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中国では絶対に語られない「習近平時代終焉」の四つのシナリオ

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
党創立100年の式典に現れた習近平氏。左端は李克強首相、右端は胡錦濤前主席(写真:ロイター/アフロ)

 中国共産党が創立100年を迎え、習近平(Xi Jinping)総書記(国家主席)が引き続き政権を維持する意欲を見せるなか、国外のシンクタンクが習近平氏の“引き際”に関する報告書を作成し、その「四つのシナリオ」が話題になっている。

◇後継者も、次の首相も不明確

 報告書は、米戦略国際問題研究所(CSIS)とオーストラリアのローウィー研究所が共同で作成し、今年4月に公表した。

 中国の全国人民代表大会(全人代=国会)は習近平氏の意向を受けて2018年に憲法を改正し、国家主席の任期を2期10年までとする規制を撤廃した。これで習近平氏は2期目が終わる2023年以降も権力の座にとどまることができるようになり、過度な権力集中を防いできた「集団指導体制」が大きく揺らいだ。

 報告書は習近平氏を「中国の政治制度において圧倒的な支配者となった」と表現したうえ「習近平氏の権力欲は、エリートたちの政治的なコンセンサスを不安定なものにし、1980年代以降に発展したパワーシェアリング(権力の共有)の規範を崩壊させた」と表現した。

 現状では、習近平氏の後継者も、次の首相も明確ではない。習近平氏本人も党も、来年秋に開催予定の第20回党大会での指導者交代の可能性について、沈黙している。

「習近平氏は職務を果たせなくなるまで権力を維持するのか」「今後5~10年で『秩序ある継承』に結び付けるため、習近平氏はどのような選択肢を取るのだろうか」。こうした問いかけが研究の発端となった、と報告書は指摘している。

 中国の政治システムは不透明であり、変数も多い。「ポスト習近平時代」がいつ、どう始まり、どんなものになるかの推測は非常に複雑である――こう報告書はことわりつつ、「中国の後継体制の将来とその影響について考えるため」として、四つのシナリオを提示している。

【シナリオ1】2022年の秩序ある移行

 おおかたの予想に反して、習近平氏が第20党大会を機に、党最高指導部メンバーである政治局常務委員の1人に指導的地位(党総書記や国家主席、中央軍事委員会主席のポスト)のうち、二つを引き継ぐ。

 この約10年間で習近平氏は権力基盤を強固なものとし、党内の改革を進めてきた。その多くが実行に移された今、指導者の地位を手放してもよいと考えている――という前提に基づく。

 ただ、大規模な粛清・反腐敗キャンペーンを展開してきたことから、国内外に数多くの政敵が潜んでいる可能性がある。習近平氏が「引退後も自身や家族、側近らが安全である」と確信するためにも、後継者が習近平氏に「確固たる忠誠心」を抱いている必要がある。

 この点を考慮すれば、報告書は「政治局常務委員の王滬寧(Wang Huning)氏に匹敵する人物はいない」とみる。だが王滬寧氏は学者であり、政治・組織運営の経験に乏しく、党総書記の候補としては不向きとも指摘している。

 一方、現首相の李克強(Li Keqiang)氏については、報告書は「党大会のころはまだ67歳で年齢的には不適格ではないが、軍や治安機関との関係が深くなく、習近平氏からも、こうした人脈を開拓する余地を与えられていない」とみている。

【シナリオ2】2027年あるいは2032年で退任

 さらに先の第21回党大会(2027年)あるいは第22回党大会(2032年)で退任する方向で後継者を育成する。

 報告書は「安心して引退でき、自分が選んだ後継者によって国内外で築いてきた野心的な遺産が守られると確信するには、2022年に権力を渡すのは早すぎると考えているかもしれない」という見解を示しながら、次のような解釈を書いている。

「注目すべきは、現在の政治局常務委員は(習氏を除いて)2027年には全員が定年を迎える。このため後継候補はほぼ確実に、第20回党大会で指導部の中枢に任命される。かつ63歳以下でなければならない」

 併せて、報告書は「習近平氏が鄧小平(Deng Xiaoping)のようなキングメーカーになる可能性」に触れている。

 2027年あるいは2032年に退任するにしても、その時まで反腐敗キャンペーンを徹底させ、政敵となり得る人物を完全かつ最終的に追い出す。それによって引退後の不安を払拭するばかりか、キングメーカーとして「背後からの支配」を続ける可能性にも道を開くことになる、とみている。

 また、習近平氏が党総書記を離れたあとも国家主席のポストにはとどまり、国賓訪問などで「中国の顔」としての役割を維持するというシナリオも描いている。

【シナリオ3】クーデターの可能性

 クーデターの首謀者は軍や公安当局の支持を取り付ける必要がある。現在、習近平氏が掌握している治安機関の技術力を使えば、クーデターは容易に検出されると考えられ、協力者も初期段階で離反する可能性がある。

 報告書は「習近平氏が党内に多くの敵を抱えているのは事実」としながらも、習近平氏に対抗する組織をつくるためのハードルは「乗り越えられないほど高い」と記している。

 また、党政治局会議や中央委員総会の場で、習近平氏に挑戦する――という行動も考え得るが、習近平氏に対する不信の連鎖を引き起こすには複数の幹部の賛同が必要となる。その際にも現状では「実際に手を挙げて反対の意思を表明するまで、いったい何人が習近平氏失脚に向けた活動に加わろうとしているのかわからない」という状況になると推測している。

【シナリオ4】健康不安に陥るケース

 習近平氏としては政敵を押さえこむためにも、元気な姿を見せ続けることが重要だ。したがって、その健康問題は敏感なテーマとなり、報告書も「健康状態については詳細が不明なため、能力低下の可能性についての推測は控える」と取り扱いに慎重だ。

 ただ「当局は習近平氏の健康に関する報道を厳しく管理しており、この問題について書いた外国人ジャーナリストには査証を取り消すと脅している」として、当局の報道規制には言及している。

 ただ、習近平氏に万が一のことが起きた場合、「その際のプロセスはシンプルだ」と記している。党総書記は党中央委員会総会の場で政治局常務委員の中から選ばれ、国家主席は全人代で選出されるということに尽きる、というのだ。

 習近平氏は、健康問題に関する情報を遠ざけながら、今後も中国の統治を続けるだろう。「国内総生産(GDP)と1人当たりの収入を2倍にする」とする長期目標が完了するのが2035年。現在68歳の習近平氏はこの年に82歳となる。バイデン米大統領(78)が1期目を終える際の年齢と同じだ。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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