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あと2週の『ひよっこ』、果たして「お父ちゃん」の記憶は戻るのか!?

碓井広義メディア文化評論家

物語としての「決着」

朝ドラ『ひよっこ』も、あと2週を残すのみ。大団円へと向かっています。半年間におよんだドラマも、この時期になると、展開したエピソードや出来事に対して、物語としての「決着」をつけていかなくてはなりません。

今週は、みね子(有村架純)の親友である時子(佐久間由衣)が、「ツイッギーそっくりコンテスト」で優勝。目指す女優への道を本格的に歩み始めました。また、時子の転身によって、米屋さんで働く三男(泉澤祐希)も長かった初恋に別れを告げたようです。

そして、みね子は「すずふり亭」のシェフ・省吾(佐々木蔵之介)から、新しい制服のデザインを任されました。そのミッションが今後のみね子と、どう関係するのか、しないのか、注目したいと思います。

「お父ちゃん」こと谷田部実

そんな中で、とても気になるのが、奥茨城に帰った「お父ちゃん」こと谷田部実(沢村一樹)です。

記憶喪失にも度合いがあると思いますが、沢村さんが演じる実は、自分の名前も家族のことも忘れてしまっており、かなり重症であるように見受けられました。

記憶を失くし、女優・川本世津子(菅野美穂)に保護されていたところに、突然現れた妻の美代子(木村佳乃)と娘のみね子。「家族」としての2人を、肯定も否定もできない戸惑い。いや、もっと言えば、その奥底にあったのは「恐怖」だと思います。自分の運命を自分でコントロールできないという、体験したことのない恐怖を演じた沢村さんは大変だったはずです。

また、この役をさらに難しくしているのが、記憶喪失後の実が全くの別人になってしまったわけではなく、元々持っていた優しさを残しているという設定です。美代子、みね子、世津子、そして自分の4者が初めて顔を合わせた時も、家族に対してだけでなく、世津子に対しても細かな気遣いや優しさを見せていました。

あの場面では、実が意識を360度張り巡らせている様子が視聴者に伝わらないといけないのですが、大仰な演技はできません。沢村さんは、「実の記憶にない話」を美代子やみね子から聞いている時も、目の動きや細かい表情だけで繊細に演じていました。

「俳優・沢村一樹」の真骨頂

「沢村一樹って、こんなに上手い役者だったのか」と正直驚きました。沢村さんは豊富なキャリアをもつ俳優さんですが、個人的には、NHKのコメディー番組『サラリーマンNEO』の「セクスィー部長」が大好きだったので(笑)。

沢村さんが、この役を見事に演じることができたのは、役者としての経験もさることながら、自身の「リアルヒストリー」とも無関係ではないと思います。

週刊誌等の報道によれば、ドラマとは事情が違いますが、沢村さん自身、「少年時代に実父が借金を残して家からいなくなる」という体験があったそうです。つまり、父親が突然消えてしまった家族の気持ちがわかっている。

もちろん、役の中の人格と、私生活の人格は別モノです。しかし、今回はかなりリンクしている部分があった。沢村さん自身がどう生きてきたかという実人生が、演技の裏打ちになっていたはずです。

記憶が戻らない状況ながら、実が家族のところに帰ることを選ぶというシーンも、「いろいろな思いを抱きながら演じていたのだろうな」と想像せずにはいられませんでした。

奥茨城に戻った実は、農業をしながら元のような生活を送っています。見る側も、「ゆっくりと記憶を取り戻せばいい」と思いながら見ているのではないでしょうか。

実が、ごく自然に田植えをしながら、「なんで、できんだっぺ?」と自分自身に驚いた時、実の父(古谷一行)が「体が覚えてんだっぺ」と答えます。あのシーンも、見ていてほっとしました。

起きるか、波乱!?

ただ、世津子をめぐっては、まだ何かありそうで、波乱の余地を残しています。結果的に、実に置き去りにされた(身を引いた)形の彼女も、かわいそうでしたよね。

実と世津子が、果たして「一線を越えたのかどうか」は視聴者にとって謎ですが(笑)、そんな“ゲスの勘ぐり”を寄せ付けないような純愛ぶりがうかがえました。仮に一線を越えていたとしても、あの状況では責められませんけど。

今後、ドラマのゴールまでに、実の記憶は戻るのか。戻った時、美代子や世津子との関係にどのような動きがあるのか。そして、みね子はどう向き合っていくのか。またその時、4人の役者はそれぞれ、いかなる“名演技”を見せてくれるのか。やはり最後まで目が離せません。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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