great Again」は、海外から製造業の雇用を取り戻すことを意味した。同時にキリスト倫理を復活させ、倫理的にもアメリカの偉大さを取り戻す意味合いを持っていた。トランプ大統領はまず自由貿易批判の矛先をNAFTA(北米自由貿易協定)に向け、次に矛先は中国に向けた。

■  白人至上主義の背後にある「白人国家」の衰退

 もうひとつ重要な点は、トランプ政権の誕生の背景に「白人至上主義」があることだ。共和党は「白人の党」である。1960年代に民主党と共和党はまったく異なった路線を歩み始める。公民権法の成立を境に民主党は人種的多様性を受け入れる党の道を選んだ。これに対して共和党は「白人の党」の道を選んだ。有権者の大多数が白人であり、白人の支持を得ている限り、大統領と議会を支配できると考えたからだ。

 だが白人の人口比率は確実に低下している。それは有権者に占める白人の比率の低下につながる。2000年の選挙では白人有権者の比率は76%であった。ヒスパニック系はわずか7%、黒人は12%であった。2010年に白人比率は72%に低下。2018年には67%と急激に低下している。これに対してヒスパニック系は10%、13%と着実に増えている。黒人も12%、13%と微増している。数十年後、白人有権者の数が50%を割り込むことは確実である。2000年から2018年の間に白人有権者の数が二桁台下落した州は10州に及ぶ。特に白人有権者の比率の低下が多いのはフロリダ州とアリゾナ州である(資料:ピュー・リサーチ・センター、”The Changing Racial and Ethnic Composition of the U.S. Electorate”、2020年9月23日)。

 多くの白人はアメリカが「白人国家」でなくなるということに不安と恐怖を抱いている。オバマ大統領が誕生し、人種的和解を歌えたとき、多くの白人は逆に人種問題がより深刻になると考えた。現実に人種差別は顕在化し、社会的分断はより大きくなった。トランプ大統領は白人至上主義者を公然と擁護し、社会的分断を促進し、黒人差別はより激しくなった。

 トランプ大統領を当選に導いたのは「トランプ連合」である。その中核を担ったのはエバンジェリカルと白人労働者である。さらに2009年に反オバマで形成されたティー・パーティと呼ばれる保守グループが「トランプ連合」に加わった。それを結び付けたのがポピュリズムの主張である。2016年の大統領選挙のトランプ陣営の選挙参謀であったケリーアン・コンウェイは、トランプ候補の敗色が濃い中でトランプ候補は勝利すると断言していた。彼女は「トランプはムーブメントを起こすからだ」と、その理由を語っている。事実、トランプ候補はエバンジェリカル、白人労働者、ティー・パーティによる「ムーブメント(運動)」を起こし、熱狂的な支持を得て、誰も予想できなかった勝利を手に入れた。

 民主党のリベラリズム政策の失敗

 かつて民主党は労働者の党であり、共和党は経済界の党であると言われた。だが現在では、共和党が労働者の党と言われている。白人労働者や一般労働者の心を掴んでいるのは共和党である。アメリカ最大の労働組合組織AFL・CIO(アメリカ労働総同盟・産業別会)は現在も民主党を支持している。だが白人労働者は、組合幹部はエリートで、自分たちから組合費を取って搾取していると考えている。現在の労働組合参加率は10%強と極めて低水準である。公務員組合を除く民間部門だけの組合参加率は7~8%に過ぎない。もう労働組合にかつてのような影響力はない。労働組合の幹部は特権階級になっている。

 アメリカの製造業の衰退で政党と企業の関係も変わってきている。従来、企業は共和党を支持していると考えられていた。確かに法人税の引き下げなど共和党は企業寄りの政策を取っているが、IT関係や金融関係の企業の多くはむしろ民主党を支持している。ポピュリストは、民主党幹部は金融機関やIT企業と癒着していると批判する。白人労働者にとって民主党も労働組合も自分たちを犠牲にするエリート集団でしかない。

 政党の支持者を見てみると、高学歴で専門職に就いている人は民主党支持、低学歴で肉体労働に従事している人は共和党支持と明確に分かれている。宗教でいえば、エバンジェリカルの90%は共和党支持である。共和党は労働者と宗教の党と言っても誇張ではない。民主党はエスタブリッシュメントの党なのである。

 民主党は公的医療保険や社会福祉政策の重要性を訴えているのに対して、共和党は福祉予算の削減を主張している。だが奇妙なことに、本当に福祉を必要とする多くの白人労働者の多くは共和党を支持している。1970年代の民主党の政策の失敗によってアメリカ国民の心の中に「大きな政府」に対する拒絶反応が埋め込まれた。1990年代のクリントン政権は中道右派政策を取り、共和党の政策ににじり寄り、財政均衡を訴えた。同時にグローバリゼーションの流れに巻き込まれ、それを支援していった。グローバリゼーションで落ちこぼれた「忘れられた人々」に思いが至らなかった。民主党のオバマ大統領も同様である。彼の視線の先に「忘れられた人々」はいなかった。

■  なぜトランプ大統領は勝てないのか

 まだ選挙結果がでていないのにトランプ敗北と書くと顰蹙を買うかもしれない。アメリカのメディアが、ジャーナリストがなかなかバイデン勝利と書かないのは2016年のトラウマがあり、もし予想が外れたら信用を失うからだと書いていた。筆者が尊敬する数少ないエコノミストにスチーブン・ローチという元モルガン・スタンレー証券チーフ・エコノミストがいる。彼が日本に来るたびに会って話をした。その中で忘れられない彼の言葉に「根拠のない当てずっぽを言って当たるのと、理路整然と分析して外れるなら、自分は後者を選ぶ」というのがある。筆者も同感である。

 まだ投票は終わっていないし、最終的な開票結果がわかるには数週間かかるだろう。トランプ大統領は選挙の大勢が決まっても、開票がすべて終わるまで「敗北宣言」はしないと語っている。「敗北宣言」が出ない限り、選挙は終わらない。その間に、混乱も予想される。

 この4年間、トランプ大統領が何を行ったかと言えば、アメリカ社会の分断を深めただけである。次の4年間の明確な政策やビジョンは何も示すことはできなかった。共和党は政策綱領を作成することさえ断念している。さらに選挙結果を左右する「トランプ連合」が崩れ始めている。穏健なキリスト教徒は確実にトランプ離れをしている。白人労働者も雇用回復はなく、製造業の復活も見られず、そこに新型コロナウイルスの打撃で2016年の選挙の時のように熱狂的な盛りは見られない。共和党支持者の中にもトランプ離れが見られる。確かに政治集会に集まる熱狂的な支持者は存在する。トランプ大統領は極右と手を組んでいる。穏健な共和党支持者の離反は避けられない。それは世論調査でも、裏付けられている。

 もうひとつの敗北の要因を指摘すれば、2016年にポピュリズムを選挙で前面に打ち出したのはトランプ陣営の参謀だったスティーブン・バノンだった。トランプ大統領は2016年の選挙の勝利を導いたスタッフをすべて切り捨てている。もはや「ムーブメント」を起こし、指導する参謀は存在しない。トランプ大統領の有権者に対する訴えは、すべて後ろ向きである。まったく焦点はなかった。ポピュリストのメッセージすらなかった。次の4年を託す展望は何もない。

■  それでもポピュリズムは生き続ける

 問題は単にどちらが勝つか、負けるかということではない。勝ち負けが意味するところである。トランプ大統領がもう少し知的で、戦略的に動ければ、勝てたかもしれない。あるいはバノンが参謀として残っていれば、勝機はあったかもしれない。要するにトランプ大統領が負けても、ポピュリズムの後退を意味するわけではない。エバンジェリカルが社会的に孤立することもない。逆にさらに過激になっていく可能性もある。トランプ大統領を支援した極右グループも健在である。共和党右派は依然として共和党を支配し続け、共和党もさらに右寄りになる可能性もある。議会でバイデン新大統領と激突することは避けれないだろう。政治の両極化はさらに進むだろう。

 そのことは逆に言えば、バイデン前副大統領は「分断したアメリカ社会を統合する」と主張するが、明確な対策があるわけではない。経済政策も旧態依然とした「大きな政府」で、インフラ投資の拡大、富裕層増税、クリーン・エネルギーへの転換といった内容である。オバマ政権で失敗した政策の繰り返しでしかない。外交政策も輪郭が見えない。バイデン前副大統領が勝利するとすれば、それは「No Trump」、すなわち「もうトランプではだめだ」という国民の気持ちである。リベラリズムは、アメリカ社会の展望を開けるのだろうか。

 

 ここ数日、アメリカのメディアを詳細に観察していると、「Cold Civil War」という言葉を見る回数が増えている。「Civil War」とは「南北戦争」のことである。アメリカ社会の分断は、既に埋めがたいほど深い。改めて、今回の大統領選挙の持つ意味を考えてみることが大切だろう。アメリカの「文化戦争」は終わらないし、多くの忘れられた人々は、また置き去りにされるだろう。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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