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なぜ理研は600人もの研究職を雇い止めするのか

城繁幸人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表

理化学研究所(理研)で働く有期職の研究職が来年に雇い止めされるとして、労組が猛反発しています。その数は労組の試算によると600人にものぼるとのことです。

【参考リンク】理研で雇い止め、1年後に600人 労組が撤回要求「日本の研究力低下」

日本の自然科学を支えてきた大組織で何が起こっているのでしょうか。

もともと無理のあった法改正

事の発端は、民主党政権時代に成立した改正労働契約法(2013年施行)にあります。この中で「有期雇用5年経過で本人が希望すれば無期雇用に転換しなければならない」という悪名高い“5年ルール”が日の目を見ることとなりました。

「5年も雇ったんだから期間の定めのない無期雇用にしてあげるのは当然だろう」と外野が妄想するのは勝手ですが、では翌年いきなり仕事が無くなったらどうするんでしょうか?5年後10年後は誰が責任を取るんでしょうか?

たとえ今は仕事が残ることが予想されたとしても、管理部門としては予防措置的に「5年で雇い止め」という選択をせざるをえないのです。

今回は一定の年収、専門知識を持つ労働者は上限10年までとした特例に基づく契約と思われますが問題の構図は同じですね(有期雇用特別措置法・2015年施行)。

理研にはなんの落ち度もなく、法的リスクを避けるために管理部門がきっちり仕事をしただけです。

この話をするとたまに「でも〇〇大学では実際に無期雇用転換が実現しました」という声も聞きますが、それは単にその組織の管理部門が仕事をしていないだけです。後から必ずモメるはずです。

たとえ仕事が続いていても雇い止めに

フォローしておくと、今回雇い止めになりそうな600人のうち、かなりの割合の人は、今従事している仕事そのものがすぐに消失するわけではないということです。

法改正がなければ、しばらくはそのまま就労できていた可能性が高いでしょう。

それは労組代表者の「積み重ねた研究が無駄になる」という発言にもにじみ出ています。

でも、繰り返しますが「〇年雇った後は(本人が希望すれば)無期雇用に転換しろ」と決められたら、組織としてはこう動く以外に選択肢はありません。

既に数年前から、日本中で“5年ルール”により非正規雇用労働者が雇い止めの憂き目にあっています。その中には同様に「仕事はまだあるにもかかわらず、予防措置的に雇い止めにされた」人が少なくないはずです。

現実と乖離した、あまりにも愚かな法改正の結果です。この事実は筆者だけでなく、多くの識者やメデァイが指摘してきたことですが、まったく何の手も打たれてはいません。

【参考リンク】撤廃したい有期雇用への規制

誰が負の連鎖を止めるのか

理研は文科省所管の独立行政法人であるため、ひょっとすると最後は親方日の丸の底力で「めでたく600人全員無期雇用転換に」という結果になる可能性もあります。

そうなると世論も「なんだ、やろうと思えば全員無期雇用にできるじゃないか。やはりそれをやろうとしない企業が悪い」という形でめでたく幕引き、「世の中の上手くいかないことは全部大企業が悪い」というよくある(しかしなんの解決にもならない)ステレオタイプが強まるだけの結果に終わるでしょう。

でも、それは問題の抜本的解決は意味しません。何より、普通の企業で5年で雇い止めされる非正規雇用労働者に救いがありません。

誰が彼らを救えるんでしょうか。労働者政党を自称する立憲民主党や社民党、共産党でしょうか。彼らは問題の法改正を行ったか支持していた立場なので、たとえ与党になったとしても梃子でも見直しは行わないでしょう(そもそも政権交代しないでしょうけど)。

では、自民党、公明党がいつか現実を理解して過った政策を正してくれるんでしょうか。筆者はその可能性も低いと思います(というよりもうとっくに理解はしているはずです)。

実は政治というのは、その政策を熱烈に支持してくれる有権者がいない場合、自分たちから動くことはまずありえないんですね。

ちょっとだけ想像してみてほしいのですが、仮に「労働契約法を再改正して、無期雇用転換ルールを撤廃します」とやったら、どれくらいの人間が支持するでしょうか。

恐らく支持するのはごく少数で、むしろ当の非正規雇用労働者の中にあっても「非正規の使い捨て反対!規制緩和阻止!」といって反対する人の方が多いような気がします。

そうである以上、この国の状況が変わることはないでしょう。一般の会社で働く非正規雇用労働者は「5年で誰にでも置き換えやすい、付加価値の低い作業」ばかり押し付けられ、正社員との格差は拡大、固定化していくことでしょう。

ただし、良くも悪くも、今回の理研の一件はその規模といい高度専門家集団という特殊性といい、日本中の注目を集めています。上述のような構造的問題の存在もうっすら理解はしているはずです。

彼らがただ雇い止め撤回を申し入れるだけではなく、本制度の深刻な問題点とその改善まで踏み込んでくれるのなら、ひょっとすれば流れは変わるかもしれません。

人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表

1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種経済誌やメディアで発信し続けている。06年に出版した『若者はなぜ3年で辞めるのか?』は2、30代ビジネスパーソンの強い支持を受け、40万部を超えるベストセラーに。08年発売の続編『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』も15万部を越えるヒット。08年より若者マニフェスト策定委員会メンバー。

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