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元乃木坂46の深川麻衣の主演映画『おもいで写眞』が公開。聖母から令和の癒し系女優へ

斉藤貴志芸能ライター/編集者
『おもいで写眞』が公開中の深川麻衣 (C)河野英喜/HUSTLE PRESS

乃木坂46を5年前に卒業した深川麻衣の主演映画『おもいで写眞』が公開中だ。これまで映画祭での新人賞からNHK朝ドラ、連ドラ主演、大河ドラマなど、順調な女優活動を展開している。アイドル時代に“聖母”と呼ばれた佇まいが今、観る者に安らぎを与える令和の癒し系女優としての開花に繋がりそうだ。

アイドル時代はグループ最年長で穏やかで優しく

 深川麻衣は静岡出身。専門学校卒業後に上京して、2011年に20歳で乃木坂46の1期生オーディションに合格。2012年11月から最年長メンバーとなった。穏やかで優しい人柄と佇まいもあり、“聖母”と呼ばれるように。

 3rdシングル『走れ!Bicycle』から選抜メンバーになりつつ、1列目に立ったのは13thシングル『今、話したい誰かがいる』が初めてという準主力的なポジションだったが、ファンへの対応も温厚で握手会での人気はトップクラスだった。

 2016年に乃木坂46を卒業後は「お芝居を1から勉強したい」と、田中麗奈、井浦新、高良健吾らが所属するテンカラットに移籍。2018年に映画『パンとバスと2度目のハツコイ』で映画初出演にして主演している。パン屋で働き、「ずっと好きでいてもらえる自信も、ずっと好きでいられる自信もない」と恋人のプロポーズを断って別れ、中学時代の初恋の相手と再会した役だった。

 その初恋相手が別れた妻を想い続けていることにモヤモヤしながら、「私は寂しくありたいんだと思う」などと言うこじらせ女子の役柄。今泉力哉監督の日常を切り取って積み重ねた世界観に、深川のかわいらしいが派手でなく、柔らかな物腰の演技がハマった。『TAMA映画祭』では最優秀新進女優賞を受賞している。

(C)河野英喜/HUSTLE PRESS
(C)河野英喜/HUSTLE PRESS

役柄に関わらず、ほっこりした気分をもたらして

 2019年には朝ドラ『まんぷく』(NHK)に出演し、『日本ボロ宿紀行』(テレビ東京系)では深夜枠ながら連ドラ初主演。また、ヒット作の13年ぶりの続編として話題を呼んだ『まだ結婚できない男』(関西テレビ・フジテレビ系)では、阿部寛が演じる主人公の隣人の駆け出し女優という印象的な役を演じた。今泉力哉監督の次作でロングヒットとなった『愛がなんだ』でも、岸井ゆきのが演じた主人公の親友役で連続出演している。

 役柄は作品ごとに幅がある。『日本ボロ宿紀行』ではタレント1人の芸能事務所の社長役で、常識人だが微妙におかしなところがあった。『愛がなんだ』では男に振り回される親友を「クズ男はやめておけ」と諭しながら、自分は男を振り回していた。しかし、どの役でも、持ち前の空気感もあって、どこかほっこりした気分をもたらす。そんな深川に思い浮かぶのが“癒し系”という言葉だ。

 癒し系は1990年代後半から2000年代初めに掛けて、もてはやされた。発端は1994年から放送された、飯島直子出演の缶コーヒー『ジョージア』のCMシリーズ。働くサラリーマンらを見守って「ジョージアでひと休み」と呼び掛け、「癒される」と評判になった。バブル崩壊後の気疲れムードに、求められていたものが体現されていて。

 以降、井川遥、本上まなみ、優香といったところが、グラビアや出演作品を通じて安らぎを与えてくれる存在として、“癒し系”と呼ばれ人気を博した。

 気づけば近年は、キャッチフレーズ的に“癒し系”と称されるタレントはいなくなったが、コロナ禍でまた閉塞感が強まったこの時代にあって、聖母から連なる深川麻衣の穏やかな佇まいは、まさに癒しを感じさせる。

主演映画『おもいで写眞』より (C)「おもいで写眞」製作委員会
主演映画『おもいで写眞』より (C)「おもいで写眞」製作委員会

笑顔を見せない主演作で葛藤の中にかわいらしさ

 現在公開中の主演映画『おもいで写眞』。深川が演じる音更結子は、東京でメイクアップアーティストになる夢に破れ、たった一人の家族だった祖母が亡くなったのを機に、故郷の富山へ帰る。祖母の遺影がピンボケだった悔しさから、幼なじみで町役場に務める星野一郎(高良健吾)に頼まれた、お年寄りの遺影を生前に撮影しておく仕事を引き受けた。

 最初は「縁起でもない」と敬遠されていたのが、思い出の場所で写真を撮る企画にすると多くの申し込みが舞い込み、亡き夫とよく来た店、ボーリング場、消防車の前……など何気ない場所で、結子はシャッターを切っていく。

 一方、結子は思い出が事実か疑わしい依頼人を、「真相がわかるまで撮りません」と突っぱねる。結子の母親は4歳のときに家を出ていき、祖母が慰めのためにしていた話が嘘だったと知って傷つき、いまだに嘘が許せないでいたのだった。

 劇中で結子は笑顔をほとんど見せない。深川は取材で「脚本を読んだときから、結子は何かに悩んで苦しんでいて、葛藤があるのを感じました」と話していた。「でも、結子の不器用なところは、かわいらしいと思って。観てくださる方にもそこがちゃんと伝わって、ただの怒りっぽいイヤな子に見えなければいいんですけど」とも。

 実際、結子は笑わなくても人に怒りをぶつけても、イヤな子にはまったく見えない。挫折して戻って来た故郷で、お年寄りたちに親身に寄り添いながら写真を撮る姿には、笑顔はなくても温かみが滲み出ていた。

 一郎に対しては当たりが強く、叩いたりもするが、宴会の場で「このお節介!」と足を踏んづけようとするシーンは微笑ましくもあった。深川も「あそこは結子の子どもっぽさや素が出た感じで、観ている方もひと息つけるかなと思います」という。こうした役柄でも癒し系ぶりは自然と発揮され、映画も極めて良い後味に仕上がっていた。

主演映画『おもいで写眞』より (C)「おもいで写眞」製作委員会
主演映画『おもいで写眞』より (C)「おもいで写眞」製作委員会

大河ドラマでは和宮役。苦難の時代に求められる存在に

 乃木坂46を卒業してから5年。

「お仕事を続けていられることは、すごくありがたいです。グループを卒業したばかりのときは、話題性からお話をいただく機会があったとしても、甘い世界ではないので。すごく不安だったし、怖くもありました。自分では3年が節目と考えていたら、もう5年目に入れて。先のことはわからない仕事ですけど、これからも続けていけたらと思います」

 深川はそう話していた。先日は『アノニマス』(テレビ東京系)の2話にゲスト出演。ネットでの誹謗中傷に悩む役で、震えるような痛ましさも味方の存在を知った涙もリアルに演じていた。そして、2月14日スタートの大河ドラマ『青天を衝け』に、皇女・和宮役で出演する。

 第十四代将軍・徳川家茂の正室で、公武合体の象徴として広く知られる人物。「史実では悲劇の皇女として描かれていることが多いですが、時代に翻弄されながらも強く生きた和宮の人生に寄り添い、悲しみだけでなく、葛藤の先にある幸せも表現できたらと思っています」と意気込みをコメントしていた。歴史の転換期に立つ女性をどう演じるか、注目される。

 3月には30歳を迎える深川麻衣。アイドルグループ内での聖母から、さらに深みを増して、より多くの人を和ませる存在になりそうだ。先行きが見えない苦難の時代にあって、令和の癒し系女優として、いっそう必要とされるのは間違いない。

(C)河野英喜/HUSTLE PRESS
(C)河野英喜/HUSTLE PRESS

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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